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第2章3話:安中榛名駅前、再燃の誓い

由那学園の定期演奏会から戻り、安中榛名高校の吹奏楽部員たちは、重い足取りでバスを降りた。

到着したのは、夕闇に包まれた安中榛名駅前。


駅舎のわずかな明かりと、ぽつりと灯るコンビニの看板だけが、疲弊した彼らを迎える。ホールでの熱狂が嘘のように、彼らの間には沈黙が漂っていた。圧倒的な由那学園の演奏は、彼らが抱いていた全国への夢を、あまりにも遠く、霞んだものに感じさせていたのだ。


特に、音羽杏菜の心は深く沈んでいた。由那学園のクラリネットパートの音は、彼女にと って絶望的とも言える完璧さだった。正確な指使い、豊かな音色、そして何よりも、感情の 乗った表現力。どれもこれも、今の自分にはあまりに遠い。


「はぁ......」

杏菜は、コンビニ の自動ドアにもたれかかり、大きくため息をついた。

その横には、同じく肩を落とした高峰春菜と、普段の冷静さを失っているような鳴瀬友理の姿があった。


「春菜......友理ちゃん......あれが、全国の音なんだね......」

杏菜は、絞り出すような声で言った。


春菜は、力なく頷いた。

「うん......正直、想像以上だった。特に、私たちの『鳳凰の舞』。あれで県大会金賞、関東大会銀賞って喜んでたのが、恥ずかしくなるくらいだったよ」


友理は、目を閉じ、深く息を吸い込んだ。彼女の脳裏には、早乙女凛のホルンが響いていた。技術的にはもちろん、表現力においても、凛は以前の友理が知る彼女とは思えないほど成長していた。その圧倒的な差に、友理は言いようのない悔しさを感じていた。


「......悔しい」

友理は、静かに、しかし確かな感情を込めて呟いた。

「あの音が、今の私た ちの限界だって、突きつけられたみたいで」


コンビニの明かりが、三人の顔を照らす。


杏菜は、ふと、去年の定期演奏会で「盛り上げ 係」として輝けた時のことを思い出した。あの時感じた、演奏とは異なる「表現する喜び」。 しかし、今は、楽器を演奏する者としての無力感が、彼女の心を支配していた。


「私......やっぱり、クラリネット、向いてないのかな......」

杏菜の声が震えた。

「どれだけ練習しても、あの音には全然届かない。楓ちゃん(木村楓)も、あんなに技術があるのに、由那学園の音に圧倒されてたし......」


春菜は、杏菜の言葉に、ハッとしたように顔を上げた。そして、友理もゆっくりと目を開け、杏菜を見つめた。


「杏菜、そんなこと言わないで!」春菜は、杏菜の手をぎゅっと握った。

「確かに由那学園はすごかった。でも、それは彼らが積み重ねてきた努力の結晶なんだよ。 私たちだって、今までどれだけ頑張ってきたか、杏菜が一番知ってるでしょ?」


春菜の真っ直ぐな言葉に、杏菜は顔を伏せた。

「わかってる......わかってるんだけど......どうしても、自信がなくなっちゃって」

友理は、静かに杏菜の隣に寄り添った。


「杏菜ちゃんの言う通り、由那学園の音は、今の私たちには届かない高みだ。それは事実として受け止めるべきだと思う。でもね、だからって、私たちの音が劣っているわけじゃない」


友理の言葉に、杏菜と春菜は顔を上げた。


「由那学園の音は、確かに完璧で、洗練されていて、聴く者を圧倒する力がある。でも、 私たちの安中榛名高校の音は、もっと温かくて、生き生きとしてる。一人ひとりの個性が、 そのまま音に現れて、それがぶつかり合って、支え合って、一つのハーモニーになってる。 そういう、人間味のある音なんだと思う」


友理は、いつもの冷静な口調で、しかし確かな情 熱を込めて語り続けた。


「それに、私たちはまだ始まったばかりだ。去年の私たちから考えたら、県大会金賞も、関東大会出場も、信じられないくらいの奇跡だったはずだ。あの感動を、もう忘れちゃった の?」


友理の言葉が、二人の心にじんわりと染み渡る。 春菜は、はっとしたように顔を上げた。


「そうだよね......去年の今頃は、まさか自分たちが関東大会に出られるなんて、夢にも思 ってなかったもんね」


杏菜も、友理の言葉を反芻していた。由那学園の音は「完璧」だった。 しかし、完璧だからこそ、そこにどこか人間味が感じられない部分もあったのではないか。 安中榛名高校の音には、完璧ではないからこそ、響く「何か」がある。それは、自分たちが これまで培ってきた、仲間との絆や、音楽を心から楽しむ気持ちから生まれる音だった。


「私たちは、あの由那学園の音をコピーする必要なんてない」

友理は、力強く言い切った。

「私たちの目指すべきは、安中榛名高校吹奏楽部として、由那学園に匹敵する、いや、由那 学園とは違う形で、聴く人の心を震わせる最高の音を創り出すことだ」

友理の言葉は、まる で指揮棒のように、二人の心を奮い立たせた。


「そのためには、もっと練習するしかない。由那学園に届かないなら、届くまで努力すればいい。そして、私たちの音の良さ、個性をもっと磨き上げればいいんだ」


春菜の目に、再び光が宿った。


「そうだね!私たちにしかない音を、もっともっと磨こう!そのためなら、どんな練習だ って乗り越えてやる!」


杏菜も、友理と春菜の言葉に勇気づけられた。確かに、今の自分は 未熟だ。しかし、それは伸びしろがあるということだ。そして、一人ではない。友理や春菜、 そして他の仲間たちがいる。


「うん......私、頑張る。クラリネット、もっと上手になる!そして、安中榛名高校にしかできない音楽を、みんなと一緒に創りたい!」

杏菜は、決意を込めて言った。


「そうだね!私たちにしかない音を、もっともっと磨こう!そのためなら、どんな練習だ って乗り越えてやる!」

杏菜も、友理と春菜の言葉に勇気づけられた。


確かに、今の自分は未熟だ。しかし、それは伸びしろがあるということだ。そして、一人ではない。友理や春菜、そして他の仲間たちがいる。


「うん......私、頑張る。クラリネット、もっと上手になる!そして、安中榛名高校にしかできない音楽を、みんなと一緒に創りたい!」

杏菜は、決意を込めて言った。


三人の間に、再び強い絆が生まれた。由那学園の演奏が、彼らに突きつけた現実。それは、 決して絶望ではなく、新たな目標へと向かうための、大きな刺激となったのだ。


「よし!」友理は、フッと笑った。


「じゃあ、明日の朝練から、もう一段階ギアを上げていくぞ。全国大会、今度こそゴール ド金賞を取るために」

春菜も杏菜も、力強く頷いた。


安中榛名駅前のコンビニの明かりの下、三人は夜空を見上げた。満月が、彼らの決意を静 かに見守っているようだった。 関東大会でのシルバー銀賞という悔しさ。そして、由那学園 という圧倒的な存在。しかし、彼らは決して諦めない。むしろ、その全てを糧にして、さらに強くなっていくことを誓ったのだ。


安中榛名高校吹奏楽部の、真の挑戦は、ここから始ま る。


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