第1部・最終話 ~汐と凪~
第1部・第5話 ~汐と凪
「やった……の……?」
目の前で光の粒子になっていく悪魔をただ茫然と見つめる汐。でもすぐに。
「うぅっ!」
肩に激痛を感じた彼女は、緊張から解放されたせいもあり、肩を抑えてうずくまってしまいました。その肩の傷からは、今もどくどくと血が流れ出ています。その彼女に、志保が駆け寄りました。
「大丈夫、汐ちゃん? ≪回復の閃光≫」
すると、志保の手からまばゆい光が放たれました。その光に照らされた傷はたちまち癒されていきます。激しい痛みも、今は少しも感じなくなりました。
「よしよし、後輩くん。よく頑張ったね!」
「ありがとうございます、志保さん。一瞬、本当に死んじゃうかと思いました……」
震えながら汐がそう言うと、志保はにっこりと笑って言いました。
「大丈夫だよ、大切な後輩くんだもん。君のことは、私たちが守ってあげるからね♪」
その柔らかな笑顔は、汐の不安や恐怖を洗い流し、何かの芽生えを促すようでした。
「志保先輩……トリア先輩……」
* * *
そしてしばらく歩き、三人はやっと、ある朽ちた礼拝堂の前にやってきたのでした。
「ここだよここ! ここに、あの女魔がいる! 汐の友達の娘の魔力も、ここから感じるよ!」
ポーティのその言葉に、三人は気を引き締めて、武器を構えなおします。
「よし、では行くぞ。二人とも覚悟はいいか?」
「は、はい、もちろんです!」
「がってん承知!」
そう言って、三人は礼拝堂に入っていきました。そこには……。
「な、凪!?」
奥の十字架にはりつけのようにされている凪、そして汐を襲い、凪をさらった女魔・テロルの姿がありました。凪から、テロルに向けて虹色の光の帯が伸びています。
三人の気配に気づいたテロルは、ゆっくりと三人のほうに向きなおります。
「まさかここまで来るとはね。でも、この儀式の邪魔をさせるわけにはいかないのよ」
そう言い放つテロルに、汐が震えながらも声を発します。
「凪を返して!」
その汐に、女魔は怪しげな笑みを浮かべて返しました。
「そうはいかないわ。私は、この精気を喰らって完全になるの。それを邪魔するのなら死んでもらうわ。いでよ、アシッドジェル!」
その女魔の声に反応するかのごとく、魔法陣が展開されると、そこからはぷよぷよした生物が出現しました。テロルを守るように、彼女の前にゆっくりと移動していきます。
「手前勝手な欲望のために犠牲になるなんて認められない!」
志保がそう言い放つと、弓をテロルのほうに向けます。
「記憶を失っても、正義は失っていないようだな。いくぞ、外道」
トリアがそう言って、剣と盾を構えます。
「凪、待っててね……!」
そして、汐が杖を構えました。それが合図であるかのように、アシッドジェルがとびかかっていきます。
決戦の幕開けです!
* * *
「はぁっ!」
とびかかってきたアシッドジェルの一体をトリアが迎え撃ちます。ジェルに向かって、剣を一閃!
「……!?」
その一撃に、アシッドジェルは体液をまき散らして真っ二つになります。降りかかってくるそれを、トリアは盾で防ぎます。盾からはじゅーじゅーとした音と煙がたっています。
「こいつは……酸か。二人とも、気を付けろ!」
「あいよ……きゃっ!」
トリアに応えてそちらのほうを向いた志保の隙をつくかのように、もう一体のアシッドジェルが飛び掛かってきました!
鎧の腹にべとっとくっつくと、そこから煙がたちのぼりました。
「一張羅があ! このお!!」
志保はアシッドジェルに溶かされるのをいとわず、弓でくっついたアシッドジェルを振り払います。そしてそこに。
「よくも服をボドボドにしてくれて!許さない!!」
弓を構えて、アシッドジェルに、怒りの連射!! 無数の矢を浴びたアシッドジェルは、たちまち溶けていきました。
* * *
「なかなかやるわね。ならば、私も少し本気出させてもらうわよ」
一人になったテロルは、腕を一凪しました。すると、炎が汐たちに襲い掛かります!
「くっ!」
それをかろうじてかわす三人。さらに、テロルは三人に炎弾を発射して、激しく攻撃していきます。
礼拝堂内を赤く染める炎の中、三人はなんとか炎弾をかわしていきます……が!
「きゃっ!?」
「志保さん!」
「志保!?」
爆発の衝撃で態勢を崩して、志保が転倒してしまいました。それを見たテロルが勝利の笑みを浮かべます。
「ふふふ、まずはあなたからいただこうかしら。あなたの魔力もおいしそうね」
そう言って飛び掛かろうとするテロル。汐は志保を守ろうと思いましたが、距離が離れていてすぐに駆け付けることはできません。それはトリアも同じでした。
(守らなきゃ! 志保さんを守らなきゃ!)
翼を広げて、舞い上がり、空中から襲おうとするテロル。しかし。
「こ、この光の環は!?」
そう、テロルの体を光の環が縛り付けていたのです。その光の環の出所は……。
「汐……」
「はぁはぁ……できた……」
そう、志保を守ろうと必死になって、汐が発動した束縛の魔法でした。
「くっ、こんな小娘の魔法ごときで……!」
テロルは念をこめて、自分の体を縛っていた光の環を引きちぎります。しかし、そこに。
「てやあああああ!!」
トリアが距離を詰め、剣の一撃をテロルにお見舞いし、ダメージを与えました。さらに。
「断罪断罪だよ!」
態勢を立て直した志保が、光の弓を放ちます! 光の矢は、テロルの肩を貫き、彼女を吹き飛ばします。
「私が、こんな小娘たちごときに……!」
そう悪態をつくテロル。そのときでした。
「凪を……」
「!?」
強い魔力を感じたテロルがそちらのほうを向くと、汐を中心に魔力が渦を巻いていました。
凪を助けたい気持ち、そして、トリア、志保とのささやかな、でも確かな絆。それらが彼女の魔力を高めたものでした。
「させるかああああ!!」
汐が魔法を発動する前に、せめて彼女だけでもと、彼女にとびかかっていく女魔。そして。
「返してえええええええ!!」
汐が魔法を発動させました。彼女が振り下ろした杖から、光の奔流が放たれます!
「……!!」
光に飲み込まれたテロルは、しばらく抵抗していました。が。
「そ、そんなああああああ!!」
ついに、耐え切れずに飲み込まれ、消滅してしまったのでした……。
* * *
「凪! 凪!」
「ん……汐……ちゃん……?」
凪が目を覚ました時、その目に映ったのは、涙に目を浮かべて自分を見つめる親友の姿でした。
「凪……よかった……」
「汐ちゃんが助けてくれたんだね……ありがとう……」
凪の言葉に、汐は涙を浮かべたまま首を振って応えました。彼女が首を振るのに合わせて、目から涙が飛び散り、きらきらと宝石のように光り輝きます。
「うぅん、いいんだよ……。それに、私だけの力じゃないもの……」
そう涙交じりの声で話す汐の後ろには、トリアと志保が立っていました。
「志保さん、トリアさん、本当にありがとうございます……」
「お礼なんていいよ。私は汐ちゃんのお手伝いをしただけ。凪ちゃんを助けられたのは、汐ちゃん自身の力だよ」
「あぁ。私は、ただ悪を倒しただけだ。彼女を助けたのは、お前の想いと強さだよ」
トリアはそういうと、凪を抱きかかえました。
「さぁ、ここから出ようか。ここはまだ魔族の瘴気にあふれてて体に悪い」
「そうだね、行こうか」
「はい!」
そして四人は礼拝堂を出ていきました。
その帰り道、凪を抱きかかえているトリアの背を見つめながら歩く汐には、一つの決意が生まれたのです。
それは……。
(私も、トリアさんや志保さんのように、魔族に苦しめられている人がいたら助けてあげられるようになりたい……!)
第一部・完
ここまでありがとうございました!
第一部、これにて完結となります!
いつになるかわかりませんが、第二部も書けたらいいなと思います。
その時はまたよろしくです!