山隠し
背に負った、おそろしく大型の刀が、かちかちと震えだす。
寒くて鋼まで震えるかよ、とアラシが柔い羽根で覆われた翼を振った。
「・・・それならよいがな ――― 斬りたいものがあるようだ」
北の奥にある山の連なりを眺める。
雪をいただく山の半分上は、濃くまとわりつく濁った灰色の『雲』の中だ。
「わかっておろうが、あれは、『雲』ではないぞ」
アラシが機嫌も悪く言う。
こんな季節のこの風の中、山にあれほどの雲がかかるわけもない。
この北の荒れた風が気に入らぬアラシは、荒く鼻息をつく。
わかっているというように、サモンが硬い首を撫でてやる。
「 あれは『山隠し』だ。 ―― 高山の坊主か、剣山のテングでなければつかわぬ術だが・・・」
それは、高山か剣山で、なにか大事な祭事をするときにだけつかうものだ。
この時期にそんな祭事があるとは聞いていないし、そもそも、《隠した》ままでいるわけもない。
だとしたら、と、サモンは薄暗い雲をみあげ、しばし黙った。いつまでも口を開かない男に代わり、この世のものでない動物が首をもたげた。
「北のハゴロモ山に、《妖物》が棲みついたかよ」
アラシの言葉に口元を締めた男が、背にある刀をなだめるようにつかみ、眼にもとまらぬ速さで抜いた。