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第1章3話:友理

安中榛名高校の入学式。

体育館のステージで吹奏楽部が演奏を始めた瞬間、鳴瀬友理は全身に電流が走るような感覚に襲われた。

力強いトランペットのファンファーレ、そして重厚に響くホルンの音色。


それは、友理が東京の中学校で日々追い求めていた「本物の音」とは違うものだったが、心を強く惹きつけられた。

友理の中学生活は、東京の全国大会常連の吹奏楽部に捧げられていた。


ホルンを担当し、周りは皆、友理と同じかそれ以上の実力を持つ生徒ばかり。

練習は文字通りスパルタで、目標はひたすらコンクールでの勝利。個人の感情や表現よりも、完璧なアンサンブルと正確な演奏が最優先された。奏でられる音は正確で完璧だったけれど、友理の心にはどこか物足りなさが募っていた。まるで感情のこもっていない、無機質なサウンドに聞こえ、いつしか音楽を「楽しむ」という感覚を失っていた。楽器を吹くことが苦行のように感じられる日が増えていったのだ。


だから、父の転勤で祖父の住む安中榛名に引っ越してくるにあたり、友理は高校では違う部活にしようと心に決めていた。もう、あの堅苦しい音楽の世界には戻りたくない、と強く思っていた。


だが、今日安中榛名高校で聴いた吹奏楽部の音は、友理の知っている強豪校のそれとは全く違った。

洗練されているとは言えないかもしれない。技術的には粗削りな部分も散見された。それでも、そこには音を心から楽しんでいるような、温かく、生き生きとした響きがあった。


一人ひとりの音が、互いに寄り添い、喜びを分かち合うかのように響き合っていた。


それは、友理が失いかけていた「音楽の楽しさ」を鮮やかに思い出させてくれる音だった。

その魅惑的なサウンドに、友理はまるで吸い寄せられるように、吹奏楽部の入部ブースへと引き寄せられていた。


部活動紹介が終わり、友理は迷うことなく吹奏楽部のブースへ向かう。

ブースでは、部長 らしき三年生の男子生徒が笑顔で新入生たちを迎えてくれていた。友理が入部届を手に取り、 住所や名前を記入していると、隣に二人の女子生徒がやってきた。一人はクラリネット希望 の音羽杏菜。もう一人はトランペット希望の高峰春菜だ。


その時、後ろから男子生徒たちの ひそひそ声が聞こえてきた。安中中学校と榛名中学校の卒業生である二人の男子生徒が、杏 菜と春菜の名前をからかっていたのだ。


友理は、その言葉に眉をひそめた。人の個性や背景を頭ごなしに否定するような言動が昔 から理解できなかった。特に、人の名前をからかうなど、品のない行為だと感じていた。


杏菜と春菜の顔を一瞥すると、からかいの声にわずかに表情を曇らせているのが見て取れた。 気づけば、友理の体が勝手に動いていた。嫌悪感にも似た感情が、彼女を突き動かしたのだ。


「あのさ、人の名前をからかうの、やめた方がいいんじゃない?」


凛とした友理の声が男子生徒たちに届き、彼らは一瞬ひるみ、気まずそうに顔を見合わせると、やがて何も言わずにその場を離れていった。


男子生徒たちが去った後、杏菜と春菜が驚いたように友理を見つめている。


「大丈夫?」友理が問いかけると、杏菜は「あ、うん。ありがとう」と、戸惑いながらも 礼を言った。

春菜も「わざわざ、ありがとうね」と、笑顔で続いた。


二人の声には、安堵の 色が滲んでいた。


「どういたしまして。私も、そういうの嫌いだから」友理はそう言うと、ふ わりと微笑んだ。

その笑顔は、どこか安心感を与えてくれるものだった。


「私、鳴瀬友理。ホルン希望なんだ」自己紹介をすると、二人は目を丸くした。

「私、音羽杏菜。クラリネット希望」

「私は高峰春菜。トランペット希望だよ」


杏菜と春菜は友理の名前をからかうような素振りは一切見せず、むしろ興味深そうに友理の顔を見つめている。


「へえ、音羽さんと高峰さんか。私も、吹奏楽の演奏が気になってここに来たの」


友理の言葉に、杏菜は少し驚いたような顔を見せ、春菜は興味深そうに目を輝かせた。


東京の喧騒を離れ、この安中榛名高校で、友理はどんな音を奏でていくのだろう。

そして、 この新しい場所で、どんな出会いが待っているのだろうか。

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