マッチ売りの少女(翻訳)
この前書きや後書きで、『訳文』とは、以下に掲載されている本文のことです。また、『訳者』とは、サイトの仕様上『作者』と表示されている『サトーマモル』のことです。
訳文中の(※)は、すべて訳注です。
まったくひどい寒さでした。雪が降っていて、暗い晩になるところでした。それはまた一年で最後の晩、おおみそかの晩でもありました。
この寒さの中、この暗闇の中、通りを行くのは小さな、貧しい少女で、頭には何もかぶらず、足には何も履いていないのです。もちろん、家を出た時には、確かにスリッパ(※1)を履いていたのですよ。けれども、それがなんの助けになるでしょう! スリッパはとても大きくて、それは最近までお母さんが使っていた物でした。ですから、そのように大きかったわけです。それを、少女はなくしてしまったのです。通りを急いで渡った時でした。急いだのは、二台の馬車が、まったく恐ろしい勢いで、すぐそばを走っていったためです。スリッパの片方はどこにも見当たらず、もう片方は男の子が持っていってしまいました。いつか自分に子供が生まれたら、揺り籠として使えるだろう、と言って。
それで今や、小さな少女は、何も履かない小さな足で、寒さのために赤や青になったその足で、歩いているのでした。古いエプロンの中には沢山のマッチ(※2)を入れて、手にも一束持って歩きました。その日はずっと、少女から買ってくれる人はおりませんでした。ほんの少しのお金すら、恵んでくれる人もいなかったのです。おなかをすかせて凍えながら歩く、まったく見るからに打ちひしがれた、かわいそうな少女よ!
舞い落ちる雪が、少女の長い金髪に降り掛かりました。その髪は、首筋で、とても美しくカールしていたのですが、そんな見た目のことなんて、少女は本当に考えもしませんでした。
窓という窓から明かりが射して、その上、通りには、ガチョウの丸焼き(※3)の、とてもおいしそうな匂いが漂っていました。そうなのです、おおみそかの晩でした。そうです、少女はそんなことを考えたのでした。
二軒の家の、一軒は少し通りの方へ、もう一軒よりも出ていたのですが、その間の隅っこの辺りに、少女はしゃがんで体を丸めました。小さな両脚を体の下に引っ張り込んでみましたが、なお一層寒くなるばかりです。そして少女は家へ帰ろうとはしませんでした。マッチは誰にも売れていなかったわけですし、お金は一シリングも受け取っていなかったのです。お父さんは少女をぶつでしょうし、寒いのは家にいても同じことでした。ただ屋根が、なんとか頭の上にあるばかりで、家の中には風がぴゅうぴゅうと吹き込むのです。特に大きな隙間には、わらやぼろが詰め込まれてはいたのですが。
少女の小さな手は、寒さのために、ほとんどすっかり感覚をなくしていました。
ああ! 小さなマッチの一本でもあれば、どんなにか良かったことでしょう。
束から一本を引き抜いて、それを壁に擦って、指を温めさえすれば。
少女は一本を引き抜きました。「シュッ!」火花はどんなに散ったでしょう、マッチはどんなに燃えたでしょう! それは暖かな、澄んだ炎でした。小さなろうそくの明かりのように。少女がその手をかざしたほどに。それは不思議な明かりでした!
小さな少女には、自分が大きな鉄のストーブ(※4)の前に座っているように思われました。ストーブには、ぴかぴかの真鍮の玉と真鍮の煙突が付いています。火は恵み豊かに燃え、とても気持ちの良い暖かさでした! いや、これはどうしたことでしょう!
——少女は足を伸ばしたところでした。こちらも温めようとしたのです。————その時でした、炎が消えたのは。ストーブは見えなくなりました。——小さなマッチの燃えさしを手に、少女は座っていたのでした。
新しいマッチが擦られて、燃えて、明るくなって、その光が壁に当たると、そこが、薄絹(※5)のように、透き通って見えました。部屋の中を真っすぐにのぞき込むと、そこには食卓が調えられており、輝くように白いテーブルクロスが掛けられて、立派な磁器のお皿が並んでいます。そして、おいしそうに湯気を立てるのは、焼かれたガチョウです。干しプルーンやリンゴが、中に詰まっているのです! それに、なお一層素晴らしいことには、そのガチョウがお皿から飛び降りて、背中にはフォークやナイフの刺さったままで、床の上を、よたよたと進むのです。真っすぐに、貧しい少女の方へと、向かってくるのです。その時、マッチの火が消えて、そこにはただ、厚い、冷たい壁が、見えるばかりだったのです。
新しいマッチを点けました。
途端に、少女は、この上なく見事なクリスマスツリーの下に座っていました。それは、もう先日のクリスマス、お金持ちの商家の、ガラス戸越しに見た物よりも、なお一層大きく、もっと飾られていました。千本のろうそくの明かりが緑の枝の上に燃え、お店の窓に飾られているような、色取り取りの絵が、少女を見下ろしていたのです。
少女は両の手を上に伸ばして——その時、マッチの火が消えました。沢山のクリスマスの明かりが、高く高く昇っていきました。それらが今や輝く星々になったのを、少女は見たのです。その中の一つが落ちて、空に長い火の筋を引きました。
「誰かが死んでゆくのだわ!」と少女は言いました。それは、ただ一人、少女をかわいがってくれた、けれども、今ではもう死んでしまった、年老いたおばあさん(※6)が、言っていたのです。星が落ちるときにはね、神様の所へ、魂が昇ってゆくのだよ。
もう一度、壁にマッチを擦りました。辺りが照らされると、そのきらめきの中に、少女の年老いたおばあさんが立っていました。とても鮮やかに、とても輝いて、とても優しく、幸福に。
「おばあちゃん!」と少女は叫びました。「ねえ、私も連れていって! だって、消えてしまうのだわ、おばあちゃんは、マッチの火が消えるとき。あの暖かいストーブや、おいしそうなガチョウの丸焼きや、大きくてきらびやかなクリスマスツリーが、消えてしまったように!」——そして少女は、束の中にあった、マッチの残りすべてを急いで擦りました。おばあさんのことを、しっかりと引き止めようとしたのです。そしてマッチは、きらきらと輝きました。そのきらめきは、昼の明るい時よりも、その場が綺麗に照らされるほどでした。
おばあさんが、こんなにも美しく、こんなにも大きかったことはありません。おばあさんは、小さな少女を、その腕に抱き上げました。そして二人は、きらめきと喜びのうちに、とても高く、とても高く、飛んでいきました。そしてそこには、寒さもなく、ひもじさもなく、不安なこともありません。——二人は神様のみもとに召されたのです!
けれども、その家の隅っこに、寒い明くる朝、座っていた小さな少女は、頰を赤くして、口元には笑みを浮かべて——死んでいました。古い年の最後の晩に、凍え死んでいたのです。
新年の朝が、小さな亡きがらの上に訪れました。それは座って、マッチを持っており、その中の一束は、ほとんど燃え尽きていました。
温まろうとしたんだね! と人々は言いました。少女がどんなに美しいものを見たか、どのようなきらめきの中、少女と年老いたおばあさんが新年の喜びを迎えに行ったのか、知る人はいなかったのです!
以下訳注です。
※1 原文の『Tøfler』の正確な形状は分かりませんでした。少なくとも『かかとを覆わない(または覆う)室内履き』という意味はあったようなので、そのまま『スリッパ』と訳しています。いずれにせよ、少女の家庭は、屋外で履くための靴を用意できないくらい貧しい、ということになります。
※2 これは『黄燐マッチ』という、現代のマッチよりも発火しやすいものだそうです。
※3 原文の『Gaasesteg』の直訳は『ガチョウのロースト』です。『丸焼き』とは限らないわけですが、もちろん丸焼きのことです。
※4 原文の『Jernkakkelovn』は、直訳すれば『鉄の、タイル張りの、ストーブ』ですが、ここでの意味は『タイル張り』ではない『鋳物ストーブ』だと思われます。『真鍮の玉(の飾り、複数形)』と『真鍮の煙突』が、当時の北欧のタイルストーブにはなじまないためです。
※5 原文の『Flor』は『薄地の布』という意味であり、必ずしも『絹』とは限りません。しかしながら、この表現で、まさか木綿などでもないだろう、という解釈です。
※6 母方の祖母です。
訳注は以上です。
訳文中の漢字について、中学校以上の音訓と、常用漢字表外の音訓や漢字には、常にふりがなを振っています。なお、訳文中で常用漢字表外の音訓や漢字は『射し』『真鍮』『点け』『綺麗』です。
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デンマーク語の原文について、出版当時の原本ではなく、電子化されたテキストを参照しています。参考のため、当該テキストへのリンクを、ランキングタグの場所に設置しておきます。