時空の狭間のボロアパート、『伝説荘』にようこそ
「あれは、まさか?」
一匹の、背中に黒い亀を乗せた、四足歩行の竜が歩いている。
魔竜帝王オーマドラ。人々に大魔王として恐れられた最強の竜だ。
その視線の先に、一軒の廃墟のような集合住宅。
「不明瞭な景色に建つ一軒の廃墟のような四角い家。
記憶の隅にあったこれを、我がこの目で見ることになるとは」
「あなた、まさか大魔王っ?」
「小娘。貴様もここに導かれたのだな。なにがあったのだ?」
「あなたこそ。どうして生きてるんですか?」
「あの程度で我は死なん。強力な魔法の余波で、
我の姿が掻き消えていただろうから、消滅したと考えるのもむりはないが」
竜は背後の異音に首を向けて驚いた。
「時に小娘。なぜ、勇者と呼んでいた者が装備しておった武具を抱え持っている?」
「あなたを倒した今、もういらないんだそうです。
安物の武具に幻惑魔法をかければ充分だ、と。
それに。攻撃できないわたしは、この武具と同じでもういらないって……」
悲しげに語る少女、聖女アベリア・イリスは、
「宮廷の魔法使い相手に、そんな手は通用しないのに。
王様を騙したら、どんなことになるか」
そう続けた。
「愚かな者どもだ。だが、なるほど。
貴様がここにいるのも頷ける」
「どういうことですか?」
「あの建物を見ろ。あれは伝説荘と言う。
選ばれた者には、自らの冷遇を反転させる未来が約束されると言う。
その恩恵により、伝説となるような功績を上げた者は少なくない、らしい」
「つまり、拙者も主君に理不尽に暇を出された、と言うことでござるか」
「っ?」
「我に気配を覚られぬとは。何者だ」
「拙者は風間刃心。無双の陰行とも呼ばれた忍でござる」
「シノビ。情報を一部モンスター造りの参考にさせてもらったが、
まさか、本物がこれほどとは」
「そっか。だから神って呼ばれてたんですね」
「して竜殿。あの長屋に本当にそんな力が?」
「我もうさんくさいと思うがな。なによりも今はそれよりも体を休めたい」
「そうですね。これを持つのに肉体強化魔法、かけ続けてて疲れましたし」
「拙者も実は右に同じでござる。では、長屋へ向かうでござるか」
「娘。やはり……貴様は恐ろしいな」
そうして、背に亀を乗せた竜と大魔王を倒した勇者の武具を抱えた聖女と忍者と言う、
理不尽を強いられた奇妙な三人組は、
「お掃除、しないといけなさそうですね。あの廃墟みたいなところは」
などと雑談しながら、伝説を約束されたボロアパートへの道を
進んで行くのであった。