魔物
「クラスとスキルの関係性ってあるのですか?」
俺は目の前にいるフィリーナ様に質問を飛ばす。ギガント・スレイヤーというクラスに対し、□□狩りというスキル以外、浮いている気がしたのだ。
「はい。基本、クラスに関係したスキルを所持しています。カズヒロ様の場合、この文字化けスキルが主軸になっていると思います。ただ、必ずしも関係性のあるスキルを得ているとは限りません。魔物調教はそれこそ、どんなクラスにも現れうるスキルですし、翻訳と空間収納も同じです。クラスにもよりますが、基本的に主軸となるスキルが1つか2つ、誰にでも発生しうる副スキルが1つから2つ、という構成がほとんどです。私の場合主軸スキルと副スキルが2つずつ、カズヒロ様の場合、主軸スキルが1つ、副スキルが3つです。かなり珍しいパターンですね」
「………なるほど」
つまるところ、□□狩り以外、特に関係性はないと。
「この魔物調教のスキルですけど、どのような魔物を調教できるのですか?そもそも魔物ってなんなのですか?」
俺はまず、魔物について話の主軸を置くことにする。昨日話に上がった魔族と関係があるかもしれないし、日本にいなかった存在だ。ゲームや漫画などの世界なら人類の敵だが、ここではどうなのだろうか。
「魔物の定義としては、魔力を持った動物を示します」
フィリーナ様は一言で魔物についてまとめてしまう。わかりやすいけど………。
「それって、私たち人類も魔物の定義に触れますよね?」
俺は何気なく聞き返す。人間だって動物だ。その定義だと魔物の定義に入ってしまう。
「カズヒロ様」
フィリーナ様は声を潜める。
「そのことは内密にしてください。決して、この世界の私以外の者に伝えないでください。私はともかく、人間は神の使いであり、特別な存在である、というのが常識です。その発言は、この世界の常識に反しています」
「………」
その言葉に、俺は胡乱な目をフィリーナ様に向ける。その言葉はまるで、フィリーナ様はその事実を知っている、ということにならないだろうか。
「カズヒロ様は異世界の方です。私たちの知らない知識があっても不思議ではありません。その内容が事実かどうかはわかりませんが、カズヒロ様の常識としてはそうなのでしょう。私はまだ理解がありますが、他の方も同一とは限りません」
すぐに補足が入った。だが、なおさらこの姫様の素性がわからなくなる。色々知識はあるのだろう。立場もあるのだろう。けど、この世界の常識ではない知識に理解がある、というのはどういうことだ。
「そんなに警戒しないでください。私にもいろいろあるのです。ですが、カズヒロ様がどんなに警戒しようとも、私はあなたの味方のつもりです」
その言葉に俺は頷けない。あまりにもこの人の素性がわからなすぎる。戦闘能力がないのはわかるが――
「実を申しますと、私は学者なのです。魔力量が多いため、この度は勇者召喚のために城に戻ってきましたが、普段は調査に出ていることが多いです。色々調べていますので、自然と他の方と異なる見解が見えてきてしまうんですよ」
ペロ、っとフィリーナ様が舌を出した。
「姿形は違うのに、骨格が似ている動物や化石。私はそこからヒントを得て、動物にしろ魔物にしろ、長い時間をかけて変化をしていったのではないかと推測しました。もちろん、人間もです。教会の教えには反していますが、信仰心を捨てれば別の見方が見えてきました」
「………すげえ」
俺は思わず呟いてしまう。俺から見ればその知識は遅れているが、前時代的な知識でその結論に至るのは生半可なことではない。教会が何を指しているのかはわからないが、多大な力を持つ宗教組織だろう。その教えに反し、真実を見抜ける人間は、ごく一部だけだ。俗に天才、と呼ばれる一握り。
「その反応ということは、カズヒロ様の見解からしたら、この推測は正しい、ということなのですね」
その言葉に俺は両手を挙げる。完全に降参だ。
「その通りです。私たちの世界ではそれが一般常識です。進化論。あらゆる生物は、環境及び天敵に対応すべく、その姿形、能力を変化させていったという内容です。人間はその変化の枝先の一つにしかすぎません」
もちろん、この世界が同じだとは言わない。魔法なんて原理のわからない力があるのだ。無から生命を生み出しても何の不思議もない。
それとこの王女様が非常に厄介だと思い知らされた。可能な限り、異世界の知識を公開したくないのだが、これほどの頭脳を持った相手なら、言葉の端から何か大切な情報を持っていかれてしまう可能性がある。今回のように。
「ありがとうございます。あ、安心してください。カズヒロ様から回答を得た旨はこの胸の奥にしまっておきます。面に出すのは、私の推測に留めます。おそらく跳ね返されてしまいますけど。ですが、いずれか日の目を見ると信じます」
その言葉に俺は奥歯を噛み締める。こちらの都合まで読んできた。本当に厄介すぎる。
「話を戻しますけど、魔物は魔力を持った動物です。どのようなものかは実際に見ていただいた方が早いのでここでは割愛しますが、魔物の評価には大きく2つあります」
俺の表情が変わったのがわかったのか、フィリーナ様の方から話を変えてくれた。俺は一度首を大きく横に振り、知識を得るべく口を開く。
「2つですか?1つあれば十分な気がしますけど………」
「それだとゴブリンに遭遇した際に気を抜いてしまう人が多かったんですよ。ゴブリンはたいして強くないのですが、数が多く、集団で襲ってくる修正があります。戦う術のない私やカズヒロ様からしてみれば、遭遇しただけで大ピンチです。ですから評価基準を2つに分け、それぞれ単独で判断することにしました。それが魔物の戦闘力評価と脅威度評価です。比重としては、後者の方が重いです」
「戦闘力と脅威度………」
安直な。だが、合理的だ。ゴブリンのような弱い魔物だと、どうしても戦闘力評価では下がりがちになる。だが、数が多く人が襲われることが多いのだろう。そこでその危険性を広げるべく、別基準を設けたのだ。
逆に、戦闘力が高く脅威度が低い魔物などもいるのだろう。その場合、ちょっかいを出さなければ逃げられる可能性が高くなる。裏を返せば、ちょっかいを出せば助からないということだ。その2つを総合的に判断するのは難しい。だから2つに分け、どうするかを判断することにしたのだ。
「それぞれ一番上をSランクとし、下はAからHとしています。Aの方が危険で、Hほど危険性が下がります。先ほど例に挙げたゴブリンですと、戦闘力はGランク、脅威度はBランクです」
「脅威度たけえ………」
思わず素で呟いてしまう。それだけ犠牲者が出ている、ということなのだろう。
「むしろ低い、と声を上げる方の方が多いんですけどね。年間の魔物犠牲者の数の1/3がゴブリンだったりしますので。ただ、これ以上上げてしまうと、他の本当に脅威度が高い魔物の評価が相対的に下がってしまう可能性がありますので上げられないのです」
俺の呟きにフィリーナ様は苦笑する。
「そうですね、魔物調教で身を守ってくれる魔物にするなら、戦闘力がE以上の魔物が望ましいです。ですが、脅威度がF以下の魔物でなければ、まず人に従ってくれません。戦闘力が高い魔物はそれだけプライドが高く、テイムするのも難しくなってしまいますけど」
俺の考えを見透かしたかのように、フィリーナ様が魔物調教について助言してくれた。この時点で詰んでいる気もするけど。
「そうですね。候補としましては戦闘力Cランク、脅威度Fランクのワイバーンなんてどうでしょう?もしくは戦闘力Dランク、脅威度Fランクのレッサードラゴンですか?お城でも何匹か世話をしていますので、うまく手懐けることが出来れば差し上げますよ。テイムできる魔物の数も限られていますし」
「………勘弁してください」
どっちもやばそうな魔物である。逆に俺が食われそうだ。どんなに脅威度が低くても。つか、Fランクは普通に危険そうだ。てか城にいるのかよ。
「下位の竜種は比較的おとなしく、魔物調教のスキルを持っている方からすれば護衛の魔物として人気の種族なのですが………。もともと飼いならされていることも多いので、テイム自体はそこまで難しいものでもありませんよ。城にいるワイバーンとレッサードラゴンも魔物調教を持っている騎士のために育てているものですし」
フィリーナ様がさらに竜種の調教を進めてきた。よほどおすすめらしい。
「ゴブリン程度じゃまず負けませんし、カズヒロ様がご自身の身を守るのに、竜種はちょうどいいと思うのですが………」
「………まずは見てみます」
異様に竜種を勧めてくるので、俺は折れることにした。
「ここが竜舎です!」
俺が折れたことにより、すぐに竜舎に案内された。そこには確かに、地球上では見たことのない生物がいた。羽の生えた緑色の蜥蜴である。これがワイバーンだろう。その隣に、茶色の大きい蜥蜴がいる。こちらがレッサードラゴンなのだろう。
「これが魔物です。魔力を持っているのがわかりますか?」
フィリーナ様がワイバーンの首を撫でながら聞いてくる。ワイバーンは鬱陶しそうだ。
「いえ、わかりません」
そもそも魔力が何なのかがわからない。そんな簡単にわかるものなのだろうか。
「手を貸してください」
フィリーナ様が手を差し出してくる。俺は迷った後、その手のひらに自分の手を置いた。すると何か、暖かい緑の光が溢れ出す。
「これが魔力です。一度他の人の魔力に触れれば、おのずとその存在を把握できるはずです」
俺はその光を見つめる。確かに何か、暖かな力を感じる。その力は、確かにワイバーンやレッサードラゴンにも所持していた。その光の大きさはまちまちだ。同じ種族であっても。大きいものもいれば、小さいものもいる。個体差があるのだろう。特に魔力量が多いのは、フィリーナ様だ。ワイバーンの数倍の大きさの光を身に秘めている。わけがわからない。
ついでに俺の中にある光の量を確認した。びっくりするほど小さかった。ほとんど光を認識できないほどに。………光の大きさって、魔力の量だよね?つまり俺には、ほとんど魔力がない、と。泣きたくなってきた。
「わかりましたか?」
「………わかりました。私の魔力がほとんどないことも」
「え?」
俺は俯いてフィリーナ様の言葉に応えると、フィリーナ様が驚いたように声を出す。
「魔力の量がわかるのですか?感受性の高い人ならわかると聞いたことがありますが………」
「え?」
今度は俺が首を傾げる。明らかに光の大きさに個体差があるのだが………。
「カズヒロ様はわかる人なんですね」
フィリーナ様に苦笑されてしまった。まあこれは俺もわかっていなかったことなので、ばれても問題ないだろう。
それよりも問題は、フィリーナ様の魔力量である。異常に多い。ここまで多いものなのか。基準がわからないから人間はこれが普通なのかもしれないが、竜種より多いものなのだろうか。
「それでは手始めにワイバーンをテイムしてみましょう。ご自身の魔力を魔物に渡すのが、テイムのやり方です」
それからフィリーナ様は、話を戻して魔物のテイムについて教えてくれた。魔力を渡す、ね。
俺は言われたとおりに魔力を操作してみる。これ自体は非常に簡単だった。それを近くにいたワイバーンに近づけてみる。
「グルゥ………」
ワイバーンは俺の魔力を感じると鼻を近づけた。それからプイ、とそっぽを向いてしまう。ダメらしい。
「魔物にも好みがありますから。ここにいるワイバーンとレッサードラゴン全てに試してみましょう!」
「………かしこまりました」
それからフィリーナ様に連れられ、俺は本当に全部のワイバーンとレッサードラゴンのテイムに挑戦し、悉く失敗した。