未知なる世界
異世界に移動します。今回は簡単な説明会
「ん………」
どのくらい意識を失っていたのだろうか。ゆっくりと意識を取り戻した俺は、体を起こすべく地面に手をつく。
ぷよん
すると何故か、柔らかい感触が返ってくる。目を開け、そちらを見ると、俺の下に真理が寝そべっていた。俺の地面についたはずの手は、真理の胸を掴んでいた。
「あん、和博ー、もっと強くー」
嬉しそうな真理の声が響く。俺は無言で立ち上がり、周囲を見渡した。
「なんだこりゃ………?」
周囲は岩で覆われていた。複数の岩を積み重ねて作ったタイプではない。一つの岩をくり抜くことでこの空間が作られている。中はじめじめとしている。幸い、気温はそんなに高くないので、汗を掻くことはないが。
「けど、さっきまで図書室にいたんだよな………。それがなんで、こんな鍾乳洞みたいなところにいるんだ?謎の空間の亀裂に落ちたとはいえ、こんな場所にいる理由がない………」
ここは地獄だろうか。それにしてはやけにリアリティがある。地面を触ってみると、確かな岩の感触が返ってくる。周囲を見渡すと、数か所光源がある。火とも電気とも思えないような、謎の光源だ。近くによると、岩の一部が自分で発行しているのがわかった。なんだこれ?どんな原理で光ってるんだ?
光源については何もわからないので、俺は別のものを探す。まずは同じ穴に、先に落ちた直人だ。この場に姿はない。パンツまで落ちていたのだから、全裸になっているんだろうけど。だが、直人の姿はない。
それから眼に入ったのは、格子だ。俺たちを外に出さないために、外から鍵が掛けられている。つまりここは、牢屋ということだ。
「すいませーん!誰かいませんかー!」
俺は声を張り上げる。その声に後ろから、真理が反応し、体を起こす。
「んー、ここどこー?」
朝の弱い真理が、どこか寝ぼけた声を出す。それから瞬時に周囲の状況を把握する。
「和博!ここなら牢屋プレイが出来るね!」
「黙ってろ………」
いい笑顔でサムズアップしてきたので、俺は呻くように呟く。
「あ、もしかして私が寝てる時にやっちゃった?初めての瞬間はちゃんと見ていたかったんだけど………」
「少しマジで黙れ。その間に大切な状況整理をしとけ」
ブレない真理に、俺は呻くように告げる。
「………いったい何があったらこんな状況になるわけ?変な歪に落ちたと思ったら、牢屋の中とか。この光源とか、原理不明だし」
しばらくして真理が、俺と同じように首を傾げる。
「もしかしてあの穴は異世界に続く穴で、私たちは魔法のある世界に来ちゃった!?」
それから真理が、あり得ない妄想を垂れ流す。
「未知現象をそれで取り纏めないでくれ………」
俺も話としたらそういうことを聞いたことがあるが、本当に起こるなんて信じていない。
「まあねえ。私も適当に言っただけだし。ただ、こっちの方が夢があるかなあ、って」
真理も苦笑し、俺の言葉を肯定する。
「だって異世界ならきっと奴隷制度とかあるよ!私が奴隷になって、和博がご主人様!最高のシチュエーションじゃない!?」
「なんでそうなる!?」
あまりにも吹っ飛びすぎた真理の思考に、俺は思わず叫ぶ。
その俺の叫びに反応したわけじゃないだろうが、格子の向こう側で扉が開く。入ってきたのは、重そうな金属の服――というか鎧を来た人と、豪華なドレスを来た少女だ。二人は俺たちがいる牢屋の前で止まる。
「このような場所に閉じ込めてしまい、申し訳ありません」
それからすぐに少女が口を開く。聞こえたのは流暢な日本語――なのにその口の動きはまるで別のものだった。
「日本語じゃない………」
俺はすぐにその事実に辿り着く。真理も顎に手を当て、何かを考える。
「すごいよ、和博!本物のお姫様だ!」
それからそんなことを言ってきた。いったい階段を何段、すっ飛ばしてその結論に至った。
「はい、私はフィリーナ・アウド・ベルゼリア・ルーゼンデルトと申します」
俺たちの会話が通じていたのか、ドレスの少女が自ら名乗り出る。
「失礼だと思ったのですが、一時的に牢に入れさせていただきました。もう一人の方が、その、あまりにもみっともない恰好でしたので………」
申し訳なさそうにフィリーナ、様?がどうして俺たちが牢にいるのかを説明してくれる。俺たちが追剥である可能性を考慮してだろう。
「あー、と。いえ、気にしていません。正直なところ、私たちも色々と混乱している最中でして………」
相手が目上の立場の人であることを考慮し、俺は丁寧な言葉で話す。それから現状を説明してもらうべく、言葉を探る。そんな俺の態度に、フィリーナ様はくすりと笑う。
「慌てないんですね。普通ならもっと取り乱しませんか?あなたたちの身に起きたことを考えれば、そんな冷静でいられないと思うのですが」
「慌ててます。慌てすぎて、逆に冷静になっちゃってるんですよ」
わけがわからなすぎて、逆に思考放棄に近い状態になっている。そのため、今の俺には余裕がある。
「むしろいい!牢屋とか最高に興奮するシチュ!」
後ろに悪い意味でブレない幼馴染がいる、というのも大きい。俺はため息をつく。
「説明してくれますか?私たちの身に、何が起きたのかを」
「はい。初めに、私たちは今、魔族の脅威に直面しているのです。魔族との戦いに備え、勇者を召喚することにしたのが事の次第です」
「すいません、そもそも魔族ってなんですか?というか、ここはどこなんですか?」
こっちも数段飛ばして説明に入ろうとしたので、俺は遮ってまず必要な情報を引き出そうとする。
「あ、すいません。ここはヴェルナ――いえ、アルステルタと私たちが呼んでいる世界です。あなた方は私たちが行った、勇者召喚に巻き込んでしまったんです」
「ほらあ」
フィリーナ様の言葉に後ろから真理が言ったとおりじゃん、と声を出す。
「………」
異世界、という存在を認めたくない俺は、むすっとする。非現実だ。異世界など空想の産物だ。そう思っていても、今目の前に現実は変わらない。俺の常識として考えられない、美しい翡翠色の髪に、宙に浮く光の玉など。
「勇者って直人のことですか?おそらく全裸で現れた男のことですけど………」
「………はい。非常に残念なことに。一応お伺いしますが、あれは彼の方の趣味じゃないです、よね?最初に服が飛んできましたので、望み薄だとはわかっているのですが………」
俺の確認に、フィリーナ様が縋るような目を俺に向けてきた。俺たちは揃って目を逸らす。この人、なかなかいい感をしている。
「………そうですか」
無言の俺たちに、フィリーナ様はひどく肩を落とす。
「あー、と。もしかして勇者と結婚しなくちゃいけないとか?」
真理が後ろから、受け入れがたいことを言ってくる。そもそも直人が女性と結婚するとは思えないけど。
「いえ、そのような決まりはありませんが………。国を守る旗頭となる方が、その、裸なのは面目が立たないと言いますか………」
ごもっともなことを言ってきたので、俺たちは無言で頷く。確かに裸の勇者とか、面目が立たない。
「外面はいいんで、ちゃんと言えば着てくれますけどね………」
ただ何も言わないと、一日中全裸で過ごしたりする奴でもある。
「着させます」
きっぱりと断言された。気持ちはわかる。
「それで、魔族ってなんですか?」
逸れていた話を、俺は無理矢理戻す。
「はい。魔族と言うのは、そうですね。人の種族の一つ、でしょうか。特に戦闘能力にたげた種族です。ただ、その他種族と敵対関係にあります」
フィリーナ様が魔族に関して、簡単に説明してくれる。
「お二方のいた世界には魔物や魔族はいなかったのですか?」
「いません。そもそも、私たちのいた世界に魔物はいませんでした」
俺がフィリーナ様の質問に答えると、そうですか、とフィリーナ様が呟く。
「とりあえず、魔族という脅威が迫っている、ということは覚えておいてください。その脅威に、私たちは対抗する術が限られています。その手段の1つに、勇者召喚がありました。異界から勇者に相応しい人を呼ぶ方法です」
「その勇者に直人が選ばれた、ということですか。その呼ばれた時に空いた穴に、私と真里が一緒に落ちてしまった、ということですか」
俺は冷静に、何があったのかをまとめる。結果言えることは、理不尽である、ということだ。俺たち3人は、無関係な世界の事情に巻き込まれたのだから。
「………はい。皆様には迷惑な話ですよね。こちらの勝手な事情を押し付けているわけですから」
俺の考えを読み取ったのか、フィリーナ様が目尻を下げ、謝ってくる。
「いいよ。今までいた世界、退屈だったから これで心機一転!猫かぶる必要もなくなる!」
俺が口を開く前に、何故か真里がいい笑顔で、問題なしと告げてしまう。 俺は思わず頭を抱える。
「ポジティブすぎるだろ………!」
フィリーナ様が目を白黒させている中、俺は真里を叩く。
「和博!もっと強く!」
すると嬉しそうに、謎の要求をされた。俺は額を抑える。
「な、なんと言いますか、個性的ですね………」
「もっとはっきり言っていいですよ。頭おかしいって。こんなの、まだほんの一旦ですし」
言い淀んだフィリーナ様に、俺は正直な心情を暴露する。
「それより、私としたらこのままこの世界に残る、という選択肢は容認できません。私や真里だけじゃありません。直人もです。あなたたちの事情に巻き込まないでください」
俺はフィリーナ様をまっすぐ見て、言葉を告げる。これは俺たち3人とは無関係な事情だ。相手が強硬手段を取ってくる可能性もあるが、その場合俺たちに対処する手段がない。そもそもこの状況で勝ち目はない。
だから話し合いでは強気で攻める。下手に出たら、こちらに有利な条件を押し付けられなくなる。
「仰る通りです。私たちは私たちの勝手な都合で、皆様を私たちの世界に招いたのです」
俺の言葉を、フィリーナ様は受け入れてくれた。
「ですが、それだけ私たちも必死なのです。国民を守るため、勇者の力は必要なのです」
フィリーナ様はまっすぐに俺の目を見てきた。この話が平行線になるのは見えている。だから俺は、考えている妥協案を提示する。
「それはわかります。ですからこうしましょう。直人があなたたちに力を貸します。ですが、それは直人本人の了承を得られたら。私も説得に協力します。ですが、巻き込まれただけの私と真理は力を貸せません。そもそもそんな力がありません。その上であなた方は私たち3人の生活の保障と、魔族の脅威が去ったら元の世界に帰還する術の提供をお願いします」
これが俺の見いだせる妥協案だ。申し訳ないが、勇者として選ばれた直人には生贄になってもらう。その犠牲の上で、俺たち3人の生活保障を得る。さらに終わった後に元の世界に帰還する。俺たち二人がすぐに帰る、という方法もあるが、それだと直人本人の扱いがどうなるかわかったものじゃない。監視役としても残る必要がある。
「えー、帰っちゃうの?」
後ろから余計な言葉が聞こえたが、無視する。こいつ、本気で残るつもりなのかよ。
「………申し訳ありませんが、その案を飲むことは出来ません」
しばらくして、俺の案を吟味していたフィリーナ様は、緩やかに首を横に振った。
自壊に続く~