3話 私は公爵令嬢らしい
お医者様が来たら診断で中断されてしまうだろうから、お医者様がいらっしゃるまでの間に、
まずは、と言うことで、お母様はまずは私のことを教えてくれた。
お父様は脇に座っているものの、口を挟むつもりはないようだ。
名前はローズさんが教えてくれたように、カティア=テナール。14才。
そして、テナール家はこの国、カレシアウッド王国、
通称カルシェの「王家」に次ぐ、「公爵」の身分にあるらしい。
つまり、お父様、だという人は、公爵様。
お母様だと言う人は、公爵夫人。
そして私は公爵家の令嬢だと言う。
そもそも、「公爵」がなんなのかというところから混乱してしまっていた私は、
王家に次ぐ存在だと教えられ、とっさに「冗談ですよね?」と返してしまい、
両親から不憫な子を見るような目で見られて、同情された。
しかし、そんな顔をしながらも両親は、容赦なく第二、第三の衝撃を打ち出してきた。
このカルシェは、ウサギの横顔のような顔をした大陸の右下の大部分を占める大国らしい。
つまり、私は大国の王家に次ぐ公爵家の子ども。
そして、さっき見舞いに来てくれていた青年、キース様は、
カルシェ王国の王子様で2つ年上の16歳、
私の胸ぐらをつかんできた少年、アラン様は私と同い年の14歳で、
正真正銘、隣国の王子様だと言う。
さらに信じられないことに、アラン様と私は、内々に婚約が決まっているという。
それを告げられたとたん、胸ぐらをつかんできたアラン様の顔が浮かぶ。
金髪碧眼でかっこよかったけど、あんな乱暴な人と結婚するのか、
という感情が先に来て、嫌だなぁとため息をつきたくなる。
とまぁ・・・こんな話を急に聞かされて、くらくらしない人なんているんだろうか。
そういえば私、だいぶ失礼な態度を取ったような気がするけど、大丈夫かな。
私自身もかなり身分は高いみたいだけど、
でもやっぱり王子様は別格のような気がする・・・と心の中で冷や汗をかく。
記憶、もどってくれないかな。私いつまで混乱しているんだろう、
と他人事のように思っていると、お母様が心配そうに顔を覗き込んできた。
全然実感がわかないけど、この人は私の母親なんだな、と思うと、不思議な心地がする。
「以前の私は・・・どんな人間だったんですか?」
「え?」
私とこの人は、どんな風に接してきていたんだろうと思ったら、
不意に、青年、もといキース様に言われた言葉がふと頭をよぎって、質問が口をついて出た。
お母様がおかしな顔をしたので、変なことを聞いてしまっただろうか、と顔色を伺うと、
私の視線に気づいたお母様が、「ごめんね、当然気になるわよね」と笑った。
「カティアは・・・賢くて優しい、音楽が大好きな子だったわ」
「音楽?」
「えぇ、歌うのも聞くのも大好きで・・・よく屋敷に楽師や声楽家を招いていたの」
初めて聞く話に、思わずオウム返しで質問をすると、
お母様は昔を懐かしむように少し遠くを眺めながら教えてくれた。
でも・・・・・・これもまたピンとこない。
「私は・・・いつも笑っていたんですか?」
キース様から聞いた話の真偽も気になっていたので、
ついでに、とそのことも質問すると、お母様は少し顔をしかめた。
顔立ちがきつい分、その表情は少し怖い。
「・・・誰かがそういっていたの?」
「・・・キース様が」
少しビビリながら、告げ口をするような気分で名前を告げると、
お母様は仕方なさそうに、あぁ、と表情を緩めて小さく笑った。
「そうね。小さいころからあなたは手のかからない子だったけれど、
あるときからは、貴族の令嬢として、本当に非の打ち所のない子だったわ。
・・・キース様がちょっと不気味がるくらいにね。」
「そう・・・なんですか。」
・・・周りから聞く話と、自分が全くかみ合わなくて、もやもやする。
じゃあ、どんな人だったのかというと、それはそれで全く検討もつかないけど。
「カティア」
それまで沈黙を守っていたお父様が、不意に私の名前を呼んだ。
「は、はい」
それが私の名前だと認識するまでに時間がかかり、
ワンテンポ遅れて返事をして顔を上げると、お父様は渋い顔をして私を見つめていた。
「・・・お前には2ヵ月後に学園に行ってもらう」
「学園・・・」
薄ぼんやりと覚えのある言葉を復唱する。
自分が何を忘れていて、何を覚えているのかすらいまいちよく分からないけれど、
確かに「学園」という言葉には聞き覚えがあった。
「・・・カルシェの端にある、貴族専用の学園で、
カルシェの貴族はもちろん、隣国の王族貴族も集まる社交の場だ。」
「そこに・・・私が?」
「あぁ。入学は2ヵ月後。ずらすことはできない。」
「そう・・・ですか」
なんだか面倒くさい話になってきているような気もしないでもないけど、
いまの私にとっては、現実味のない話がひとつ加わっただけだ。
「なので・・・お前には2ヶ月以内に記憶を取り戻してもらう」
「・・・へ?」
それができるのであれば、願ってもないことだ。
私だって、ぜひ、すぐにでも思い出したい。
何を言っているんだろう、何か方法でもあるんだろうか、
という気持ちを込めてお父様を見ると、相変わらずの渋い顔。
「私も・・・思い出したいとは思いますが・・・」
「そうだな。とはいえ、実際には思い出せるとも限らないようだ。」
「そう・・・ですね。私もそう思います」
「だから、記憶が戻らない事態に備えて、
カティア=テナールが持っているであろう情報を身につけてもらう」
「・・・へ?」
「お前が記憶を失ったことは公表しない、ということだ。」
言葉の意味が噛み砕けなくて、
きっと間抜けであろう顔をして、私はお父様の顔を見つめる。
「つまり、もし記憶が戻らなかったとしても、あと2ヶ月で交友関係、礼儀作法、勉学など、
学園でテナールの娘として過ごす上で、恥ずかしくない程度の知識を身につけてもらう。」
「一度は身に着けていたものなのだから、思い出すことができるだろう」と言葉を続けるお父様。
私は良く知らないけれど、そんな簡単なものなのだろうか。
あぁ、でも確かに言葉とかは理解できるし、案外そんなものなのか、とぼんやりとした頭で考える。
そして、頷く以外の選択肢はないのだろうな、ということを察して、
「がんばります」と返事をすると、お父様は満足げに笑い、お母様は心配そうな表情を見せる。
そんな光景を、私はただぼんやり他人事のように眺めていた。
ほどなくして、お医者様が到着し、私はお医者様の診断を受けた。
しかし、その診断で記憶が戻る、なんて奇跡は起こらず、
反対に忘れてしまった記憶は一生戻らない可能性が高い、ということを告げられた。
私と同じ病にかかって、回復はしたものの、
記憶喪失になってしまった人というのは、数は少ないが、過去にもいたらしい。
そして、その人たちのほとんどが記憶を取り戻すことはなかったらしい。
おそらく、高熱が続いたことで、頭のどこか大事な部分がダメージを受けて、
壊れてしまったのではないかと言う。
ただ幸い、私の状態はそこまで悪くなく、新しい知識を身につけることはできるようだ、
とのことだったので、お父様は胸をなでおろしていた。
(新しいことを覚えてもすぐに忘れてしまう人もいるらしい。)
そんな光景を他人事のように見ていられたのは、これが最後だった。