第2章8話:全国大会、そして新たな始まり
全国大会の舞台は、夢にまで見た場所だった。大阪城ホール。
その荘厳な雰囲気に、安中 榛名高校吹奏楽部の部員たちは、興奮と緊張の入り混じった感情に包まれていた。客席には、 安中榛名から駆けつけた大勢の応援団の姿が見える。地域の人々の温かい声援が、彼らの背 中を力強く押していた。
舞台袖で、部長の鳴瀬友理は深く息を吐き、ホルンを構えた。隣には、少し緊張した面持ちの副部長、高峰春菜。そして、これまでの努力が報われた喜びを噛み締める音羽杏菜がいた。杏菜は、震える手でクラリネットを握りしめ、自分に言い聞かせた。
「大丈夫、杏菜。ここまで来たんだから。私は、この舞台に立つために、たくさん練習してきたんだ」
彼女の隣に立つ一年生の木村 楓も、緊張しながらも興奮を隠せない様子で言った。
「音羽先輩、深呼吸ですよ。大丈夫、私たちの最高のクラリネットを響かせましょう!」
楓の言葉に、杏菜は小さく頷き、笑顔を返した。
顧問の佐々木梓先生が指揮台に上がり、深く一礼する。その堂々とした姿に、部員たちの緊張が少しだけ和らいだ。梓先生のタクトが静かに振り下ろされ、壮大な『希望の架け橋』がホールに響き渡った。
安中榛名高校吹奏楽部の音は、これまでの練習の全てを出し尽くすかのように、力強く、そして温かかった。
友理のホルンソロは、ホール全体を包み込み、その豊かな響きは聴衆の心に深く染み渡っていく。
「友理の音、本当にすごいな......まるで、安中榛名の希望そのものだ」
舞台上でトランペットを奏でながら、春菜は心の中で呟いた。彼女のトランペットも、友 理のホルンに応えるかのように、希望に満ちた輝きを放ち、曲に壮大な色彩を加えていた。
クラリネットパートでは、杏菜と楓が互いに目を合わせ、アイコンタクトを取る。杏菜の クラリネットは、昨年とは比べ物にならないほど伸びやかで、感情豊かな音色を奏でていた。
由那学園の完璧さとは異なる、安中榛名らしい、人間味あふれる温かさに満ちた音だった。 楓もまた、強豪中学で培った技術に加え、しなやかさも加わった音色で、杏菜と共にクラリネットパートを支えていた。
「よし、行ける!私たちの音、ちゃんと届いてる!」
杏菜は、演奏しながら、客席から伝わる熱気に確かな手応えを感じていた。
テナーサックスの鮎原響は、指板の上を滑るように指を動かし、情熱的なソロを奏でた。
「ここまで来たんだ。俺たちの音で、安中榛名を全国に刻みつける!」
ユーフォニアムの鈴木恪は、低音パートの要として、安定した音で全体を支える。
「一音たりとも崩さない。俺たちの音が、この大舞台を支える柱となるんだ」
弦バスの近藤朗は、弓を力強く動かし、重厚な音を響かせた。
「この悔しさを、この喜びを、全てこの音に乗せる!」
パーカッションの松本武史は、汗を流しながら、リズムを刻む。
「全国の舞台で、俺たちの魂を打ち鳴らすんだ!」
彼の激しい演奏は、曲にさらなる迫力を与えた。
チューバの源田力は、深々とした音でバンド全体を包み込む。
「みんなの音を、俺が支える。力強く、そして温かく」
トロンボーンの水野美麻は、滑らかなスライドワークで美しいハーモニーを奏でた。
「練習の成果を、今、ここで出し切る!」
トランペットの藤本美音は、力強くも伸びやかな音色で、バンドのサウンドを牽引する。
「最高の音で、感動を届ける!」
三枝勇吉も、副部長として、そしてクラリネットパートリーダーとして、冷静に、しかし
熱い思いを込めて演奏していた。
「友理を、そしてこの部を、必ず全国の頂点へ導く」
演奏後、会場は割れんばかりの拍手に包まれた。スタンディングオベーションが起こり、部員たちは感無量の表情で、深々と頭を下げた。自分たちの音楽が、確かに全国の聴衆の心に響いたことを実感した瞬間だった。
「すごい拍手だね、友理ちゃん......」
春菜は、感動で震える声で友理に話しかけた。
友理は、目に涙を浮かべながら、小さく頷いた。
「うん......みんな、よく頑張った。最高の演奏だったよ」
結果発表。緊張が走る会場に、安中榛名高校吹奏楽部の名前が読み上げられた。
「シルバー銀賞!」
目標としていたゴールド金賞には届かなかったものの、部員たちは全力を出し切り、その音は確かに全国の聴衆の心に響いた。悔しさはあったが、それ以上に、全国の舞台で演奏できたことへの達成感と、自分たちの音楽が認められた喜びが、彼らの胸を満たしていた。
舞台裏に戻ると、部員たちは互いに抱き合い、涙を流した。
「悔しいけど......でも、最高の演奏だった!」
誰かがそう叫ぶと、周りの部員たちも次々と同意した。
「うん、本当にそうだよ。去年の私たちじゃ、絶対にここまで来られなかった!」
「由那学園にはまだ敵わないけど、でも、確実に一歩近づいたよね!」
「来年こそは、絶対ゴールド金賞だ!」
杏菜は、楓と顔を見合わせ、笑顔で頷いた。
「楓ちゃん、私たち、まだまだ頑張れるよね!」
「はい!音羽先輩!もっともっと、クラリネット頑張ります!」
友理は、そんな部員たちの姿を温かい眼差しで見つめていた。確かに目標には届かなかった。しかし、この一年で部員たちがどれだけ成長し、どれだけ絆を深めたか。その全てが、このシルバー銀賞という結果に凝縮されていた。
安中榛名高校吹奏楽部の全国大会の結果は、瞬く間に地域を駆け巡った。
地元は、かつてないほどの熱狂に包まれた。役場や商店街には「祝!全国大会出場!」の横 断幕が掲げられ、部員たちが町を歩けば、誰もが「おめでとう!」「頑張ってね!」と声をか けてきた。吹奏楽部の活躍は、まさに地域の「光」となり、閉塞感に包まれがちだった安中 榛名に、明るい未来への希望を与えていた。
部員たちは、自分たちの音楽が、こんなにも多くの人々に喜びと活力を与えていることに、 大きな感動と誇りを感じた。
全国大会を終え、地元に戻った部員たちを待っていたのは、惜しみない拍手と歓声だった。 結果がどうであれ、彼らが全国の舞台に立ったこと、そして地域に希望を与えたことは、何 よりも尊いことだったのだ。この経験は、部員たちの心に深い自信と、次なる目標への強い 意欲を植え付けた。
安中榛名高校吹奏楽部の物語は、これからも続いていく。彼らは、この全国大会での経験を糧に、さらなる高みを目指して、新たな音楽の旅を始めるだろう。
この熱い夏は、彼らにとって、単なる通過点に過ぎないのだ。
第2章終わり




