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第1章16話:友理との対話

部長の大橋拓真と副部長の緑川紗希がホルンパートリーダーの松本悠人と話し合った翌日、彼らは顧問の佐々木梓先生と共に、鳴瀬友理との対話を試みることにした。

部内の軋轢を解消し、友理の才能を部全体の力に変えるためには、友理自身の理解と協力が不可欠だと彼ら

は考えていた。


放課後、練習が始まる前の部室。友理がホルンをケースから出していると、拓真と紗希が歩み寄ってきた。梓先生は、少し離れた場所から、温かく見守っている。


「鳴瀬、少し時間いいか?」拓真が穏やかな声で尋ねた。

友理は、少し緊張した面持ちで頷いた。先輩たちの視線は、まだ彼女にとって重荷だった。


「お前のホルンの音は、本当に素晴らしい。それは部員全員が認めていることだ」拓真は、

正直な気持ちを伝えた。


紗希も続けた。

「私たちも、正直、鳴瀬の音には驚かされたわ。あんなホルン、これまで聞いたことがな

い。君の才能は、この部の未来を大きく変える可能性がある」


二人の真っ直ぐな言葉に、友理は戸惑った。褒められることには慣れていたが、その言葉

の裏に、何か別の意図があるように感じられたからだ。


「ありがとう、ございます......」友理は、小さく答えた。


拓真は、まっすぐ友理の目を見て言った。

「だが、正直に話させてもらう。お前の才能が、今、ホルンパートの、いや、部の一部に、戸惑いを生み出している。お前の音があまりにも完璧すぎて、先輩たちもどう接していいか分からず、自信をなくしかけているんだ」


友理の表情が、はっと凍り付いた。やはりそうだったのだ。

自分が感じていた違和感は、気のせいではなかった。東京の強豪校で経験したのと同じ状況が、ここ安中榛名でも起こってしまっていた。


紗希は、そんな友理の様子を見て、ゆっくりと語り始めた。


「鳴瀬が、中学校時代、勝ちにこだわるあまり、音楽を楽しめなくなったと聞いたわ。そして、この安中榛名高校吹奏楽部の『生き生きとした音』に惹かれて、入部してくれたこともね」


友理は、まさか自分のそんな個人的な事情まで、先輩たちが知っていたことに驚いた。


「私たちは、君に、この部で心から音楽を楽しんでほしいと思っている。だけど、君の才 能が、もし部内の和を乱し、誰かの心を傷つけてしまうとしたら、それは君が求めている『生 き生きとした音楽』とは違うはずだ。そして、私たちもそれを望んでいない」


拓真が真剣な表情で言った。 友理は、ぎゅっと唇を噛み締めた。自分が原因で、この部の雰囲気を壊してしまっている。


それは、彼女にとって何よりも辛いことだった。


その時、これまで静かに見守っていた梓先生が、ゆっくりと友理の元へ歩み寄った。


「鳴瀬さん」梓先生は、友理の目を真っ直ぐに見つめた。

「あなたの才能は、この安中榛名高校吹奏楽部にとって、かけがえのない財産です。そして、 私にとっても、特別な意味を持つものです」


梓先生の声には、どこか個人的な感情が込められているように聞こえた。友理は、梓先生の視線に、ただならぬものを感じた。


「この安中榛名高校吹奏楽部は、昨年、県大会で金賞を取りました。でも、代表にはなれ なかった。いわゆる『ダメ金』です」

梓先生は、悔しそうにそう言った。

「あと一歩、目標に 届かなかった。それは、技術的な課題ももちろんあったけれど、何よりも、部員一人ひとり が、自分の音に心から自信を持てていなかったからかもしれない」


梓先生は、友理の父親である鳴瀬啓介との過去を思い出しながら、言葉を続けた。


「私は、あなたのお父さんを知っています。彼が高校生の頃、どれほど素晴らしいホルン奏者だったか。そして、その音が、どれほど多くの人の心を揺さぶり、影響を与えたか。あなたのお父さんは、この安中榛名の音楽界の歴史に、深く名を刻んだ人物です」


友理は、梓先生の言葉に、大きく目を見開いた。先生が、父のことを知っている。そして、 それが、ただの知人という以上の、深い繋がりがあることを、その言葉から感じ取った。


「あなたも、きっとお父さんと同じような影響力を持っている。あなたの音は、この部を、 今まで誰も到達できなかった高みへと連れて行くことができるはずだ。だから、どうか、そ の才能を、遠慮したり、閉じ込めたりしないでほしい」


梓先生は、友理の肩にそっと手を置いた。


「あなたの音を、周りに『壁』として感じさせるのではなく、『目標』として、そして『共に 高め合うための光』として感じさせてほしい」


梓先生の言葉は、友理の胸の奥深くに染み渡った。

父も言っていた「才能はギフトだ、遠慮するな」という言葉と重なる。そして、梓先生が父の過去を知っていること。それが、友理の心に、この場所で自分の役割を果たすことへの、新たな責任感を芽生えさせた。


「私に、何ができますか......?」友理は、か細い声で尋ねた。


拓真が、力強く言った。


「鳴瀬には、ホルンパートの指導に加わってほしい。もちろん、上から目線で教えるんじゃない。あくまで、パートリーダーの松本や二年生の先輩たちをリスペクトし、同級生や先輩たちと共に練習する中で、その音で引っ張っていってほしいんだ。そして、時には、自分の経験や、具体的な練習方法を、共有してほしい。そして、何よりも、君自身が、誰よりも楽しそうに、心から音楽を奏でてほしい」


紗希も頷いた。


「君の音は、言葉以上の説得力がある。君が本気で、心から音楽を楽しんでいる姿を見せれば、きっと周りの部員たちも、刺激を受けてくれるはずよ」


友理は、拓真と紗希、そして梓先生の真剣な眼差しを順に見つめた。彼らは、自分の才能をただ恐れるのではなく、それを活かそうとしてくれている。そして、自分をこの部の一員として、心から受け入れようとしてくれている。


「わかりました......私にできることなら、何でもします。 この部で、みんなと一緒に、最高の音楽を奏でたい」


友理は、目に涙を浮かべながら、力強く答えた。その言葉には、今まで抱えていた戸惑いが消え去り、新たな決意が宿っていた。


こうして、友理は自分の才能と、それがもたらす影響について、深く理解した。

そして、部内の軋轢を乗り越え、部員全員で高みを目指すための、新たな一歩が踏み出されたのだ。


安中榛名高校吹奏楽部の目標は、単なる「金賞」ではない。

「代表」として関東大会へ、そ してその先へと進むこと。そのために、友理の才能は、間違いなく部にとっての大きな希望 となるだろう。

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