表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/5

5話 意外な決着

「キース様、アラン様、大変お待たせいたしました。」


扉をくぐると応接間のソファで、我が物顔にくつろぐ2人が目に映った。

あともう一人、お世話役を申し付かったのか、少し緊張した面持ちで、

部屋の隅っこに控えているメイド。部屋の中にはそれだけしかいなかった。


ここが私の初陣の戦場か、と覚悟をきめて、

口角をグイッと持ち上げた笑顔でにっこりと微笑み、

何度も叱責されて、先日ようやく及第点をもらえたお辞儀を披露する。


たっぷり3秒間数えて頭を上げると、キース様は先日と同じく、

面白いものを見るような目でこちらを見ている。気に入らない。


そして、アラン様はあろうことかこちらを見てもいなかった。

どれだけ頑張ってると思ってるんだ。せめて見ろ。


心の中で愚痴をもらしつつ、表に出てこないように押し込めて微笑みをキープする。


「先日はお見舞いにお越しいただいたのに、

お見苦しい姿をお見せしてしまい、申し訳ありませんでした。

あの時は混乱しておりましたが、おかげさまですっかり全て思い出しました。」



「それはよかった。なぁ、アラン」


「・・・えぇ」


キース様が微笑み、アラン様も使用人の手前か、それに続いて頷く。

ただし、表情筋は1mmも仕事をしていない。


上っ面だろうが、微笑んでいるキース様は別として、

そんなつまらなそうな顔をしかできないなら来るなよと、心の中で悪態をつく。

お前らが約束もなしに来て、権力をひけらかすもんだから、私は貴重な時間をとられて、

使用人ともども神経をすり減らしてんだよ、と悪口が止まらない。


だめだ。

国民人気がどうかは知らないけど、私の中でこいつらの好感度は0どころかマイナスだ。




「まだ体調が万全じゃないらしいのに、無理を言ってすまないね。

アランがどうしてもカティアに会いたいと言って聞かないから」


「なっ・・・だ、誰が!!」


私の心のうちを知ってか知らずか、キース様は上っ面の微笑を浮かべたまま、

しれっと形ばかりの謝罪を口にして、話を進める。


からかわれたアラン様は、過剰に反応する。

そういう反応をするからからかわれると言うことを分かっていないらしい。バカだ。


それかもしくは、そんなに私が気に入らないのか。

それなら奇遇だな、私もだよ、と伝わる訳ないのを承知で心の中で話しかける。


「・・・まぁ、光栄ですわ」


アラン様のことはまるっと無視して、2人に微笑みを向ける。

困ったら笑え、が先生の教えだ。



「・・・なんだ。本当に思い出したんだ。

何回呼び出しても来てくれないし、まだあのままなのかと思ってたよ。」



外面はもういいのか、キース様は露骨につまらなそうな顔をした。

絶対手ごわいと思ったけど、わりとあっさりと騙されてくれたなぁと安堵しつつ、

私は「おかげさまで」と、再び笑顔を向けた。



そのあとは、私たちがそろそろ進学する学園の話に移行した。


以前に別の人から聞いたことがあったけど、キース様は学園の先輩でもあるそうだ。

そして、アラン様は同級生になる・・・予定。


これは初耳だったのだけれど、基本的に1学年1クラスの小規模な学園なので、

アラン様とはまず間違いなく机を並べることになるそうだ。

そして、寮や行事等では学年関係なく、比較的盛んに交流もあるそうなので、

キース様とも接点が多くなりそう、とのこと。


・・・聞いてないわよ、と心の中で貴族関係について指導してくれた先生に文句を言う。

でも、もちろん表情はキープ。私もだいぶ慣れてきたものだ。



私が何を知っていて、何を知らないべきなのかもう分からないので、

聞き覚えのある話にはきちんと反応し、知っているアピールをし、

聞き覚えのない話は適当に、「まぁ」とか「そうでしたわね」と微笑む。




*******************************************





「・・・ごめんね、すっかり長居してしまった。」


たっぷり1時間は他愛もない話をしたころ、散々喋りまくったキース様が、

一息ついて、紅茶のカップを口に運んだ。

アラン様は退屈そうにカップを指で弄んでいる。・・・ほんと帰れよお前。


私はというと神経の使いすぎで疲れ果てて、

何も口にする気にならず、力なく微笑むことしかできない。


疲れた。・・・ほんっとーに疲れた。

でも何とか乗り切れたみたいで本当に良かった。

これ以上話してぼろを出してしまう前に、早く開放してほしい。


そんな私の望みを知ってか知らずか、

最後の一口を飲み干してしまったキース様は、

置物のように微動だにせず控えていたメイドにお代わりを要求する。




優秀なメイドは、すぐに準備をしていた新しい紅茶を入れようとするも、

キース様はそれを手でさえぎって、微笑を向ける。


「わがままを言って申し訳ないんだけど、以前に飲ませてもらった

アラハン地方産の紅茶が飲みたいんだ。探してきてくれないかな?」


メイドはキース様の顔のよさに目を奪われたような表情を見せたものの、

一瞬で仕事モードに切り替え、恭しくお辞儀をして、

他のメイドに指示を出そすために無線機に手を当て・・・ようとしたところを、

再度キース様がさえぎる。


「君に持ってきてほしいんだけどダメかな」


「・・・か、かしこまりましたっ」


さっきはぎりぎりのところで持ちこたえたメイドが、微笑みの前に陥落して、

頬を赤らめ、パタパタと部屋を飛び出していった。

優秀で、音もなく動く人なのに・・・キース様は恐ろしい人だ。


あれ・・・でもアラハン地方って紅茶なんて有名だったっけ?と、ふと思いながら、

キース様に目をやると、メイドが半開きで開けて行った扉に悠々と歩いていって、

外に少し視線を向けてから、パタンと静かに扉を閉めた。

振り返った顔は、なんだか楽しそうだ。



それを見た瞬間、嫌な予感がむくむくと胸のうちに広がる。


ごまかしきれたと思ったのに、ばれてた??どこで??

もう終わり?ここまで?ゲームオーバー?と

心の中を?マークと絶望感と無力感が満たしていく。


特に助けてくれるわけではないけど、部屋にいて、

心の支えになってくれていたメイドは追い払われてしまった。

キース様が部屋の外に一瞥をくれていたのは、きっと先生やほかの使用人など、

この部屋を見守っていてくれた人も追い払うためだったに違いない。

つまり、ほんとのほんとに、この広い空間に私の味方はいない。


こんな気持ちを蛇に睨まれた蛙と表現した人がいるとかいないとか。

・・・冷や汗がたらりと頬を伝うのを感じる。



いや。まだだ。ばれたわけじゃない。

・・・困ったときこそ笑え、だもの、と自分に言い聞かせて、

無理やり口角を上げて微笑みを返す。



「ねぇ、カティア」


キース様は、私が目をさました日を髣髴とさせる笑顔で語りかけてくる。

背中がぞわぞわする。怖い。それ以上言わないでほしい。


「・・・はい」


「君、ほんとに全部思い出したの?」


あぁほらやっぱり、と体も心も叫び声をあげる。


全身の力が抜けそうになり、慌てて何とか堪えた。

淑女たるもの、隙を見せてはいけない。困ったら笑う。


この20日間、耳にたこができるほど聞かされた言葉。

でももうなかなかに限界だ。たぶん口角は半分くらいしか上がってない。

それでも懸命に「・・・えぇ。おかしなことを仰いますね」と言葉を返す。



「なーんか、変な感じがするんだよね。卒ない感じは前と変わらないんだけど、

時々ちょっとぎこちないと言うか」


「そんなことはありませんわ。ただ・・・まだ少し本調子でないので」


キース様は確証を得たわけではないのだ!と分かって、ここぞとばかりに反撃する。

ここで言いくるめることができれば私の勝ちだ。

次に何を言おうか必死で考えていると、予想外の声が私の思考を遮った。


「嘘だろ」


アラン様だった。まっすぐこちらを見て、怒ったような顔をしている。

予想外の展開に頭が真っ白になる。


「さっきから嘘ばっかつきやがって。なんも思い出してないだろ、お前」


・・・なにをご冗談を、と返そうとしたけど、口がからからで動かなかった。


どこでばれた?よりによってアラン様に?

余計なことばっか言いやがって・・・ほんとに帰れよ・・・

ぐるぐると、口に出すことのできない言葉ばかりが頭の中を回る。


「あ、やっぱアランもそう思う?」


「どうせあのおっさんのの言いつけだろうが、つまらねぇ嘘つきやがって。

ばれないわけないだろうが。」


「そうだねぇ・・・なかなか頑張ってたけどね。さすが腐ってもカティアだね。」


なにも言葉を挟むことができないまま、アラン様とキース様の言葉が流れていく。


なにか言わなくては、否定しなくては、丸め込まなくては、と思うものの、

頭が真っ白で、全く仕事をしてくれない。




「あの…」


結局私の口から出たのは、消え入りそうな涙声だけだった。

アラン様とキース様が、驚いたような顔をして、こちらを見る。


「…騙そうとして申し訳ありませんでした。私、記憶がないことバレてはいけないと、

強く言いつけられているんです。どうか黙っていていただけないでしょうか。」


私にできることでしたら、何でもいたします、と必死に声を絞り出すと、

ポロリと一粒、熱い涙が頬を伝った。

人前で泣くなんて、はしたない、情けないと思いつつ、

それを拭うことができずにいると、ポロポロと涙が溢れる。


あぁ、もうダメだ。

終わりだ。


絶望が胸を満たす。


これからどうなっちゃうんだろう。


勘当されて、ここから追い出されたとして、ひとりで生きていけるのかな。



…ううん、生きていくしかない。

覚悟を決めて、俯いていた顔を上げる。



大丈夫。きっと何とかなる。困ったら笑う。


グイッと口角をあげて微笑みかけて、無礼なことを言ったことをお詫びして、

ここを去ろうとすると、少し困惑したような顔のキース様が白いハンカチを差し出してくれた。


「…え?」


「すまない。無神経だったな。使ってくれ」


見慣れた面白がるような表情はどこへやら、真剣な顔でハンカチを差し出され、

私は混乱したまま、とりあえず手を伸ばすものの、受け取るべきかためらう。


「え…っと…」


「ほら、早く」


返答と行動に困ってまごついていると、

キース様はぐいっと私の手を掴んで、ハンカチを握らせてきた。

私はとりあえず握らされるままにそれを手にするけれど、

頭は真っ白で、それが何に使うものなのかも理解できず立ち尽くしていた。


「…はい。ありがとうございます。」


少し遅れてお礼を口にすると、「早く拭いちゃいな」と、優しく微笑まれた。

目の前のこの人はいったい誰だろうかと分からなくなるくらいの別人っぷりだ。

私はますます混乱しつつも、とりあえずハンカチを頬に当てて、涙を拭った。


これはいったいどういう状況だろうか。


「…アランも。謝れ」


「……その、悪かった」


私が少し落ち着いたのを見計らってか、キース様がアラン様を促し、アラン様も素直に頭を下げる。

さっきまでの語気の強さが幻のように、情けないような、子どものような声音だった。


「あ、いえ…こちらこそ…」


なんだか、泣いた私が悪者みたいだ。

いや、悪者なのかな?申し訳ないことをしてしまったのかな?と、ますます混乱する。


本当なら、私の立場としては、王族はそんな軽々頭を下げちゃいけませんよ、

って注意するべきところだったけど、そんなことはすっかり忘れていた。


「言いふらすつもりはない。本当のことが知りたかっただけだ。

その証拠に人払いしているだろう?」


「あ…そう…だったんですね」


…あぁ、嫌がらせじゃなかったのか、とようやく少し働き始めた頭で理解する。


2人にバレてしまったことが周囲にバレないようにするために

配慮してくれていたとは…怖いと思っていた自分の浅はかさが恥ずかしくなった。


「家庭の問題に口を挟むことはできないが、これだけは伝えとく。

記憶が戻らなかったところで、君がどうこうなることはない」


「え…でも…私…」


「あのテナール公爵が、アランとの婚約が内定している君を手放すわけないだろう。

ガルシア国は情に厚い国だから、記憶を失ったからと言って婚約破棄するはずはないし、

なによりこのアランが君との婚約解消なんて、認めるはずがない」


なぁ、とキース様に笑いかけられ、アラン様はすごく変な顔をした。

一瞬反発するような表情を見せたものの、謝ったばかりでまた大声を出すことをためらったのか、

もごもごと口を動かして、「まぁ・・・情に厚い国というのは間違っていない」と頷く。


またまた私が置いてけぼりの状況に、私はその奇妙な光景を眺めることしかできずにいた。


・・・お父様の脅しはただの脅しだった?

本当に私を追い出すつもりはない?


キース様の言葉が頭を飛び交う。

それが本当なら、とてもありがたいことだけど、でもそんな都合のいい言葉だけを信じて、

結局追い出されるのは私なのでは?と思うと、はいそうですか、と素直に信じる気にもなれない。


なにが本当でなにが嘘か。

なにを疑って、なにを信じればいいのか。


今更ながらに、この世の中は善意だけではないことと、

私には私を支えるもの、信じられるものがないことを実感してしまい、頭がくらくらする。

お父様を信じればいいのか。この2人を信じたらいいのか。私にはさっぱり分からない。



「カティア」


「・・・え、あ、はい。」


不意にアラン様が私の名前を呼び、思考が遮られた。

遅れて返事をすると、澄んだ青い瞳で、アラン様がまっすぐにこちらを見ていた。


「お前の父親は、他の貴族に対して、大きい顔ができなくなるのを心配しているだけだ。

あまり気にするな。あと・・・」


「・・・なんでしょうか」


「その・・・学園ではお前を助けられるように努める。だから・・・安心していろ」


アラン様のまっすぐな瞳と、まっすぐな言葉に、不覚にも胸がとくんと高鳴った。


・・・・いやいやいや、待て待て待て、と慌てて自分にストップをかける。

さっきまであんなにぼろくそに思っていたくせに、

視線や言葉やひとつでどきどきするなんて簡単すぎるし、さすがに失礼だ。


「・・・ありがとうございます」


なんだか心苦しくて目をそらしながらお礼を言うけれど、

この部屋に入ってきたときと、今で気持ちの変化が激しすぎて困る。


戦いだ、と勇んで入ってきて、最初は2人に悪感情しか持っていなかったはずなのに、

どん底に落とされて、かと思ったら慰められて、

あげくの果てにはときめいるって、本当になんなんだろう。

ころころと変わる感情を自分でいさめつつ、「困ったら笑え」の教えを思い出して笑顔を作った。


心なしか、にやにやが混ざり始めたような表情は見てみぬふりをして、キース様にも

「ハンカチは洗って返しますね」と微笑んで、お礼を言う。

それに対して、キース様が何か言葉を返そうとしてくれたところで、

控えめなノックの音がして、応接の扉が開かれた。




戻ってきたメイドが淹れてくれたアラハン産の茶葉を使った紅茶は、

特別おいしいと言うことはなく、普通の紅茶の味がした。


でも、目の前の二人に嘘をつかなくてすむと思うだけで、おいしいような気がする。

というよりも、さっきまでの紅茶に味を感じていなかったんだ、と気づいたら、

生きていくのって難しいんだな、と実感して、少し怖くなった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ