第壱話:勇者の啓示(後編)
【我は魔王。】
【世界を破滅へと落とす混沌。】
ズドン!!!!!!!!
その宣言と共に大きく大きく、建物は、いや、世界が揺れた。
高らかにおぞましく笑う魔王の声と共に、グラグラと揺れ続ける地面。
立っていられない程のそれに誰もが世界の破滅を簡単にイメージした。
とうとう揺れに耐えられなくなった建物は、天井の装飾品を崩し、ズズン、と落下させた。
恐怖は更に続く。泉の鏡は変形し始めた。魔王がこちらに降りてこようとしている。
「うわあああ!!!!」
そこから堰を切ったように、その場から皆逃げていく。
神官も、候補生も、皆命を惜しがり逃げていった。
サイラスも逃げようと考えたが、揺れに足を取られ上手く動けない。
悔しさに歯噛みすると、ぐい、と体を何者かに支えられる。
「おい!大丈夫かよ!」
「クレイグさん!?」
「クソ、参ったな…!」
近くにいたクレイグが、手助けしてくれた様だ。
手短にお礼を言い共に出口へ向かう。
随分な人数が逃げてしまったらしい。この空間にいるのは逃げ遅れたサイラスとクレイグ、そして儀式の主となっていた司祭や大臣の数人が泉を鎮める様々な魔術をかける為に残っている。
その甲斐もあってか、魔王もこちらへ侵入する事が出来ず膠着状態と化していた。
…その周囲で、落下物から彼らを守るシリルを見た。
「……!」
その巨大なシールドを媒介にした防御術で瓦礫などを薙ぎ払っている。
どうやらただの戦士ではなく、パラディンだったらしい。
轟音の中で何か声を上げながら彼らを守っていた。きっと自ら動いてあの場に行ったのだろう。
「…」
ふとその姿に、サイラスは己の憧れを重ねた。
護る為の力。それは、勇者になりたいと感じた日に自分自身が欲しかった…
「あ、おい、どこ行くんだよ!」
「クレイグさん、ごめんなさい!逃げてください!」
気づくと泉の近くに駆けつけていた。
クレイグやシリルに何か言われた気がするが、今はどうでもいい。
「俺、魔術使えます。少しでも助けになりませんか。」
「…そうか、君は確か…」
新たな声に大臣が振り向く。目を丸くしてサイラスを見た。
サイラスもまたこの大臣の顔を見て驚く。
第1試験の時、自らを合格させ通してくれたあの試験官だ。
分厚い魔導書のページをサイラスへ渡す。
「君には泉の浄化魔法を頼みたい。私達は泉の形を元に戻す為の魔術、邪気を遮断する魔術をかける。出来るか?」
受け取ったページは重い。物自体も、責任も。
迷っている暇はない。
「…やります。」
「ありがとう。」
ページを開き、1行を1秒足らずで読み取り、言葉で紡ぎながらその魔術を剣に込める。
ーその驚くべき詠唱の速さに大臣は驚いたのだが…ー
ここまでは良かった。
聖なる浄化の魔法を孕んだ剣は、その魔術レベルに不釣り合いな安い剣を使用しているせいか、酷く重たくなっていた。
これが杖ならばここまで重くなる事は無い。剣を杖代わりにしたが故のデメリットなのだが、それがここに来て響いてきたのだ。
後は泉に向かって振り翳すだけなのに。
ーとてもじゃないが、俺では振れない…
「サイラス!」
クレイグの声が近くで聞こえる。
「くそっ」
シリルでカバーしきれない魔王の魔力攻撃を弾きながら、周囲に居てくれたようだ。
…これは俺にとっての天運だ。ならば。と、サイラスは意を決する。
「クレイグさん!!この剣で、あの泉の鏡を切れますか!?突き刺すだけでもいい!」
「剣!?……って重たっ!!!!!んだコレ!!」
「浄化魔法を込めたんです、でも、俺では、重くて……とても……」
情けない。悔しいが、自分では無理だ。
恥を承知でクレイグにそう告げると、クレイグはふん、と得意げに鼻を鳴らす。
「ああ、こういうのは分かりやすくて良いな。俺の得意分野だ!」
そう告げ、泉の鏡に向かってその重い剣を振り上げる。
浄化魔法を込められた剣はさながら伝説の剣かの様に光を放ち、一体を包む。
鏡に映る魔王が光に反応して此方を見るのと、それが泉に振り下ろされるのは殆ど同時で、
パキィン!と鏡が割れる音が響いた瞬間
【……何……やはり居たのか、勇者……】
戸惑い淀む声が聞こえた。
浄化された事で、司祭と大臣による泉を清浄に戻す魔術が通り魔王と繋がりかけた鏡は完全に閉じられる。
激しく揺れていた地面は収まり、割れた鏡は元の泉に戻る為に水へ戻り、その場にいる皆にピシャピシャと降り注いだ。
カラン、と剣が落ちる音。静寂。
ーー
「……やった……」
安堵の、神官の声。
その場に残った数人の、安堵と歓喜の声でこの空間は満たされた。
サイラスも緊張で固くなった肩を下ろしているとクレイグ、シリルが横に来て健闘を称え合う。
「おいおいサイラス、凄いじゃないか!何だあれ!?」
「い、いや、俺は…」
「…こういう時は、素直に受け取っておく方がいい。どう見ても君の、手柄だと思う。」
シリルはそう言い、サイラスの頭を撫でる。
…子供に言い聞かせるような言い方が少し引っかかったが、今は甘えておきたい。
「……でもその、本当に。司祭様や大臣様が魔術を教えてくれて、シリルさんがここを守ってくれて、クレイグさんが剣を使ってくれて、…だから俺は魔術が使えた。皆の、お陰で防げたのだと思っています。」
甘えて、思っているままにそう言った。それを聞いてシリル、クレイグは目を見合せて笑った。
司祭と大臣も安堵が一段落したのか、候補生3人の元へ歩いてきて頭を下げる。
「勇敢な候補生達よ、ありがとう。君達のお陰で魔王の残滓を振り払う事が出来た。」
「残滓…?あれで…?」
「ああ。恐らく神託の剣に残っていた魔王の記憶だろう。何かがきっかけで一欠片のそれが反応し、目覚めたに違いないのだが…。」
司祭達の説明を受けながら、3人は先程聞こえていた魔王の言葉を思い出す。
「やはりそこに居たのか、勇者」
…3人は各々の顔を見合わせる。
ー《あれは……残滓ではありません》
「!?」
その場にいる誰の声でもないそれが、空間に響く。
皆辺りを見回す。すると泉が今まで見た事ない程に強く光り、落ちていた神託の剣にその光は吸い込まれていく。
光を湛えた剣はゆっくりと宙に浮かび、その声を発している。皆一様にその様子を目で追っていた。
《私は啓示の泉に宿る精霊。人の子よ、今のは魔王の残滓ではなく魔王そのもの。魔王が自身の復活を知らせる為にこの鏡の力に介入し、その宣言をしに来たのでしょう。》
「何ですって!?…しかし、勇者の力により、闇と共に討ち滅ぼされたと…」
《ああ、なんと長い年月が流れたのでしょう。言い伝えがすっかり変わっていたのですね。だから泉に注がれる魔力も…》
大臣の言葉に、剣は憐憫を垂れる様な悲しげな声色で語り出す。
《勇者は魔王を討ち滅ぼしたのではなく、闇と共にこの地の底の底へ封じただけなのです。その封印は神託の剣を通じ、啓示の泉へ質の高い魔力をつぎ足す事で強化と維持をしていました。泉はその年に魔力の質が1番良い者を選出し、その者に定期的に魔力を注ぐ事を願います。これが貴方達人間が言う「選定の儀式」です。》
《私は感じていたのです。時が流れるにつれ、その質も量も徐々に低下し、勇者を選出するのが困難になって行った事を。更に、継続的に魔力を注ぐという封印を維持する為の儀すら行われなくなり、封印はどんどん弱まっていった…。》
「で、では以前の勇者に今から魔力を泉へ収めさせれば封印は!?」
《無理でしょう。選出の基準が非常に低くなってしまっている今、近年の勇者は魔力の質が非常に低いです。破壊された箇所を治し、魔王を再封印するならば仮に現代の勇者が100人、それ以上いても難しい。》
剣の話を聞いた司祭達は青ざめていた。
どうやらこの選定の儀式は勇者を選んでいたのではなく、本当は勇者の封印を維持出来る魔力が有る者を選出していた。
そして本来ならばその者が定期的に剣を通じて魔術を泉に浸す事で封印は維持されていたのだが、そんな話はこの場にいる誰も聞いた事がない。
何故なら勇者が決まったら、神聖なるこの泉は封鎖され勇者さえも再度立ち入る事などないのだから。
恐らく精霊の言う通り、言い伝えが時の流れの中で変わっていき、現代に伝わる頃にはその部分が伝承から消えたのだろう。
だとすると我々人間は、取り返しのつかない事態を大昔に犯していたのだ。
ーそして、その大きな間違いの結果、これまで選出された勇者では魔王に勝てない。
サイラス、クレイグ、シリルも、事の重大さに息を飲んだ。
司祭はあまりの事態に目眩を起こしたのか、眉間を押えしゃがみこむ。
《時間の流れとは残酷です。平和を続ける為の代償をすっかり消し去って、都合のいい部分だけが、残ってしまう。例えどんな事でも古より言い伝わる事には意味がある事を人の子達は知るべきでした。》
「ああ……では、もう世界は……」
大臣が思わず零した。
が、サイラスは先程の言葉を改めて思い出した。
「あの、精霊様。1つお伺いしても宜しいでしょうか。」
《良いでしょう。どうしましたか?》
「先程魔王が消える時に聞こえたのです、その、『やはり居たのか、勇者』…と。」
「何!?本当か!?」
「ああ、俺達にも聞こえてたぜ。」
どうやら司祭や大臣にはその言葉は聞こえていなかったようだ。
サイラスの言葉が幻聴でないとフォローするように、クレイグとシリルは頷いてその発言に同調した。
剣はその言葉を受け止めるように揺れる。
《…そうですね、魔王と同様に私も感じています。この泉の選出基準とは違う。貴方達で言う所の「運命」や「宿命」…そんな形で勇者として存在する者の存在を。》
「……では!」
《その勇者であれば、魔王を再封印する事が可能かもしれません。》
「おお!!」
俄に沸き立つ。
「…でも、可能かもしれない、という所が、引っかかります。」
シリルがポツリ、と言う。皆わかっていたが、敢えて触れていなかったのだ。
《そう。貴方達人間は本来の意味の勇者を必要としていない。その者も産まれ落ち成長してはいますが、勇者の自覚は全くないでしょう。真の勇者のこれまでの歩みは、私にも分かり兼ねます。》
候補生3人はその場にいる司祭たちの視線を受ける。
【真の勇者】の肩書きは、今まで抱いていた勇者の肩書きの何倍も重たく、険しい物だ。
……背負えるのだろうか、我々人間に。
泉がまた浮かび上がり、鏡の形へ変化する。
《しかしこの泉のみがそれを知っているのです。…勇者の力に反応して魔力を汲み上げ、啓示を行います。これより映し出される者が、真の勇者である、と。》
精霊が泉のこれから行わんとする事を代弁する。
歓喜に沸き立つと同時に、3人は体を思わず固めた。
……一体誰の顔が。
「…なぁ2人共。誰がなっても恨みっこなしで。」
「…うん。それに、誰が勇者になっても手伝いたい。」
「俺も…そう思います。」
鏡が光を放つ中、皆でそう声をかけあった。
この中の誰が勇者になったとしても、手を取り合って進もう。
《さあ、この方が、運命の定めた真の勇者となります。》
ー魔王を封印する、険しき戦いの道を。
皆、顔を上げる。光が収まった鏡が映し出した者の顔を焼き付けんとばかりに双眸に捉えた。
ーー
…捉えたのだが。
「……」
「……」
そこに映るのは、一人の少女だった。
風にたなびく、二つに結いたふわふわとした栗毛。
白いワンピースと赤いリボンを揺らしながら佇み何かへ祈るかの様に両手を合わせていた。
「…え?」
「……誰?」
先程とは全く違う理由で候補生と周りがざわつき始めた。
一応見回してみたが、この場にいる者の中にそんな容姿の者は存在していない。
「あの……精霊様……?」
サイラスとシリルは言葉を失っている。これは年長として、と勇気を出してクレイグは声をかける。
変わらず光って佇む剣。
《はい、どうしましたか?》
「なんつーか…映ってるの、ここに居る人の顔じゃないっぽいんですが…」
《ええ、そうですね。》
「そうですねって…?」
至極当然、と言った風に剣は続ける。
《この場に真の勇者が居ると言った覚えはありませんが…。》
「えっ」「えっ」
《えっ》
シーン……………………………………
「えっ、で、で、でも魔王もそこに居たのか勇者とか言ってましたし…俺達の剣で引っ込んでいきましたけど…。」
《いや…魔王の事はちょっと解らないですね…何せ私は精霊なので…。》
「や、ちょっと…なんかめっちゃ恥ずかしいんだけど…。」
ボソリとシリルが言う。追ってクレイグも何故か妙に恥ずかしくなってしまった。
思い返してみれば、確かに真の勇者がこの場にいるとは一言も言っていない……。
司祭と大臣達も先程までかなりシリアスに動向を見守ってくれていた故に気まずさが此方に伝わってくる。
《さあ、かの者を呼び寄せ剣を授けるのです。》
「……あ……あ……」
しかし、1人様子が違うサイラスは口をはくはくと動かし、発声が上手く出来ていない。
そんな様子にシリルが気づく。
「…サイラス君?どうし…」
「ミズホ!?!?」
シリルが声をかけようとしたその時に、
サイラスはやっと大声で鏡に映っている少女ーミズホの名を呼んだ。
その大声に、全員の視線が一気に彼へ集まった。
「な、何、彼女を知っているのかね!」
「いや、その、あの…精霊様!これは…今まで通りの選定や間違いではなく、本当なのですか!?」
《はい、鏡は彼女を「魔王を打ち倒す真の勇者である」と示しています。》
大臣の声は聞こえているが、サイラスはろくに返事もせず精霊へ詰寄る。
焦りを紡ぐ様な問答に反する様に精霊は特に揺らがず、冷静に言葉を紡いでいた。
ーミズホが勇者だなんて……そんな……
《彼女を知っているのですか?ならば話は早い、彼女へ勇者の剣を授けるのです。》
精霊からの神託の様なそれに、サイラスは一時的に沈黙する。
「…ミズホが……、剣を使うなんて、無理です…。」
動揺からまとまらない頭で思考し、なんとかひり出した答えを口に、サイラスは首を横に振る。その様子は、よく知っているからこそ、という感情が強く込められている。
《何を言うのです。彼女は啓示の通り真の勇者。今まで戦いに身を投じた事が無いとしても、剣よりその身を護る加護が与えられます。少なからず剣を振る事は可能でしょう。》
「でも…」
「まあまあ」
クレイグがサイラスを窘めるように肩を叩く。
少し摩るように触れながら落ち着かせようとしてくれているのが伝わる。
「まあ、なんだ、お前の友人か彼女か分からんが…危険な道を1人で進ませるのは不安だよな。」
《そういう事でしたか。それでしたら貴方を含めた力のある候補生の中から護衛を何人か連れていくと良いでしょう。剣を授ける際、同様に加護を付けても良いですよ。》
ちら、と鏡を見る。未だに祈るような姿で映る彼女。
そんな彼女を案じてパニックになったのかとクレイグは考えた。
当然だ、彼女は勇者としては勿論、恐らく傭兵の様に生きてきた訳でも無いのだろう。
よく知る者なら余計に…。
それを察した精霊も人の身に沿うように提案をしてくれた。
しかしサイラスはそれでも首を振る。
「違う、そうじゃないんです。ミズホは」
『よし!!』
突然軽やかな声が響いた。それは鏡の中にいた彼女ーミズホが発した物だった。
皆何だ何だとその姿が何をするのかを見る為に鏡の前に行く。
まず、彼女は頭に着いたリボンを解いた…
しかしよく見るとそれは、赤いリボンではなく鉢巻であった事に数人が気づく。
その鉢巻をぎゅう、と両目を塞ぐように結び直す。
そしてワンピース……ではなく、白い道着によく映える黒い帯を結び直す。
ポケットに入れていた手袋、拳を保護するためのサポーターを手際よく身につけて行く。
無論その間も両目は見えていない。
一連の所作を見ていた者達はこの辺りでうっすらと感じ始める。
なんか流れが変わったかもしれない。と。
『よろしくお願いしますっ!』
そう言って構える。これから何かが始まろうとしている様だ。
泉の鏡も空気を読んだのか、更に大きなサイズになり全体を映すようにしてくれた。
……なんと、彼女は四方八方を剣を持つ男に囲まれていた。
「おい何だこれ!?襲われているのか!?」
「いや、それにしては自分で目隠しをしていた様な…」
『はァ!』
男が振りかぶり、ミズホに剣を振り下ろす。
『はい!』
バキィン!!!
その身に剣が降りる前に、その手刀は剣を砕く。
何人もの男が彼女に剣を振り下ろす。
それは横切りであったり複数人で同時に下ろしたりする事もあったが、
ミズホは全てを受け流して手刀、拳、蹴り、両手、両足、…とにかく使える体の全てを使って剣を砕き破壊した。
剣の雨の様な攻撃が済んだ後、ミズホは気配を探る様に立ち構えを解かない。
『ならばミズホ!!!!心眼にて見据えた後、その拳で見事砕いてみせい!!!!』
野太い声が響いたかと思いきや、崖の上から巨大な岩を落とそうと何十人もの男が掛け声をあげながら持ち上げている。
ミズホも声を頼りに崖の方へ体を向けた。
『せい!!!!!!』
一際大きな声が上がると、その巨大な岩はミズホ目掛けて落下してくる。
ーミズホは深呼吸。腰を深く落とし、拳をゆっくりと構える。
見ている者からすれば構える事は一瞬の出来事であるが
ミズホにとってのそれは深呼吸をしてから吐き出すまで、数分にも数時間にも感じられるほどの極限の集中力を要する構えだった。
その岩が丁度目の前に降りてくるのとほとんど同時に…ー
『破ァッ!!!!!!』
放たれた正拳突きが、見事なまでに岩を真っ二つに砕いたのであった。
砕かれた岩がズズゥン、と大きな音を立てその動きを止めるのと同時にミズホは己の拳を払い、目を隠していた鉢巻を取る。
『天晴!!!!!!これにて免許皆伝也ッ!!!!』
ドドン!!!!!高らかに太鼓が鳴り響く。
『やったぁ!ありがとうございましたぁ!』
押忍!と、元気に礼をする。
それと同時に鏡の映像は終わってしまった。
シーン……
痛いほどの静寂が場を支配していた。
皆、言葉を紡ぐのを躊躇っている。精霊でさえも。
「…ミズホは…」
意を決したサイラスが口を開いた。
「その…今の見てもらったんで分かると思うんですけど…剣というか、武器を使わないんです…。」
「それ以外にも気になる事が多すぎる……」
「何だったの今の剣の破壊と岩の破壊は……」
ざわざわと議論や困惑が各所で生まれている。
《……まあその……、護衛と加護は要らなさそうですかね……。》
精霊もやっとの思いで言葉を発していた。
はあ、と1つ息を吐いてサイラスは言葉を続ける。
「ミズホ、先祖代々から伝わる武闘家の家系で…家族もあんな感じで武器とか握らせてもらった事ないって言うか、ああいう風に壊すものだと思ってるっていうか…。『己の拳以外信ずるなかれ』みたいな感じなので、まともに受けてくれるかどうか…」
「武器握らせてもらった事ないって所だけ聞いたら良い話なんだけどな…」
「その後が物騒すぎる…」
呆気にとられていたクレイグとシリルも、ようやく戻って来れたようだ。
サイラスの話を聞いて各々の感想を述べていた。
《…とはいえその、真の勇者って事になってるんで……話だけでもしたいのですが…。彼女の居場所は分かるのですか?》
「サイラス殿、分かるかな?」
「分かる事は分かるのですが……」
ちらり、と窓の外を見るサイラス。
その視線の先には特に何も無い。あるのは山だけ。
そう、この国に住む者はなかなか昇る事は無い険しい山脈…
確かになんかあの映像の時、険しい所に立っていたな……と皆薄らと思う。
雲が薄く掛かる頂上付近を、そっと指で示す。
「あの山の上です。」
《本気ですか?》
「本気です。」
《……》
とうとう精霊は黙ってしまった。
困ると精霊も黙るんだ、妙に人間味があるな、と思った。
「あー……どうやら、サイラス殿が勇者様の居所を存じている様なら…その、申し訳ないが…連れてきて頂くのは君に一任しても?我々は勇者を迎える準備と剣の手入れと神殿の掃除をさせて頂きたく…。」
司祭はそんな感じで、と、言葉を濁しながらサイラスへミズホの対処をお願いしようとしていた。
彼女を知っていると公言した以上、サイラスはその役目を果たすべきだろう。
腹を括りミズホの暮らす山へ向かう事にした。
しかし「とある事情」を抱えているサイラスは、出来れば1人では行きたくないのである。
そこでクレイグとシリルへ目線を送るが、2人はそっと目を逸らした。
「!?ちょ、ちょっと…勇者じゃなくても手伝うって…」
「や〜…ちょっとあの山登るのはオッサン的にキツイって言うか…」
「…あの周りにいた人がちょっと…怖いというか…」
「「それ以外の事は手伝うぜ。(よ)」」
しっかり文句を言いつつ、そこだけ綺麗に合わせてきた。
単身で乗り込まざるを得ないサイラスは非常に深いため息をついた。
「…」
ふと映像を思い出す。先程の嘘みたいな立ち回りと、嘘みたいな岩を砕く拳を…。
いや、違う。それも凄かったが…何より彼女自身の姿を思い出していた。
ーミズホ……立派になってたな。
ーー……いつまでも、くだらない事を気にして、まだ立ち止まる気なのだろうか。
ーーー進む為に、その為に勇者を目指したんじゃないか、俺は。
「……わかりました。俺がここにミズホを連れてきます。」
《若者よ、頼みました。》
「気をつけて行くのだぞ、サイラス殿。」
一礼し、クレイグとシリルと共にサイラスはその場を後にした。
扉が開く。神殿の中は損傷が酷かったが、外はそこまで深刻ではなかったらしい。
中の様子を伺っていた候補生達が3人に顛末を仰ごうとするが
ここまでの出来事を1から10まで説明するのは流石に骨が折れる。
「中で大臣が説明してくれますよ。」
と、中の司祭や大臣に対応を丸投げするのだった。
これくらいしてもバチは当たらないだろう。
「しかしとんでもない事になっちまったねぇ。」
クレイグは漸く気楽に話せると言わんばかりに背筋を伸ばしながら話した。
魔王が復活した事も、勇者がいる事も、どこか現実味がなくフワフワとしているのは事実だ。
「クレイグさんとシリルさんはこれからどうするんですか?」
ふと気になり、尋ねてみる。
「あー、俺は暫くはここで傭兵業やろうかと思ってたんだが……こんな事になったら噂が広まって仕事もろくに回って来ないだろうなぁ……」
「……私も1度、国に帰って、報告しなきゃ。」
「え、シリルさん国の所属の騎士だったんですか?」
「ん。……だから、内容次第では、サイラスくんを手伝えるかも。」
「俺も。まぁ山に登るのは勘弁だが…お前さんが戻ってくるまでは街に居てやろうかな。」
何とも心強い。
「2人共……ありがとうございます。」
町へ行く道、山へ向かう道。別れ道はあっという間に訪れた。
不安は胸から消えないが、思ったよりも潔く別れの挨拶ができたと思う。
一時の別れ、きっとまた会えるのだから。
サイラスの後ろ姿を何となく見送る2人。
「…大変だなあいつ…。」
「…無事に帰って来れる様、祈っておく…。」
思い思いに呟きながら、街の方へと帰っていく。
ーー
斯くして若き魔術師サイラスは、真の勇者として選ばれしミズホに全てを伝えるべく山へ登るのだった。
この山への歩みが全ての始まりとなる事をどこかで確信しながら、サイラスは山の頂上を目指すのだった……。
(……ミズホなしで、登れるのかな……)
ー第壱話、完ー
"続"
長文お読み頂きありがとうございました。
あまりにも長すぎて前編と後編に分けましたが、それでも長くなってしまいました…今後はこうならないと思います…。
拙い文章ではありますが、完結出来るよう書いていきたいと思います!