第3章5話:伊香保音楽センターの音楽家たち、新たな響き
五十嵐の指導で、安中榛名高校吹奏楽部の音は、日ごとに深みを増していった。
部長の鳴瀬友理は、ホルンから紡ぎ出す音に、由那学園に拮抗するための「魂」と「色彩」 を宿すべく、ひたむきに練習を重ねた。
音羽杏菜は、クラリネットパートリーダーとして、自身の成長だけでなく、パート全体の表現力向上に心を砕いた。
木村 楓もまた、五十嵐の言葉の一つ一つを胸に刻み、技術と感情が融合した音楽を目指し て奮闘していた。
部員たち全員が、コンクールでの全国ゴールド金賞、そして今度こそ由那学園と直接対決するという目標を共有し、熱気に満ちていた。
五十嵐は、彼らの熱意に応えるかのように、自身の持つ膨大な音楽的知識と経験を惜しみなく注ぎ込んだ。
彼の指導は、単に楽器の演奏技術に留まらなかった。例えば、ある曲の練習中、五十嵐は指揮棒を止め、部員たちに語りかけた。
「この旋律は、安中榛名の豊かな自然を表現している。風のざわめき、川のせせらぎ、そして遠くに見える山々の雄大さ。君たちは、それを音で描けているか?」
部員たちは、目をつぶり、故郷の風景を思い浮かべながら、再び楽器を構えた。すると、 先ほどまでの音符の羅列だったはずの旋律が、息を呑むような情景描写へと変化していった。
五十嵐の指導は、部員たちの「聴く力」も飛躍的に向上させた。彼は、一人ひとりの音の癖を見抜き、その音がアンサンブル全体にどう影響するかを具体的に指摘した。
「君のトランペットは、もっと前に出ていい。だが、その一歩は、後ろのホルンと、隣のトロンボーンの音色と溶け合うことで、より輝く」
部員たちは、互いの音に耳を傾け、自らの音を周囲の音と調和させることで、アンサンブルの密度と奥行きを増していった。
伊香保音楽祭の音楽家たちとの交流
そんな五十嵐が、ある日、顧問の佐々木梓に、さらなる提案をした。
「梓。彼らには、もっと多様な音楽に触れ、一流の音楽家たちの息吹を感じる機会が必要だ。 私が所長をしている伊香保音楽センター関係の音楽家たちに、協力をお願いしてみないか?」
梓は、恩師からの思わぬ提案に胸を躍らせた。五十嵐の協力により、伊香保音楽祭をゼロから立ち上げ、地域の音楽文化を牽引する多くの音楽家たちが伊香保に移住していることを梓は知っていた。彼らの力を借りることができれば、部員たちの音楽性は飛躍的に向上するだろう。
五十嵐の計らいで、安中榛名高校吹奏楽部は、伊香保音楽センター関係のプロの音楽家たちを招いての特別レッスンを受ける機会を得た。
ある日は、有名なオーケストラの首席トランペット奏者が来校し、高峰春菜をはじめとする金管パートに、ブレスコントロールの極意や、より豊かな音色を引き出すためのタンギングを直接指導した。その音の響きは、部員たちにとってまさに「別次元」のものであり、彼らは目を輝かせながらその技術と表現力を吸収していった。
また別の日には、世界的にも評価の高いクラリネット奏者が指導に訪れた。
その奏者は、杏菜の持つ繊細な音色に注目し、より豊かな表現のために「歌うように吹く」感覚を伝授した。
杏菜は、プロの奏者の息遣いや指使い、そして感情の込め方を間近で感じ、自身の演奏に新たなインスピレーションを得た。彼女は、これまでの努力が間違いではなかったこと、そしてさらに高みがあることを確信し、クラリネットパートリーダーとしての責任感を一層強くした。
木村 楓も、プロの奏者の指導を受ける中で、技術だけでなく、音楽が持つ感情の奥深さを 学び、自分の演奏に表現の幅が広がったことを実感していた。
さらに、プロの作曲家や指揮者も訪れ、部員たちに楽曲の背景や作曲家の意図、指揮者が曲に込める思いなどを直接語った。これにより、部員たちは、楽譜に書かれた音符の向こうにある「物語」や「情景」を深く理解し、自分たちの演奏にそれを反映させる術を学んだ。
彼らは、プロの音楽家たちとの交流を通じて、音楽が持つ無限の可能性と、それが人々の心に響く瞬間を肌で感じ取った。
プロの音楽家たちの指導は、部員たちの技術と感性を磨き上げただけでなく、彼らにとって「音楽家」という存在がより身近なものになった。彼らが奏でる音一つ一つに、明確な意図と感情が込められていることを学び、自分たちの演奏も、聴く人に何かを伝えられるようになりたいと、心から願うようになった。




