スローライフをおくりたい引退勇者と取材したい記者
「勇者さまー。ぜひ取材を! 記事をかかせてください!」
「無理だって言ってるでしょうがつ、追いかけてこないでくださいませんかね!?」
私の名前はアレックス。
勇者として昨年に魔王を討ち果たし、世界に平和をもたらした存在だ。
世界で一番の強さを持っていると言っても過言ではない。
しかしだからこそ、新しい争いの火種になりかねないため、自主的に表舞台から姿を消す事にしたのだ。
勇者という称号も返上し、一般市民としてありふれた村で生きていこうとしている最中なのだが、問題が発生した。
「勇者さまー!」
「だから、私は平和な人生をおくりたいんですってば!」
現在、なぜか一人の記者につきまとわれている。
彼女はエーラという女記者だ。
ストーカーという称号がついている。
この世界の称号には特殊能力が付与されていて、勇者という称号には莫大な力と肉体の強化がされる。
多くの人のためになるものであるが、ストーカーはその逆だと思う。
人を地の果てまで追いかけまわす事ができる、現在地把握の能力があるのだから。
そういったわけで、私はものすごく困っていた。
「お願いですから、人前で勇者だと言わないでくださいよ!」
私は西へ東へ逃げ回ってから、観念して彼女の密着取材を受け入れざるを得なくなってしまった。
しかし、彼女は記者のくせに口がうっかり滑りやすい。
「アレックスさん村の祭りの案内についてなんですが」
「あっ、ゆうーーじゃなくてアレックスさん、村人さんが訪ねてきましたよ!」
「アレックスさん、保存食作りすぎたのでおすそ分けにきました」
「おやっ、ゆうーーじゃなくてアレックスさん、お隣さんが大きなお荷物をもってきたようですっ!」
「アレックスおにいちゃーん。うちの妹が迷子になった! 一緒にさがしてよー」
「ややっ、これは大変です。ゆうーーじゃなくてアレックスさん。一緒に探しましょう!」
村の中で毎回こんな事があるので、いつ致命的な事を言うかはらはらした。
しかもなぜか、私の家の隣に家を建てて、住み始めるしまつ。
朝から晩までべったりで、家にまであがりこんでくる。
もちろん、毎回ずっと見られているのは疲れるため、たまにまく。
すると、親を見失ったひな鳥のようにうるさく「勇者様、勇者様」といいながら、正確な位置を把握して、おいついてくるのだ。
魔王も困った存在だったが、彼女も相当こまった存在である。
一体なにが彼女をそこまで突き動かしているのだろうか。
引退したあと、最初に移住先の村へ向かったとき、入り口で待ち構えていた時は鳥肌が立った。
そんな困った記者に密着されながらも、俺は平穏な日々を過ごしていく。
陰謀もなにもない、長閑でありふれた村で農作物を育てたり、趣味のガーデニングをしたりと。
うまく咲いた花は、ご近所さんに見せてあげたり、美味しくできた野菜も近隣の方々に配っている。
モンスターに突然襲撃されるでもない、すぐに救援しにいかなければ誰かの命が危険になるわけでもない。
装備を整えずに外出してもいいし、立場を気にして人と言葉を選びながら話をしなくてもいい。
毎日同じことの積み重ねの、心に優しいスローライフだ。
趣味の釣りをして魚料理を作ったり、お菓子作りなんてものにも挑戦したり。
村の祭りに参加して、他の人たちと踊ったりもした。
勇者として強さを追い求めていた時にはできない事ばかりだ。
これからもそんな日々をおくりたいものだ。
そんな生活だから、記者もそのうち飽きると思っていた。
取材内容なんてゼロにも同然なのだから。
しかし、記者は予想に反してかなり長いこと村に居続けた。
一体引退した勇者の日常の何が面白いのか。
記者は毎日俺に密着し、時に一緒に花を育て、時に農作物を収穫したりしていく。
そんな日々が一年ほど続いた日。
記者は唐突に取材終了を宣言して去っていった。
「今日でお仕事は終了です。守秘義務をしっかり守った記事を書きますので、出来たら読んでくださいね」
「まず書かないでくださいよ」
村の名前は出すなよと念をおしているため、最低限の事は大丈夫だとは思うが。
最後まで彼女の事はよく分からなかったなと思った。
「エーラさん、くれぐれも村の方に迷惑をかけるような記事を出さないでくださいね」
「もちのろんです。村の方々は眼中にありません。私の目には勇者さましか入ってませんので」
そんな彼女は、記憶の中の限りは、本当に他の人間に取材する事はなかった。
助かるのだが、やはりものすごく変わった人だった。
それから数日後。
世界の中心にある会議室の中で、一人の女性が報告していた。
その場に居合わせた者達は女性の言葉を聞いて、安心したように頷く。
「そうか勇者は大人しくしてくれているか。大きな力を持つ存在は、やっかいだからな。君のような人間が協力してくれて助かったよ。我々も市民も安心して眠れそうだ」
勇者が人知れず姿を消した時、要人たちは肝を冷やした。
だが、もたらされた報告を聞いて安堵したのだった。