第1章22話:関東大会へ
コンクールメンバーが決定してからの安中榛名高校吹奏楽部は、これまで以上に一体感を増し、まさに「一音入魂」の精神で練習に打ち込んでいた。
レギュラーメンバーに選ばれた部員たちは、佐々木梓先生の熱心な指導のもと、課題曲の『躍動するマーチ』と自由曲『鳳凰の舞』の完成度を高めていった。
特に『鳳凰の舞』のホルンソロを任された鳴瀬友理は、その圧倒的な表現力で、曲に命を吹き込んでいく。彼女の音は、部全体を牽引し、ハーモニーに深みと色彩を与えた。
部長の大橋拓真と副部長の緑川紗希は、部全体の統制を取りつつ、各パートのサポートに奔走した。ホルンパートでは、友理とパートリーダーの松本悠人が協力し、練習の効率を飛躍的に向上させた。
松本は、友理の指導を積極的に取り入れ、他の三年生や二年生も、友理の音を「目標」として捉え、自らの技術向上に励むようになった。
トランペットパートの高峰春菜も、持ち前の明るさと実力でパートをリードした。彼女は、 中学時代の悔しさをバネに、誰よりも真剣に練習に取り組み、力強くも繊細な音色を磨き上 げた。時に、友理と互いのソロパートについて意見を交わし、より良い音楽を追求する姿も 見られた。
一方、コンクールメンバーに選ばれなかった音羽杏菜は、正直なところ、悔しさを拭い去ることができていなかった。部室の隅で、友理や春菜、そして他のメンバーがコンクール曲を練習しているのを聴くと、胸が締め付けられるような思いがした。しかし、彼女には、春菜から提案された「定期演奏会の盛り上げ係」という新たな役割があった。
杏菜は、クラリネットの基礎練習に励みながらも、定期演奏会の準備にも積極的に関わるようになった。昨年の定期演奏会の映像を見て、部員たちがダンスをしたり、寸劇をしたりして観客を魅了する様子に、杏菜は次第に心を奪われていった。
「私、ダンスとか、やったことないけど、頑張ります!」
杏菜は、定期演奏会の企画担当の先輩に、不安ながらもそう告げた。
先輩たちは、杏菜の意欲を歓迎し、基本的な振り付けから丁寧に教えてくれた。初めはぎこちなかった杏菜の動きも、持ち前の真面目さと努力で、少しずつ形になっていった。コンクールメンバーにはなれなかったけれど、部のためにできることがある。その思いが、杏菜を支える原動力となった。
そして、県大会当日。
会場の群馬県民会館は、朝から熱気に包まれていた。
安中榛名高校吹奏楽部の部員たちは、真新しいユニフォームに身を包み、緊張と高揚が入り混じった面持ちで、舞台袖に集まっていた。友理は、少しだけ顔がこわばっていたが、その瞳には強い光が宿っている。春菜は、いつもの明るい笑顔で、パートの仲間を励ましていた。
リハーサル室では、最後の音出しが行われている。友理のホルンの澄んだ音が、ひときわ大きく響き渡る。その音を聞くと、部員たちの緊張がほぐれ、士気が高まっていくのが感じられた。
「みんな、落ち着いて。最高の演奏をしよう」
拓真が、力強く声をかけた。
梓先生は、部員一人ひとりの顔を見つめ、静かに頷いた。
「自信を持って。あなたたちの音は、必ずみんなの心に届くはずよ」
舞台の幕が上がり、大勢の観客の前に姿を現した部員たち。広い客席に、杏菜の姿もあった。コンクールの手伝いとして来ている杏菜は、舞台上の友人たちに、心の中で精一杯のエールを送っていた。
(友理ちゃん、春菜、みんな、頑張れ!最高の演奏、してきてね!)
『躍動するマーチ』が始まった。力強いリズムがホール全体を震わせ、部員たちの息の合った演奏が、会場を包み込む。そして、『鳳凰の舞』。友理のホルンソロが響き渡ると、その 音色は聴衆の心を捉え、まるで目の前で鳳凰が舞い上がるかのような情景が広がった。杏菜 は、客席でその演奏を聴きながら、鳥肌が立つほど感動していた。自分は舞台には立てなか ったけれど、この素晴らしい音を創り上げる一員であることに、誇りを感じた。
演奏が終わると、会場全体から割れんばかりの拍手が巻き起こった。部員たちは、達成感と安堵の表情で指揮者の梓先生のお辞儀を見守っていた。
そして、結果発表の時。
部員たちは、固唾を飲んで審査員の結果発表に耳を傾けていた。司会者が、安中榛名高校吹奏楽部の名前を読み上げた瞬間、ホールに歓声が響き渡った。
「安中榛名高等学校吹奏楽部、ゴールド金賞!」
大きな喜びが部員たちの間を駆け巡った。誰もが抱き合い、喜びを分かち合う。しかし、昨年の経験がある三年生たちは、まだ完全に安心したわけではなかった。
ゴールド金賞の次に告げられる、「代表」の文字を待っていた。
「そして、群馬県代表は......」
静寂がホールを包み込む。杏菜は、祈るように手を握りしめた。
「安中榛名高等学校吹奏楽部!」
その瞬間、部室は地鳴りのような大歓声に包まれた。部員たちは、喜びのあまり飛び跳ね、 涙を流し、互いに抱き合った。昨年の悔しさを知る三年生たちは、人目もはばからず泣き崩 れた。拓真と紗希は、互いの肩を抱き合い、梓先生もまた、目元を潤ませながら、部員たち を温かい眼差しで見つめていた。
友理は、春菜と強く抱き合った。
「やったね、春菜!関東大会だよ!」
春菜も涙を流しながら頷いた。
「うん!友理ちゃんのおかげだよ!ありがとう!」
杏菜も、メンバーの傍で涙を流していた。
舞台には立てなかったけれど、仲間たちが掴み取ったこの「代表」の二文字は、杏菜にとっても最高の喜びだった。彼女は、この部の一員であることを、心から誇りに思った。
県大会ゴールド金賞、そして群馬県代表として関東大会出場決定。
安中榛名高校吹奏楽部の、新たな歴史の扉が開かれた瞬間だった。彼らの夏の挑戦は、まだ終わらない。




