表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/5

4話 やっぱり無謀だと思います

「違う!もっと背筋を伸ばして!」


「・・・はい。すみません」


講師の先生にぴしゃりと背中をたたかれて、小さく返事をする。



目がさめてから、今日でちょうど20日。学園行きまでは、あと35日ほど。

私は驚きの過密スケジュールを過ごしていた。

さっきまでは国の歴史のお勉強。いまは絶賛ダンスのレッスン中だ。


14年分の知識を2ヶ月で身につけなければならないのだから仕方ないけれど、

お勉強に始まり、テーブルマナー、ピアノ、ダンスなどなど

様々な先生が入れ替わり立ち代わりやってきて、分刻みで指導をしてくださる。

字が汚い、言葉遣いがなってないと、問題が発覚するたび、

日に日にレッスンの種類も増えていく。


中でも一番難しいのが、貴族の方の肖像画を見て、お好きなものを覚えて

実際にあったときに違和感なくお話できるようにする練習だった。

加えて、お手紙のやり取りがあった方は、

お手紙の内容も覚えなければならないので、なかなかにしんどい。

正直、覚え切れるわけがない。交友関係が広かったという過去の私を恨む。


あと、私が書いたお手紙の字がきれい過ぎる(書き損じが残っていた)。

今の私も、幸い読み書きはできたけど、字はミミズみたいと怒られる。

寝たきり生活で、腕の筋肉が落ちただけ、すぐに元に戻りますよ、

と励まされもするけど、あんなきれいな字を書ける日が再び来ることが想像できない。



「目線が定まってない。一点を見つめる!何度も言っていますよ」


「・・・はい。申し訳ありません。」


謝罪を口にして、私は小さく息を吐く。


記憶を失ったということで、はじめはそれなりに周りも気を使ってくれた。

その時は、何もできない自分に凹んで枕を涙で濡らしていた。


でも最近は私のあまりのできなさ具合に、先生方も困り果てて、

きつい言葉が飛んでくるようになり、お父様からは、今まで通りにできないようなら、

この家を出て行ってもらうことも考えていると脅されるようになった。


それはとても困るのだけれど、私は私でいちいち傷ついてもいられなくなってしまった。

いちいち傷ついていたら、心が持たない。


そんな暇があったら、ひとつでも多くのことを覚えて、

ひとつでも多くのことをできるようにならなきゃいけない。

とは言うものの、やっぱり四六時中集中していることなんてできない。

でも、「できません」なんて言うことはできない。


「・・・全く集中できていませんね」


もやもやを感じながらも、謝ることしか出来ずに、

申し訳ありません、と繰り返そうとしたとき、広間の扉が静かに開いた。

目を向けると、メイドが「レッスン中に申し訳ありません」と慌てた様子で飛び込んでくる。

あまり見かけたことのない、若いメイドだ。


「どうしました?」


先生が問いかけると、困った様子で眉を下げて、「カティア様に・・・来客が」と告げる。


「彼女はまだお客様をお迎えできる状態ではありません。

お断りするように言われているでしょう?」


メイドの言葉を先生は強い言葉でぴしゃりと跳ね除ける。

この人顔も怖いから、私ならすぐ、すみません、って言っちゃうなと思いながら、

そんなの分かりきっていたはずなのに、何で来ちゃったんだろうとメイドを見ると、

彼女は困ったように眉を下げ、今にも泣きそうな顔をしていた。


「・・・どなたがいらっしゃっているんですか?」


怒られ仲間のような妙な親近感が沸いて、助け舟を出そうと声をかけると、

先生が余計なことを言うんじゃありません、と言いたげに私に視線を向ける。


「それが・・・キース様とアラン様です」


「な!?」


今にも私に一言物申そうとしていた先生が、勢いよく視線をメイドに戻す。

私は、あの時のいけ好かない2人か、と思い出しながら、

顔を思い浮かべようとするけど、肖像画の方の顔しか出てこない。


はじめて肖像画を見たときは、あれ?こんな顔だっけ?と思ったような気はするけど、

もう今となってはそっちで記憶が上塗りされてしまっている。

イメージは最悪だし、私はもういっぱいっぱいだし、正直会いたくないなぁ・・・


「何でそれを早く言わないの!旦那様と奥様は?」


「急なお呼び出しがあって、王宮に・・・」


先生の剣幕に、もう目にうっすら涙を浮かべながらメイドは小さく答える。


「ローズは?あの子なら断れるでしょう?」


先生は、目覚めてすぐにアラン様から助けてくれたメイドの名前を挙げる。

ずいぶんと信用されているらしい。


「カティア様の学用品を揃えるために外出されていて・・・」


そういえば朝、そんな話を聞いた気がする。

学園は全寮制で、私が学園に持っていくものを新調する必要があるので、

今日はそれらを揃えに行ってまいります、と。


それらを聞いた先生は、先生はしばらく黙り込んで、考えていた様子だったけれど、

腹をくくったかのように息を吐いて、私を見る。


「仕方ありません。お迎えいたしましょう。」


・・・先生にそう言われたら、私はもう頷くしかない。

嫌だけど・・・とってもとっても嫌だけど、私も腹をくくるしかない。


「あなたはキース様とアラン様に応接までお待ちいただくように伝えて。

20分程度で向かいます。カティア様は着替える必要がありますので部屋に。」


「「はい」」


先生の指示に、メイドとほぼ同時に頷いて、先生と一緒に自室に向かう。




そしてひとり分には不要だろうと思うような広さの自室で、

わらわらと集まってきた数人のメイドに、

着替え・汗拭き・お化粧などなど、なにから何までお世話をされならがら、

先生からの注意事項に耳を傾ける。


「いいですか。あなたが記憶を失ったことは最重要機密です。悟らせてはいけません。

お2人は、あなたが目覚めたときをご存知とのことですので、あの時は混乱していたけれど、

落ち着いて全て思い出した、ただ、体力的に療養が必要なので外出は避けている、と

お伝えして、ご納得いただくようにしてください。」


「・・・はい。」


そんな嘘をつき通せるか不安に感じつつ、

無理やり詰め込まれた2人に関する知識を掘り起こす。


ひとりは、キース=カルシアウッド。16歳。茶髪。


カルシェ国の第三王子様。

長子相続が原則のカルシェ国では、王様になる予定はないものの、

外面と顔のよさと優秀さで、国民からの人気は高い。


私に言わせれば、記憶をなくして混乱しているのをニヤニヤ面白がっていた失礼な男。

当たり障りのない手紙のやり取りが少しだけあった。



もうひとりは、アラン=ガルシア。同い年の14歳。金髪碧眼。


お隣のガルシア国の第一王子様。


ゆくゆくはガルシア国の王様になる予定だが、

学園に入るため、またカルシェ国のことを学ぶために、

昨年からカルシェ国に留学に来ている。

いかにも王子様なルックスに反したガキっぽい性格で、

人気がないかと思いきや、それはそれで人気が高いらしい。わからん。


私に言わせれば、眠っている私の胸ぐらをつかんだ乱暴な男。

そして、混乱している私に言葉遣いがどうのと高圧的に接してきた印象最悪な男。


さらに最悪なことに、2年前に親同士が口約束を交わした私の暫定婚約者。

このまま行くと、私は学園を卒業後、彼と一緒にガルシア国に行き、

そのまま婚姻を交わすことになるらしい。絶対に嫌だ。


そして、それはさておき私は今からこいつらを騙さなければならない。

そんなことが果たしてできるのだろうか。



「不安そうな顔をするんじゃありません。常に笑顔でいること。」


苦々しい顔をしていると、先生から指摘が飛んでくる。

無理を仰るな・・・と思いつつ渋々頷く。


「・・・はい。」


「笑顔!」


「はい!」


ごもっともな叱責を受けて、グイッと口角を上げて、無理やり笑顔を作る。


「キース様は紳士的な方です。あなたが記憶が戻ったと言えば、

それ以上追求してくることはないでしょう。」


あのニヤニヤ男のどこが紳士的だ、という突っ込みを心の中で入れつつ、

がんばって口角はキープする。


「アラン様は・・・好奇心の強い方ですので、

もしかすると様々なことを聞かれるかもしれません。もし、困ったら、

何も言わず笑っていなさい。以前のあなたもそうしていました。」


アラン様に関しては、オブラートに包もうとして、包みきれていない先生の物言いに、

思わずぷっと笑ってしまうと、キッと睨まれたので、慌てて口角を戻す。


困ったら笑え、はこの20日間、ずっと聞かされ続けてきた言葉だ。

しかし、何を言われても笑えるなんて、以前の私はきっとどれだけ我慢強かったんだろう。




そんなこんなで話をしているうちに、スッと前に手鏡が差し出された。


鏡を眺めると、ふわふわした明るい栗色の髪に色白の肌、

ぱっちりとした大きな目の少女がこちらを見つめ返す。

これが私だ、といい加減理解はしたものの、いまだに違和感はぬぐいきれない。


今日はいつも以上にきれいにお化粧をしてもらったようで、我ながらとても可愛らしい。


「いかがでしょうか」と心配そうにこちらを見つめるメイドに、

「ありがとう」と微笑むと、安心したような笑顔とともに、鏡が下げられた。




「・・・行きますよ」


まるで戦いにでも行くような面持ちで、先生がすくっと立ち上がる。

戦いはあながち間違いじゃないかも、なんて思いながら私もそれに続いて腰を上げる。



やつらと私との戦いだ。

あんなやつらに、もうバカにされたなるものか。



先生に続いて、長い廊下をこつりこつりと歩きながら、ゆっくりと決意を固める。

でもぬぐい切れない不安が襲ってきたところで、先生がぴたりと足を止めた。


気がつけば、もう応接室の前だった。


それを意識すると、どうしようもない怖さが襲ってきて、目の前がくらくらする。




今ままでのレッスンでは何度も失敗して、何度も怒られたけれど、次が許されていた。

できない自分に落ち込んだし、できないことはできないと開き直ってさえいた。


でも、この扉の向こうでの失敗は、きっと許される失敗ではない。


次、なんて与えられないかもしれない。見放されて、勘当されてしまうかもしれない。

もしここを追いだされたら、何もできない私はどうやって生きていけばいいのか。


嫌だ。

入りたくない。


もう少し時間がほしい。


心の中で叫び声をあげたとき、背中にそっと手が添えられた。

隣を見ると、先生が、見たことがないくらいやさしく微笑んでいた。



「・・・大丈夫。今のあなたは見た目は以前と全く変わらないカティア=テナールです。

練習のつもりで構いません。20日間の成果を見せつけてきてやりなさい。」


「何もしてあげられませんがが、見守っていますよ」と、続く声の優しさに、

ここで飴と鞭の飴か!!と、心の中で叫んだ。


恐ろしい人だ。ただただ怖い人だと思ってたけど、飴の使い方も熟知していて、

この手腕で、きっと大勢の貴族を鍛え上げてきたのだろう。



「・・・はい」


返事をしながら、今は素直に感動するべき場面だったような気もする・・・と思ったら、

なんだか、くすぐったいような変な気持ちになって、おかげで緊張がほぐれた。

失敗・・・してしまうかもしれないけど、しないように頑張ろう。


先生の言う通り、20日間、私なりに死に物狂いで頑張ってきたのだから。



「笑顔!」


「・・・はい!」


グイッと口角を上げて、にっこり笑顔を先生に向ける。

「行ってきます」と笑顔で告げてから、私は扉に向き直った。


いざ、戦いの場へ。

そんな気持ちで扉に手をかける。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ