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第1章9話:部長・大橋拓真

新入生歓迎の部活動紹介を終え、大橋拓真は部室の隅で、新入部員たちが提出していった入部届の束を眺めていた。三年生となり、今年は部長という大役を任されている。


昨年までの副部長としての経験から、新入生の顔ぶれが今後の部の雰囲気を大きく左右することを、拓真は誰よりも理解していた。


彼のパートはトランペット。部の中心として、今年は部員全員を全国に連れていくという野望を胸に抱いている。


「さてと、今年のルーキーたちはどんなもんだかな」


部室のあちらこちらで新入生の楽器体験の音が流れている。

すでに立派な音を出すもの、たどたどしく音が鳴らせない新入生もいるが、微笑ましく感じる。

拓真は一番上の入部届を手に取った。真っ先に目に入ってきたのは、希望パートが「トランペット」の高峰春菜の名前だった。


「お、高峰か!」


拓真は思わず声を漏らした。春菜のことは、彼の耳にも届いていた。

中学時代、榛名中学校の吹奏楽部でトランペットをバリバリ吹いていたと聞いている。最後のコンクールで銀賞

に終わり、悔し涙を流していたという噂も耳にした。だが、それ以上に、彼女の音色には確かな魅力があり、新入生の中でも頭一つ抜けた実力者であることは、入学前の体験練習に来た時から感じていた。

彼女が再びトランペットを手に取り、この安中榛名高校の吹奏楽部に入ってくれたことは、部の戦力としても、精神的支柱としても大きい。


「よし、これは期待できるぞ」


拓真は小さく頷いた。彼女の存在は、部の士気を高める上で重要だと直感していた。

次に目を通したのは、音羽杏菜の入部届だった。希望パートは「クラリネット」。 出身中学校は安中中学校。


「安中中......吹奏楽部、なかったよな?」


拓真は首を傾げた。

安中中学校には吹奏楽部がなかったため、杏菜は楽器経験がないはず だ。にもかかわらず、吹奏楽部を選んでくれたことに、拓真は純粋な喜びを感じた。

部活動 紹介の際、ステージ上でキラキラした目で演奏を見つめていた彼女の姿を思い出していた。 ああいう、純粋に音楽に憧れて入ってきてくれる生徒は、部の雰囲気を明るくしてくれる。 技術的な面では時間がかかるかもしれないが、その情熱は部に欠かせないものになるだろう。


「経験はなくても、その熱意があれば大丈夫。しっかりサポートして、一人前のクラリネット奏者に育ててやろう」


拓真は、杏菜の入部届に書かれた真剣な文字を見て、静かに決意を新たにした。

そして、三枚目の入部届に手を伸ばした時、拓真の指がピタリと止まった。書かれていた 名前は、鳴瀬友理。希望パートは「ホルン」。そして、その横には目を疑うような文字が躍っ ていた。


「全国大会出場経験あり......?」


拓真の心臓が、ドクンと大きく鳴った。全国大会出場経験を持つホルン奏者。それだけでも驚きなのに、さらに目を引いたのは、その保護者名だった。


「鳴瀬啓介......?」


拓真は、その名前に聞き覚えがあった。いや、聞き覚えどころではない。それは、彼が生まれる遥か以前から、この安中榛名の音楽界、特に吹奏楽部界隈で伝説のように語り継がれてきた名前だった。

かつて榛名高校の吹奏楽部を、初めて関東大会に導いた顧問の先生の息子であり、自身も「天才ホルン奏者」として名を馳せた人物。その後、東京の音楽大学に進学し、プロを目指したと聞いていた。

まさか、その鳴瀬啓介の娘が、今、目の前の入部届に名前を連ねているとは。


「おいおい、まじかよ......」


拓真は、思わず椅子から立ち上がった。この安中榛名に、あの鳴瀬啓介の血を引く人間が戻ってきた。しかも、全国大会経験者。これは、部のレベルを一段も二段も引き上げる、千載一遇のチャンスだ。いや、チャンスという言葉では足りない。運命だ。

拓真の脳裏に、かつて耳にした、鳴瀬啓介のホルンの音が蘇る。それは、録音された古い音源でしか聞いたことがないものだったが、その深みと響きは、今も彼の心に焼き付いている。その血を受け継ぐ友理が、どんな音を奏でるのか。そして、彼女が部の合奏に加わることで、安中榛名高校吹奏楽部は、一体どこまで高みを目指せるのか。


「全国......いや、全国大会金賞!」


拓真の胸に、かつてないほどの期待と興奮が込み上げてきた。今年は、間違いなく、安中榛名高校吹奏楽部にとって、歴史に残る一年になる。その確信が、彼の全身を震わせた。


この三人の新入部員、純粋な憧れを持つ杏菜、再起を誓う努力家の春菜、そして桁外れの才能と過去を持つ友理。それぞれの背景が、部の新たな音色を紡ぎ出すだろう。


拓真は、入部届を大切に胸に抱え、静かに空を見上げた。広がる青空の向こうに、安中榛名高校吹奏楽部の、輝かしい未来が見えるような気がした。


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