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第1章15話:部長と副部長の行動

佐々木梓先生、大橋拓真部長、そして緑川紗希副部長の三者会談の後、部内の微妙な空気、 特にホルンパートの軋轢を解消するため、彼らはすぐに行動に移した。


まず最初に着手したのは、ホルンパートの三年生たちとの個別面談だ。

拓真は部長として、 紗希は副部長として、そして何よりも一人の仲間として、彼らの本音を聞き出す必要があった。


放課後、部活動が始まる前、拓真はホルンパートリーダーの三年生、松本悠人に声をかけた。悠人は穏やかな性格で、これまでパートをまとめることに腐心してきた。しかし、友理の出現により、その表情には明らかに疲労の色が浮かんでいた。


「悠人、ちょっと話があるんだけど、今、時間あるか?」


拓真は、できるだけ穏やかな声で尋ねた。 悠人は、少し驚いたように拓真を見たが、すぐに頷いた。


「はい、部長。大丈夫です」


二人は部室の隅へと移動した。紗希は、その後ろで静かに見守っている。


「悠人。正直な話、今のホルンパートの雰囲気、どう感じてる?」


拓真は単刀直入に尋ねた。

悠人は、少し間を置いてから、重い口を開いた。


「......正直、やりにくい。鳴瀬は、本当にすごい音を出す。正直、俺たちじゃ、教えることなんて何もない。むしろ、教えられてるようなもんだ。あいつが吹くと、俺たちの音が霞んで聞こえるし......。パートリーダーとして、どう引っ張っていけばいいのか、分からなくなってる」


その言葉には、正直な戸惑いと、実力差からくる自信喪失の色が滲んでいた。悠人は、パートのまとめ役としての責任感と、自身の無力感の間で板挟みになっていたのだ。


「松本だけじゃないわ」と、紗希が口を挟んだ。

「他の二年生も、鳴瀬の音を目標にすると いうよりは、圧倒されてしまっているように見える。このままだと、パート全体の士気に関 わる」


紗希の言葉に、悠人は深く頷いた。彼の感じていた不安が、紗希の言葉によって言語化されたのだ。

拓真は、悠人の目を見て、力強く言った。


「悠人、お前たちの気持ちは痛いほどよく分かる。だが、考えてみてくれ。鳴瀬の才能は、 この部にとって、とてつもないチャンスなんだ。あいつがうちの部に来てくれたのは、奇跡 に近い。俺たちは、このチャンスを無駄にはできない」


「チャンス、ですか......」悠人は、困惑したように呟いた。


「そうだ。部長としては、もちろん全国大会を目指したい。そのためには、鳴瀬の力は絶対必要だ。だが、それだけじゃない。お前たち自身も、あいつの音から学ぶことで、もっと高みにいける。遠慮するんじゃなくて、あいつの音を食い尽くすくらいの気持ちで、吸収してほしいんだ。そして、お前たち三年生が、あいつの良き理解者となって、この部で彼女が孤立しないように支えてほしい」


拓真の言葉は、熱意に満ちていた。彼の真っ直ぐな言葉は、悠人の心に少しずつ響いていく。


「それに、鳴瀬は東京の強豪校で、勝ちにこだわるあまり音楽を楽しめなくなったと言っ ていたわ。彼女が安中榛名高校吹奏楽部を選んでくれたのは、この部の『生き生きとした音』に惹かれたからよ。私たちが彼女の才能に遠慮して、壁を作ってしまっては、彼女が求めているものとは違う」紗希も続けた。


悠人は、二人の言葉に、ハッと顔を上げた。友理が抱えていた過去の苦悩に、改めて気づかされたのだ。そして、自分たちの遠慮が、友理を再び苦しめている可能性があることを悟った。


「俺たちが、鳴瀬を支える......」悠人は、その言葉を反芻した。それは、これまで彼が抱えていた「教える立場」という重圧から解放され、友理を「仲間」として受け入れることへの、新しい視点だった。


「そうだ。お前たち三年生が、鳴瀬の才能をどう活かすか、どうすれば部全体が彼女の音から刺激を受けられるか、リードしてほしいんだ」拓真は、悠人の肩をポンと叩いた。


悠人の顔に、少しずつ決意の色が浮かび始めた。


「......はい、部長。分かりました。俺、やってみます。ホルンのパートリーダーとして、鳴瀬を孤立させないように、そして俺たち自身も、もっと上を目指せるように、努力してみます」


拓真と紗希は、悠人の言葉に安堵の表情を浮かべた。これで、ホルンパートの最初の突破口が開けた。

次に彼らが向かったのは、顧問の佐々木梓先生の元だった。梓先生は、放課後も部室に残り、楽譜の確認や、今後の練習計画を立てていた。


「先生、少しお時間をいただけますでしょうか」拓真が声をかけた。


梓先生は顔を上げ、二人の真剣な表情を見て、椅子に座るよう促した。


「松本と、話をしてきました」拓真が報告した。


「そう。どうだった?」梓先生が尋ねた。


「正直、彼も鳴瀬の才能に戸惑い、自信をなくしかけていました。ですが、彼も友理の抱える状況を聞き、彼女を支えたいという気持ちになってくれました。僕たちも、先生と話したことを伝え、友理の才能を部に活かすための協力を仰ぎました」


紗希も続けて言った。


「私たち三年生が、友理の才能を『脅威』ではなく『目標』として捉え、部全体の意識を変えていく必要があると感じています」


梓先生は、二人の言葉に深く頷いた。彼女の表情は、どこか安堵したような、それでいて、まだ深い思慮に沈んでいるかのようだった。


「ありがとう、二人とも。あなたたちが、そう考えてくれて、本当に嬉しいわ。部員たちが、友理の音から刺激を受け、自分の殻を破って成長してくれることが、私の一番の願いよ」


梓先生は、友理の父親である鳴瀬啓介との過去を思い出し、複雑な感情を抱えていた。か つて、自身が乗り越えられなかった壁。そして、啓介の才能がもたらした、光と影。この部 には、同じ過ちを繰り返してほしくない。友理の才能が、部員たちの心を閉ざすのではなく、彼らを奮い立たせる原動力となってほしい。


「先生。僕たちも、先生の期待に応えられるよう、全力で部を引っ張っていきます。だから、先生も、僕たちを信じて、支えてください」


拓真は、強い眼差しで梓先生を見つめた。

梓先生は、その真っ直ぐな瞳に、かつての自分と、そして啓介の面影を見た気がした。彼女の心の中で、過去の記憶と現在の決意が交錯する。


「ええ。もちろんよ。私も、全力であなたたちをサポートする。そして、部員全員が、心から音楽を楽しめる、最高の部活動を一緒に作っていきましょう」


梓先生の言葉には、迷いがなかった。拓真と紗希の行動と、彼らの熱意が、彼女自身の心にも、新たな活力を与えてくれたのだ。


こうして、部長と副部長、そして顧問の連携により、部内の問題解決に向けた第一歩が踏 み出された。

それは、単に部員間の軋轢を解消するだけでなく、友理の才能を最大限に引き 出し、部全体の意識を高め、さらなる高みを目指すための、重要な転換点となるはずだった。


安中榛名高校吹奏楽部の、新しい挑戦の幕が、今、本格的に開こうとしていた。


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