表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/43

第1章2話:春菜

入学式の高揚感がまだ全身に残る中、高峰春菜は大きく息を吸い込んだ。

隣には新しく出会ったばかりの音羽杏菜がいる。


今日、体育館で聴いた安中榛名高校吹奏楽部の演奏は、春菜の心を深く揺さぶった。

特にトランペットの華やかなファンファーレが鳴り響いた瞬間、中学最後のコンクールで味わった苦い記憶を打ち消すほどの鮮烈な感動が胸に溢れ出したのだ。


榛名中学校吹奏楽部の副部長として過ごした日々が鮮明に蘇る。

県大会出場を目標に、唇 が麻痺するまでマウスピースを吹き、指の皮がむけてもひたすらトランペットを吹き続けた。 プロの演奏家の映像を何度も見ては、少しでも音に近づこうと試行錯誤した。

後輩指導でも、 自らの演奏でも「完璧」を求めた。


しかし、中学最後のコンクール本番、渾身の演奏を披露 したにもかかわらず結果は「銀賞」。

目標の県大会出場を逃し、春菜は悔しさと絶望に打ちひしがれた。


部員たちの間には失望と不満が渦巻き、ギクシャクした空気が流れた。

卒業式で は口も利かない者もいて、春菜は二度とあんな思いはしたくないと固く誓い、一度は楽器を 辞めようとさえ考えた。 だが、今日安中榛名高校で聴いた吹奏楽部の音は、洗練されているとは言えないまでも、音を心から楽しんでいるような温かく、生き生きとした響きがあった。それは、中学の終わり頃に失ってしまった音楽の純粋な喜びを思い出させてくれる音だった。


部活動紹介が終わり、春菜と杏菜は迷うことなく吹奏楽部のブースを目指した。

ブースにはすでに数人の新入生が集まっており、その中に落ち着いた雰囲気の鳴瀬友理がいた。

入部届に名前を書きながら、杏菜が緊張した面持ちで隣に立っているのを感じた。

二人の自己紹介の後、後ろから安中中と榛名中の出身をからかうひそひそ声が聞こえてきた時、春菜は辟易した。

この高校に入っても、こんなくだらないことで嫌な思いをしなければならないのかと。


しかし、友理がすっと前に出て

「あのさ、人の名前をからかうの、やめた方がいいんじゃない?」と凛とした声で男子生徒たちをたしなめてくれた。

その毅然とした態度に、春菜は思わず目を奪われた。


友理が心配そうに「大丈夫?」と声をかけてくれ、杏菜が「ありがとう」と礼を言うのに続き、春菜も「わざわざ、ありがとうね」と笑顔で礼を述べた。

心の奥底で、助けられたことへの安堵感がじんわりと広がっていく。


「どういたしまして。私も、そういうの嫌いだから」


友理の言葉と笑顔は、どこか安心感を与えてくれた。

友理が「私、鳴瀬友理。ホルン希望なんだ」と自己紹介すると、杏菜が「私、音羽杏菜。クラリネット希望」、春菜が「私は高峰春菜。トランペット希望だよ」と続けた。


友理は二人の名前をからかうような素振りは一切見せず、むしろ興味深そうに顔を見つめている。


この安中榛名高校で、音楽に対する熱意を持った仲間と出会えたことに、春菜は運命的なものを感じていた。


中学の時の苦い思い出を乗り越え、この場所で、新しい仲間たちと、最高の音楽を奏でていきたい。春菜の心は、再び熱い情熱に満たされていくのを感じた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ