9話 支配された村。
「サトゥン様、サトゥン様」
「……ぅぅ……ん……?」
「サトゥン様、おはようございます」
「お、おはよう……アイーシャ」
勇者の襲撃から一夜が明けた今日。
俺は異世界に来て初めての朝を迎えた。
「ぅぅん……はぁぁ……」
あの後アイーシャに連れられ寝室へと向かった俺は、トリプルサイズくらいありそうなベットに倒れるように横になり、すぐさま眠りについてしまった。
よくよく考えればあの時、俺は夜の寝室にアイーシャと2人っきり。
重いくらいの好意を向けてくる彼女が、欲情して襲ってきてもおかしくない状況だった。
何となく鼻息も荒かった気がするし。
「いやぁ、それにしても気持ちいい朝だな」
「そうでございますね」
この世界にも眩しいが太陽が登り、窓から暖かい光が差し込んでいる。
これだけ気持ちいい朝を迎えられているんだ。
昨日は特に何も無く気持ちよく眠りにつけたということだろう。
疑ってごめんね。アイーシャさ……。
「……ん!?」
俺は気づいてしまった。アイーシャの顔が露骨に緩んでいることに。
頬もほのかに赤らんでいるようだし、何やら股をスリスリと擦り合わせている。
なぜ彼女はこんなにも機嫌が良さそうなのかはわからない。
何だか怖い。非常に怖い。
「サトゥン様、私が着付けを手伝わせていただきます」
「……あ、ああ……ありがと––––」
んんーーーーーーーー?
着ている服に目線を落とした俺は、気づいてしまった。
ボタンが一つズレていることに。
何でズレているのかはわからない。
しかし俺の服のボタンは、明らか偶然ではあり得ないようなズレ方をしていたのだ。
これはもしや……。
「ア、アイーシャ……」
「どうかされましたか?」
「服のボタンがズレてるんだけど……」
「おそらく寝ている間にでもズレてしまったのでしょう」
「いや……それはありえな––––」
んんーーーーーーーー?
ベットから立ち上がった俺は気づいてしまった。
ズボンが前後ろ反対になっていることに。
なぜ尻ポケットが前に来て、社会の窓が肛門側に行っているのかはわからない。
しかし俺のズボンは、明らか人の手によって故意的に反対にされていたのだ。
これは間違いない。
間違いなくアイーシャが俺のズボンを……。
「ア、アイーシャさん……ズボンが前後ろ反対なんだけど……」
「おそらく寝ている間に履き違えてしまったのでしょう」
何とも清々しいほどの言い逃れっぷりだ。
それはどう考えてもあり得ない。
そもそも俺は、無意識にズボンを脱いで、わざわざ反対に履き直すような変態じゃないぞ。
「アイーシャ……それはちょっと言い訳が苦しいと思うぞ……?」
「言い訳ですか? はて、なんのことでしょうか?」
なるほど。
あくまでとぼけるつもりらしい。
寝ている間に何をされたか想像すると怖い。
が、特に覚えているわけじゃないので、今回はまあ良しとしてやるか。
「まあいいや……それよりアイーシャ。今日の予定は何かあるのか?」
「私は偶然にも今日の予定は空いておりますが……くふっ」
「いやそうじゃなくて……」
なんだろう。
朝からノリがきついぞこの人。
「お前の予定じゃなく……俺の予定のことを聞いているんだが……」
「はっ……そうでございましたか。私ったら」
照れんな照れんな。
その可愛い態度に一瞬騙されるんだよ。一瞬な。
「それで……俺の予定は?」
「はい、本日サトゥン様のご予定は特にはございませんが、先程ガイオンが支配下にある人間村、ラタト村のことについてお尋ねしたいと申しておりました」
「ラタト村か……」
そういえば昨日作業室に行った時、そんな話をしてたな。
俺たち魔族は、とある村を支配下として置いている。
しかし最近は勇者たちの活動が活発化してきたことにより、その村の支配を保つことが難しくなってきているらしい。
まあ異世界の正義と悪の間じゃ、よくありそうな話だ。
「わかった、すぐガイオンの話を聞こう」
「かしこまりました」
そうして俺はその場を立ち上がり、アイーシャに着替えを手伝ってもらった。
その際、彼女の息遣いがだんだん荒くなっていくことに気がついたが、不思議とあまり気にならなかった。
慣れって怖い。本当に。
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「サトゥン様、ガイオンを連れてまいりました」
俺が玉座に座り待っていると、アイーシャに連れられたガイオンがやってきて、目の前にひざまずいた。
これだけ強そうな人にひざまずかれると、何だか恐縮してしまう。
「あ、ああ、わざわざすまないねガイオン」
「とんでもございませんサトゥン様」
「それで? 俺に尋ねたいことってのは?」
「はい、実は最近支配下にある人間村からの貢物が減っておりまして」
「貢物?」
「本日我が出向いて、村の状況の確認をして参ろうかと思った次第であります」
貢物というとあれか。
俺たちはその村から何か施しの品を受け取っているということか。
もしそうだとしたらまずい。
間違いなく村の人たちは、俺たち魔族のことを良く思っていないだろう。
魔王のイメージアップのためにも、この問題は何とかしなければ。
「そのためサトゥン様の許可を頂きに参りました」
「待てガイオン」
ここでガイオンに任せてしまったら状況は悪くなる一方。
魔族としては好ましくないのだろうが、ここは俺が出向いて村の人たちとの交流を深めたい。
「俺も行く」
「サ、サトゥン様がですか!?」
「うん、俺が行くことで村の人たちの忠誠心も上がるだろうし」
「し、しかし……サトゥン様にそんな御足労をおかけするなど……!」
「気にしてくていいよ、どうせ俺暇だし」
そう。俺は暇なのだ。
昨日は勇者たちが攻めてくるというイベントがあったからまだいいが、何か事が起こらない限り俺はずっとここに座ったまま。
いくら座り心地がいいとは言え、これほどまでに椅子に座っている時間が長いと痔になってしまう。
「で、ですが……」
「アイーシャ、俺今日出かけるから」
「かしこまりました」
「お、おい……アイーシャ……」
「サトゥン様にも何かお考えがあるのだろう」
「し、しかし……」
「ガイオン、お前は頑固すぎるのだ。もう少し事を柔軟に考えたらどうだ?」
「あ、ああ……そう……かもしれないな……」
よく言ったアイーシャさん!
俺の肩を持ってくれるなんて、さすがは俺の執事なだけある。
これで中身がアレじゃなかったら最高なんだけど。
「サトゥン様、ただ今ご支度をいたします」
「うん、ありがとう」
「わ、我も準備してまいります」
そうして2人は玉座を後にした。
しかし異世界の村ってどんな感じなんだろう。
とにかく今日は、村の人たちと少しでも仲良くなることを目標に頑張りたい。
間違ってもガイオンのペースに持って行かれないように、俺がガンガン指示を出して行かなければ。
俺が命令さえすれば、彼は逆らえないはずだしね。
「よしっ、行くか」
そう呟いた俺は名残惜しくも、座り心地のいい椅子から立ち上がった。
俺自身のイメージアップのために。
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「サトゥン様。こちらへ」
「おう、しかしこの世界にもこんな場所があったとは」
「ラタト村はこの先でございます」
魔王城を一歩出ると、そこは森に囲まれた自然あふれる世界だった。
目指すラタト村は、魔王城からそこそこ離れた距離にあったため、転移魔法を使ってここまでやって来たのだ。
「本当に驚いたよ。まさかこんな一瞬で移動できるなんて」
この技術はあれだ。現世で言うところの『どこでもド○』と一緒だ。
これだけ楽に移動できるとなると、やっぱりのび○くんたちは羨ましい。
まああれはマンガの中の話なんだけども。
「あの村がラタト村になります」
「あそこか」
ガイオンに案内されやって来たのは、いかにもファンタジー世界にありそうな小さな村だった。
森を抜けた先にひっそりと佇むその村は、木の枝や藁をかき集めて造られた家が並んでおり、村人の服装も決して裕福とは言えない。
この村を支配下にしてしまっていると思うと、なんだか胸が痛い思いだ。
「ただいま村長に話をつけて参ります」
そう言うとガイオンは、躊躇なく村の中へと入って行った。
魔族が来たとわかった村人たちは、ガイオンのイカツイ姿を見るなり慌てふためき、揃って同じ言葉を口にしていた。
「魔族が来たぞ……」
彼らにとって俺たちは、そんなにも恐ろしい存在なのだろうか。
姿を一目見るだけで慌てふためくような。
それではまるで悪魔ではないか。
魔族と悪魔の違い、正直俺にはわからないのだが。
「サトゥン様、お待たせいたしました。ただいま村長と話をつけて参りましたのでこちらへ」
「あ、ああ」
そうして俺はガイオンに連れられるまま、村の中へと入って行った。
すれ違うたびに姿勢を低くし、ひざまずいて見せる村人たち。
そんな彼らの表情は氷のように冷たく、全身から恐怖が滲み出ているのがわかった。
これほどまでに魔族が恐れられているとなると、俺のイメージアップをするのにも相当の努力が必要だろう。
こりゃ参った。どうしよう。
「こちらです」
案内されたのは、村の中でも一回り大きい家。
玄関には手作りであろう日除けのれんが置かれており、俺はその隙間を屈むようにしながら中へと入った。
「おじゃましまーす……」
中の造りは思ったよりも綺麗で、生活に必要な家具などが置かれている。
奥には椅子に座ったおじいさんがいるので、おそらくあの人がこの村の村長だろう。
「村長よ、先程も申した通り今日は魔王サトゥン様が直々にお越しになられている。くれぐれも失礼のないように」
「ま、魔王様……お初にお目にかかります」
「あ、ああ、うん」
俺の姿を見るなり、村長は深々と頭を下げる。
こんなご年配の方に頭を下げられるなんてすごく新鮮だ。
本当に魔王ってすごいんだな。
「それで……今日はどういったご要件でしょうか?」
「うむ、今日我らが足を運んだのは他でもない。近頃お主らの貢物の量が減っているだろう? それについて話を聞かせてもらおうと思ってな」
「あ、ああ……そうでございましたか」
「お主に尋ねよう。なぜ貢物の量を減らしているのだ?」
「そ、それは……」
ガイオンの尋問的な問いに、村長の額には大粒の汗が浮かんでいた。
まあこれだけイカつい人にグイグイ来られたら、そうなるのも当然か。
「どうした。何かお主らの都合の悪い理由なのか?」
「い、いえ……そういうわけでは……」
ガイオンが食い気味に聞けば聞くほど、村長の表情は険しくなっていく。
おそらくこれは、彼らにとって都合の悪い理由が何かあるのだろう。
理由を述べたら俺たちに罰を与えられるとでも思っているのだろう。
村人たちの怯え方を見れば、俺たちの恐ろしさが嫌でもわかる。
「さあ、早く理由を述べよ」
「うぅ……それは……」
もう見てらんないな。
このままだと状況は、さらに悪くなってしまう。
ここは俺が仲介して、事を温厚に収めるしかない。
「まあ、待て待て」
「サ、サトゥン様……どうかされましたか?」
「村長さんを脅してどうする。ここは俺が聞くから」
「し、しかし……」
「それで村長さん。俺たちに貢物を送れない理由をお聞きしても?」
「ま、魔王様……そ、それは……」
「大丈夫ですよ。俺はあなたたちに危害を加えたりしませんから」
「そ、それは本当でしょうか?」
「ええ、本当です」
「……じ、実は……」
俺が危害を加えないことを約束すると、村長はようやく固い口を開いてくれた。
村長の話を聞くところ、やはりこの村はかなりの貧困らしい。
魔族に支配された直後は、要求通りの貢物を用意できていたらしいのだが、最近になって採れる作物の量も減り、村人の生活を支えるので精一杯になっているそうだ。
仕方ないとは言え、このような事情があることを魔族に打ち明けてしまったら、村ごと消滅させられてしまうと思ったんだそうな。
まあ今日来たのがガイオンだけだったら、確かにそうなってたかもしれない。
「なるほど、事情はわかりました」
「ですから魔王様……どうか村人の命だけは……」
「そこは安心してください。約束通り危害を加えるようなことはしませんから」
「あぁ……ありがとうございます……」
とはいえ、状況はよろしくない。
ここへ来た時にも思ったが、この村の貧困さはかなりのものだ。
村人の服はボロボロ、髪は長くてボサボサ。
そんな状態が続いたせいか、1人1人の表情も暗い。
おそらくこのままだと、貢物が減るどころか、この村自体がなくなってしまう可能性もある。
「そうとなればやることは一つしかないか」
「サ、サトゥン様?」
「ガイオン、今日から俺たちはこの村の支援を行う」
「し、支援ですか!?」
「うむ、貢物の量が減っているのもこの村がどんどん貧困になっているせいだ。この村がなくなってしまったら貢物もクソもなくなってしまうからな」
「それはそうですが……魔族である我々が人間に手を貸すなど考えられません」
「まあ何にでも初めてはある。ここは俺の命令だと思って力を貸してくれ」
「か、かしこまりました……」
「ということで村長さん。微力ながら俺たちもこの村の力にならせてもらいますね」
「それは本当ですか魔王様! なんとお礼申し上げたらよいか!」
「お礼なんて。それよりもまずはこの村の状況が詳しく知りたい。村長さん、案内していただけますか?」
「もちろんでございます。どうぞこちらへ」
そうして俺は、この村を危機的状況から救うべく立ち上がった。
なんか今の俺、正義のヒーローみたいで少しカッコいい。
魔王だけど人間の村救うなんて、常識から外れててすごくやりがいがあると思う。
しかしそんなことを思っているのも俺だけなのだろう。
ガイオンは未だに納得できていない様子だし。
だけど俺はやる。眷属のみんなから反対されたとしても。
だってこれ以上、誰かに命を狙われるのは嫌だから。
最後まで読んでいただきありがとうございました!
第二章と肝になるのが今回登場したラタト村です。
この先どうなって行くのか、楽しんでいただけたら幸いです!