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プレリュード:夢の音、絆の調べ


静かに幕が上がる。

舞台袖で、音羽杏菜(おとわあんな)高峰春菜(たかみねはるな)は固唾を飲んで客席を見つめていた。

ざわめきと熱気に包まれた会場は、数ヶ月前の、あの寂れた安中榛名からは想像もつかないほど活気に満ちている。

スポットライトの熱が肌を焦がすような感覚。心臓がドクドクと高鳴り、手のひらにはじんわりと汗が滲んでいた。


「ねぇ、春菜。ここまで、本当によく頑張ったね」


杏菜の控えめな声が、薄暗い空間に響く。隣に立つ春菜が、こくりと頷いた。

彼女たちの脳裏には、走馬灯のようにこれまでの日々が駆け巡る。

初めて安中榛名の町おこしのために吹奏楽部として立ち上がろうと決意した、あの春の日。 誰もが「無理だ」「どうせ続かない」と冷ややかな目を向けたあの日から、どんなに多くの汗 と涙を流してきたことだろう。


杏菜の回想は、中学時代の卒業式へと遡る。


安中中学校には吹奏楽部がなく、憧れを抱き ながらもバドミントン部で活動していた。

それでも、高校では絶対にクラリネットを手にす ると心に誓った。

高校入学後、念願の吹奏楽部に入部し、初めて手にしたクラリネットの感 触。

音を出すことすらままならず、指の動きもぎこちなかった日々。

先輩たちの美しい音色 に圧倒され、自分だけが置いていかれるような焦燥感に苛まれたことも一度や二度ではない。 それでも、楽譜とにらめっこし、指の皮がむけるほど基礎練習を繰り返した。

夜遅くまで、 誰もいない教室で、ただひたすらに音と向き合った。その一つ一つの努力が、今日の自分を ここに立たせている。


春菜の記憶は、中学最後のコンクールの瞬間に戻る。

榛名中学校の吹奏楽部で、副部長としてトランペットパートを牽引してきた。県大会出場を目標に、部員全員で文字通り血の滲むような練習を重ねた。

朝練、放課後練、休日返上での合宿。唇が腫れ上がり、指が動かなくなるまで吹き続けた。

しかし、結果は銀賞。目標には届かなかった。発表された瞬間、張り詰めていた糸がプツンと切れ、悔しさと絶望でその場に崩れ落ちた。

部員たちの間には、失望と不満が渦巻き、ギクシャクした空気が流れた。

卒業式では、顔を合わせても口も利かない者もいた。


もう二度と、あんな思いはしたくない。

そう固く誓い、一度は楽器を辞めようとさえ思った。だが、安中榛名高校の吹奏楽部の音に触れ、杏菜や友理と

出会い、再び情熱の炎が灯ったのだ。


そして、三人の絆を深めた町おこし音楽祭開催までの苦労が、鮮やかに脳裏をよぎる。

当初は、地域の人々の無関心や、予算の壁にぶつかり、何度も心が折れそうになった。

商店街の人々を説得して回る日々。


冷たい視線や、門前払いを受けることもあった。

それでも、 三人は諦めなかった。放課後や休日に、手作りのチラシを配り、SNS で情報発信し、時には 自分たちの演奏で街角ライブを行い、少しずつ人々の心を動かしていった。


部員たちも、最 初は乗り気でなかった者もいたが、三人のひたむきな姿に感化され、次第に一つになってい った。音楽祭の企画書を作成し、市役所や観光協会に何度も足を運んだ。時には意見がぶつ かり、言い争いになることもあったが、その度に互いの思いをぶつけ合い、より良い形を模索した。


夜遅くまで残って、必死に楽器を練習した音の記憶が蘇る。

杏菜のクラリネットの音は、最初は不安定だったが、今では春菜のトランペットの力強い音色と、友理のホルンの深みのある響、しっかりと寄り添うことができるようになった。


何度も何度も音を重ね、やっと一つのハーモニーが生まれた時の感動。

仲間たちと笑い、時には涙した部室での時間。

音楽祭を成功させるために、皆で知恵を絞り、力を合わせてきた日々が、鮮明に胸によみがえって

くる。


「うん、杏菜もね。杏菜がいたから、ここまで来られたんだよ」


春菜の言葉に、杏菜はふわりと微笑んだ。あんなに遠い夢だと思っていた音楽祭は、今、目の前で大成功を収めようとしている。

会場を埋め尽くす観客の温かい拍手が、二人の心にじんわりと染み渡る。

それは、これまでの全ての努力が報われた瞬間だった。


いよいよ次は、ミス安中榛名の最終選考。


互いの顔を見合わせる。

どちらが選ばれても、選ばれなくても、この場所で出会い、共に駆け抜けた日々は、何物にも代えがたい宝物だ。


「さ、行こっか。お互い、頑張ろうね!」


春菜がにっこり笑って、杏菜の手をそっと握った。杏菜も強く握り返す。二人の瞳は、これからの未来への期待と、確かな友情の光を宿していた。


舞台の袖から、二人の新たな挑戦が、今、始まる。


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