歓迎されるもの
「よくぞ来た、異界の勇者よ」
翌日、俺たちは従者の人に連れられ、やけに豪華な部屋に通された。部屋の中央に豪勢な椅子が鎮座している。そこに座っていた男性が立ち上がり、俺たちを歓迎した。おそらくここは、謁見の間なのだろう。それで俺たちを出迎えた男性が、この国の王様。
そう推測した俺は、即座に膝をつく。それよりも早く、直人と真理は膝をついていた。
「面を上げよ。お主たちは私を敬う必要はない。むしろ、私たちがお主たちに迷惑をかけた立場なのだ」
すぐに王様は俺たちに声をかける。その言葉に倣い、俺たちは顔を上げる。
「私はアグラード・アウド・ベルゼリア・ルーゼンデルト・ヴェルナリナと申す。お気づきかと思うが、このヴァルナリナの王だ」
王様が名乗り出る。それに合わせるようにまず、直人が名乗った。
「私は高橋直人と申します。この度、勇者に選ばれたものです」
外面のよい笑顔で、直人が自ら勇者だと主張した。ほんと、常にその態度でいてくれよ。
「吉田真理です。この度は治癒のスキル?を受けたまりました」
真理も名乗る。スキルというのは俺たちもよくわかっていないものなのだから、疑問形になったのだろう。直人の勇者とは異なるみたいだし。
「うむ?まだ貴殿らはこちらに来て2日目だったな?それでは後で、説明を出来る者に話をさせよう」
アグラード様が大きく頷く。それから傍の人に声をかけ、走らせる。教師役の人を呼んでくれたのだろう。
「私からは一言、確認がしたい。これから貴殿たちに多大な迷惑と、負担をかけることになる。きっと辛いこともあるだろう。その上で、我々に力を貸してくれないだろうか。むろん、謝礼は出す。可能な限り、お主たちの望みを叶えるつもりだ」
王様が直人を見て言葉を放つ。これはどちらかというと、今相談をしているというより、ただの王様直々に確認を行っている、という確認なのだろう。
「俺たちはこの世界について、何も知りません。そのため、その問いにはい、と言えるだけの根拠はありません」
「む………」
代表して口を開いた直人に、王様は口を閉ざす。すぐにはい、と答えると思っていたのだろう。
「そのため、俺たちは本当にあなた方に力を貸していいのか、そもそも自分たちの力とは何なのか、見極めるだけの期間をくださいませんか。何も知らず、騙されるような真似は出来ません。ここにいるのは俺だけじゃありません。友人がいます。彼らを危険にさらすわけにはいかない」
直人がまっすぐ、アグラード様を見る。これは一種、相手を試しているのだろう。ここで頷かなければ、この王様は信用に値しない。
「よかろう。もともと、我らもお主たちのこの世界のことを、我々のことを知ってもらう必要があるのだ。すぐに何かして欲しい、ということはない。無理にお前たちを動かし、死なれる方が困る」
アグラード様はすぐに直人の言葉に頷く。そこに逡巡の迷いもなかった。頷かなかったら、不利になることくらいわかったのだろう。ただの無能やお飾り、というわけではなさそうだ。
「本日はそのことで話があるのだ。一人につき一人、お主たちに教育役を付ける。むろん、その他の人物に話を聞いても良い。多くの知見を得るがよい」
再度、アグラード様が手を叩く。すると3人の人物が部屋に入ってきた。そのうちの1人は知っていた。フィリーナ様だ。何故王族が教育係に選ばれる………。直人の当馬だろうか。だとしたら的外れもいいところだ。
「私はレギン・ディオール・アルバレアだ。この度は勇者の教育係を受けたまることになった。よろしく頼む」
そう名乗り出たのは、金髪の青年だった。かなり整えられた顔をしていて、騎士を思わせるような白い鎧を着ている。重くないのだろうか。つーか、騎士とか必要なのか?………いるか。ここ、日本じゃないし。
「うん、よろしく頼む」
直人がいい笑顔でそいつと握手する。まあ、直人はゲイだからな。こいつのようなイケメンは大好物なのだろう。
「はっ!違うんだ和博、これは――!」
「黙ってろ」
俺はポケットに忍ばせておいた石を、爆弾発言を仕掛けた直人の顔面に投げつけて物理的に発言を止めた。
「ふむ………?」
レギンが不審げに俺を見る。やべ、いきなり飛ばしすぎたか。
「貴様、ナオトの顔に傷が付いたらどうする!これほどの美少年――あふん」
レギンが爆弾発言をしようとしたところ、今度はフィリーナ様が動いた。俺と同じように、レギンの後頭部に石を投げつけて発言を物理的に止めた。
「今は自己紹介の時間です。余計なことは言わなくて結構です」
ピシっ、とフィリーナ様が言い切ってしまう。何故だろう、シンパシーを感じた。
「あたいはルイン・アルセドナって言うもんだ。あんたに治癒魔法を教えるように言われてね」
今度は背の高い女性が真理に話しかける。
「あ、ほんとに私は治癒魔法が使えるんですね」
真理が自分の掌を見てから頷く。それから口を開いた。
「これならどんなにぶたれても自分の怪我を治せますね!」
「どんなに傷つけたとしても、なかったことに出来る力よ!」
2人が同時にとんでもないことを言いだした。俺は無言で目を逸らす。なんだこの組み合わせ。合っているのか?なんか変なところで、合っているのか?
「………すいません、とんでもない人選になってしまったようです。占い師に波長の合う人を選んでいただいたはずなのですが」
目を逸らした俺に、フィリーナ様が申し訳なさそうに声をかけてくる。何らかの方法で、波長の合う人を選んだ結果、嗜好のマッチしている相手が選ばれたというのか。ちらりとアグラード様を見ると、こちらも額を抑えていた。こっちもこの光景は予想外だったのだろう。
「僭越ながら、カズヒロ様の教師は私が務めさせていただきます」
それから俺に一礼してくる。確認のため、俺は小声で聞いてみる。
「それも占いの結果?」
「はい。おそらく、あの方たちの制止役なのでしょうが………」
嫌な役割である。だが、避けられない道でもある。
「それより、私たちは場所を移りましょう。いつまでもここにいると、お父様の職務の邪魔になりますので」
フィリーナ様が問題児たちを無視して扉を開ける。いつの間にか、馬鹿ども4人が好き勝手に盛り上がっていた。
「え、おいフィリーナ、せめてこの状況を――」
「さて、行きましょう」
アグラード様の制止を無視し、フィリーナ様は俺の背中を押して外に出、扉を閉めてしまった。意外と親子の中は悪いのか?………年頃の娘が父親を嫌うのはどこも一緒なだけか。
――
―――
――――
「あれ、放置してきてよかったんですか?」
図書館に移動し、俺は小声でフィリーナ様に問いかける。
「別にいいんじゃないでしょうか。お父様が苦労するだけですし」
酷い娘である。
「それに、おそらく皆さんの中で一番大変なのはカズヒロ様です。他のお二方はご自身の力を把握すればよろしいのでしょうが、カズヒロ様は他の方の力を把握し、知っておく必要があります。どのような力で、どのような危険があるのかを知っておかなければ、あのお二人を制御するのは難しいかと」
正論だった。確かに知識がなければ力を得た二人を止めることは出来ないだろう。それに加え、自分の力を把握する必要もある。
「それではまず、私の力――ギガント・スレイヤー?について詳細を教えていただけませんか?まずは身にあるものの方が理解がしやすいです」
「ギガント・スレイヤーについてですね。その名称はまず、私たちの中ではクラス、と呼ばれるものです」
俺の質問に対し、フィリーナ様はよどみなく答えてくれる。
「クラス、というのはこの世界で生きる生物全てに与えられる役割みたいなものです。尊守する必要はありませんが、このクラスによってできる範囲が大幅に制限されてしまうのは間違いありません。ナオト様の勇者やマリ様の聖女もこのクラスに当たります」
「ふむ」
ゲームで言うところの職業みたいなものだろうか。しかし直人の勇者は聞いていたが、真理が聖女って、もはやギャグだろう。ドM変態聖女とか、聞いたことないぞ。
「このクラスの下に、スキルと呼ばれるものがあります。大体3つくらいのスキルが普通ですね。さらに掘り下げていくと内包スキル、というものもあります。こちらは数の制限はほぼありませんが、上位のスキルに反するような内容はありません」
フィリーナ様はそう説明すると、どこからともなく水晶を取り出した。思わず俺は固まる。
「え、それどこから………」
物理法則を無視した光景に、俺は敬語を忘れて話してしまう。
「これは私のスキル、空間収納です。便利なスキルですが、持っている人はあまりいないんですよね」
フィリーナ様が水晶を机の上に置く。それから自分の掌を水晶に置いた。軽く光ったと思うと、文字が浮かび上がる。
『クラス:錬成師
スキル
1:錬金術
2:工学魔法
3:空間収納
4:語学』
見たことのない文字なのに、意味が伝わる。3つが普通、というスキルの内容が4つあるのは、まあ許容範囲内だろう。というか、クラスが姫とかじゃないのか。
「意外ですか?基本、王族は戦闘向けや政治向けのクラスが多いのですが、私だけはこのような生産向けのクラスなんです。おかげで王族の中で、私だけ無能扱いなのです」
フィリーナ様が茶目っ気たっぷりにウインクし、一緒ですね、と口に出す。そこら辺の事情はわからないが、フィリーナ様に戦闘能力がないのはわかった。
「カズヒロ様も手を置いてみてください。そうすれば、カズヒロ様のスキルがわかります。ここから先は、私もまだ知りません」
俺はその言葉に一瞬、躊躇する。そのスキル、というのはかなり重要な個人情報だろう。フィリーナ様を信用しない、というのはもう決めているので、どこまで手の内を明かしていいのかを見極める必要がある。
それでも、俺は手を置くことにした。スキルについてわからなければ聞く必要が出てくるのだ。それに今フィリーナ様に不審がられるのは悪手だ。
すぐに結果が表示される。その内容は、こんな感じだった。
『クラス:ギガント・スレイヤー
スキル
1:□□狩り
2:魔物調教
3:翻訳
4:空間収納』
まさかの文字化けしていた。一番重要そうなスキルに。
「あれ、おかしいですね………」
フィリーナ様も首を傾げる。今までこんなことはなかったのだろう。
「おそらく、水晶のデータベースにカズヒロ様のスキルがないのでしょう。そのため文字化けしてしまったのかと」
しばらくしてフィリーナ様がそう結論付ける。もともと未知のクラスだったのだ。仕方のないことかもしれない。
「あとの3つは簡単ですね。魔物調教は魔物を手懐けるためのスキルです。本当は調教師や竜騎士、農家みたいなクラスに多いスキルですが、中には剣士みたいな人でも持っているスキルですね。そこそこ珍しいですが、レアというほどでもありません。翻訳はあらゆる言語がわかるようになるスキルです。おそらくこれは、ナオト様とマリ様も所持していると思います。そうでなければ私たちと会話が出来ませんから。空間収納は私の見せたスキルと一緒ですね。これは本当に所有者が少ないレアスキルですよ。あまり言いたくありませんが、ここから追い出されても、このスキルがあれば確実に仕事があります。商人の方からは引く手数多ですので」
フィリーナ様が一気に俺のスキルについて説明してくれた。おおよそ名前通りの効果なのだろう。
「しかし、これは………」
俺は文字化けしている一つのスキルを睨む。狩り、ということは、特定の対象に途方もない力を発揮する力なのだろう。裏を返せば、それ以外の敵には無力、ということだ。ある程度、別の方法で自衛手段を確立する必要がある。
「ふむ………」
俺はもう一つの、使えそうなスキルに目を付けた。
――
―――
――――
一方その頃、謁見の間では
「なかなかいい体をしている」
「ふっ、お前もな」
体格のいい男二人がパンツ一丁になり、お互いの胸に手を当てていた。その隣で、
「あっ、うんっ、もっとお!」
「ほらあ!もっといい声で鳴きな!」
お尻を突き出した少女に向けて、別の女性が鞭で叩く。べチン、となかなかにいい音がした。
そんなカオスな空間で一人、両手で顔を覆っている男性がいる。アグラード。この国の国王である。
「もうやだ、なんなのこいつら………」
その呟きは、誰にも聞かれることはなかった。