7話 俺は決める。
「サトゥン様、サトゥン様、ぜひ」
「…………んあ?」
俺が目を開けると、そこは先ほどの作業室だった。
目の前にはアイーシャ、ガイオン、レクシーアの3人がいて、全員が俺の方に視線を向けている。
どうやら俺は勇者たちに殺されて、数分前に戻されたらしい。
「サトゥン様、ぜひご意見を頂戴したいのですが……」
「意見……?」
「ぜひサトゥン様の素晴らしきご意見を」
ああなるほど。
俺はあの時まで戻って来たのか。
作戦室でアイーシャに指示を仰がれたあの時。
そこで俺は「最前線に全ての戦力を!」とか言ったんだっけか。
今思えばバカ丸出しな命令をしたと後悔すらできる。
「ああ……そうだなぁ……」
先ほどのように最前線に全精力を注ぎ込めば、おそらくまた俺は勇者たちに殺される。
かと言って俺に戦力を集めても、前線で戦っている人たちが持ちこたえられるかわからない。
これはどうしたものか。
「やはり北側に戦力を集めるべきでしょうか?」
「い、いや待て……」
確か戦況は俺たちの劣勢。
ここは前線に戦力を回しつつ俺を護らせるのが無難だろう。
いや、それしかない。
「アイーシャ」
「はい、サトゥン様」
「今城に残る戦力の半分を前線に回せ。残りの半分は城内に残り侵入者の撃退だ」
「し、侵入者ですか?」
「ああ、おそらく今正面衝突している部隊はフェイクだ。本当の敵はすでにこの城に侵入している可能性がある」
「な、なんと……それは本当ですか」
「うん、俺の勘だけど」
まあ勘じゃなくて確信なんですけどね。
「さすがサトゥン様。私たちでは思いもしなかったご意見。深く尊敬いたします」
「い、いやぁ……別に大したことはないけど」
「そうと決まればガイオン。お前は前線の援護にまわれ」
「了解した」
「レクシーアは私と共にサトゥン様の護衛だ。城に残っている兵の半分をサトゥン様の護衛として用意しろ」
「かしこまりました」
よし、これでさっきと違う展開になった。
これなら俺がぶった切られることもないだろう。
多分。
「それでは全員行動に移れ。サトゥン様、私たちは3階の玉座に移動しましょう」
「お、おう」
そうして俺は再び、3階にある初期部屋へと向かった。
運命が変わることを願いながら。
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「アイーシャ様、護衛の兵をご用意いたしました」
「よし、総員城内の警戒にあたれ」
先ほどは俺だけだったこの初期部屋に、多数の兵士たちが続々とやって来た。
この状況なら間違いなく、勇者たちのステレス攻撃も失敗に終わるだろう。
不意打ちを狙っているならこの状況は最悪だし、そもそも攻撃を仕掛けてこない可能性だってある。
そうしてもらった方が誰も怪我しないし俺的には嬉しいんだが。
「サトゥン様、敵はどの辺りから来られるとお考えでしょうか」
「うーん、多分あっちの方」
アイーシャにそう尋ねられ、俺は多分ではなく確信の場所を指差した。
「あとおそらく俺たちに見つからないように透明になってるから気をつけて」
「なんと……不可視の魔法を使うところまでお見通しでしたか」
「いやまあ……」
まあ実際それで一度ぶち殺されてるからね。
「総員あの辺りを警戒しろ。敵は不可視の魔法を使っているぞ」
俺の助言で辺りの緊張もより一層増して来た。
おそらく勇者たちが攻めてくるのは、もうそろそろのはず。
これだけ備えたんだから生きてこの先に進みたい。
「アイーシャ様、念のため魔法ジャミングの結界を設置いたしました」
「なるほど、そうすれば敵の不可視も無意味ということか」
「はい、おそらくこの玉座に入って来た直後に魔法が解けるかと」
ナニナニ。
魔法をジャミングできる結界なんてあるの?
王座に入った瞬間姿がバレるって、いよいよ俺たちの優勢じゃないか。
何だか勇者さんたちには、すごく申し訳ないことをしている気がする。
「不可視に注意する必要はない。敵を見つけ次第拘束しろ」
素人の俺が見ても、今の状況がいよいよやばい。
勇者たちが攻めてくる入り口のところを、芸能人の出待ちみたいに囲んで、しかも入って来た瞬間ステレス機能無効化してしまうときた。
もしかして死んだら過去に戻るこの能力。
これは一種のチート能力なのではないだろうか。
これはぜひ勇者さんたちには、お帰り願いたいところだ。
「頼む帰ってくれ……! 安全なご帰宅を……!」
俺がそう願っていたのもつかの間。
またあの決まったセリフが、部屋の中に響き渡る。
「見つけたぞ! 魔王サトゥン!」
「来ちゃったよぉー……」
そのセリフの後、部屋の中には続々と武装した女性たちが入ってくる。
見つけたぞ! じゃない。
今見つかっているのはあんたらの方だ。
「今日という今日は絶対に倒す! 魔王サトゥン!」
しかも勇者たちは、なんの懸念もなくセリフを吐き続ける。
もしかしてこの人たちは、自分たちの姿がバレバレだということに、気づいていないのだろうか。
「よし、今奴らは私たちを視認できないでいる。今のうち仕留めるぞみんな!」
「「おー!」」
うん間違いない。
彼女たちは俺たちに姿が見えていないと勘違いしている。
これはどうしたものか。
見てるだけで可愛そうになってくる。
「行くぞみんな!」
「「おー……?」」
「ど、どうしたの? 見つかっていない今のうちに……!」
おっと。
何やら勇者たちが首を傾げて戸惑っているようだ。
これはもしかしたら自分たちが透明じゃないことに気がついたかもしれない。
「ねぇねぇエミリ。エミリの姿丸見えだよー」
「ほ、本当だ! そういう2人こそ丸見えだよ!」
「「えっ……!?」」
互いに透明じゃないことを指摘しあった勇者たち。
それぞれ自分の姿を確認して「本当だ! 本当だ!」ってなっている。
よかった気づいてくれて。
まあ、もう遅いんだけど。
「貴様たち、運が悪かったな」
「な、なんで透明化が解けて……」
「そんな小細工がサトゥン様に通用すると思うか?」
「くっ……作戦は完璧だったはずなのに……」
「残念だったな、サトゥン様は全てお見通しなのだ」
「なんだと……」
アイーシャさんやめてあげて。
実質俺あの人たちにブチ殺されてるから。
あの人たちの作戦でまんまと命奪われているから。
「すぐに奴らを拘束しろ」
アイーシャの指示で周りで待機していた魔族たちが、見え見えの勇者たちを拘束にかかった。
勇者たちは必死に抵抗していたが、やはり数が圧倒的にものを言い、あっさりと縄で縛られてしまった。
これで俺が死ぬ未来を回避することができたのだが、どうも少し後味が悪い。
「サトゥン様、この者たちはいかがいたしましょうか」
「んー……」
アイーシャは俺の元に、拘束した勇者を連れてきた。
俺にどうするか聞いてきたということは、この人たちの処遇は俺に任せるということだろう。
そうとなればできるだけ平和に事を収めたい。
「アイーシャ、外ではまだ戦闘が起こっているのか?」
「はい、未だ決着はついていないかと」
「んー……それじゃすぐに外の勇者たちに知らせてくれ」
これはおそらくチャンス。
命を狙われるほどに恨みを買っている俺のイメージをアップするには今しかない。
魔王がこの世界にとって悪ではないと、知ってもらうのだ。
「この人たちを解放する代わりに、魔王城から手を引いてくれって」
「!?」
俺がそう言った瞬間、この場にいた誰もが驚きの表情を浮かべた。
それは無理もない。
だって俺はこの世界で最も悪しき存在の魔王なのだから。
普通だったらその場で打ち首なんだろうけど、そんな残酷なことは俺の本望ではない。
できるだけ犠牲は減らしたいからね。
「で、ですがサトゥン様……せっかく勇者の身柄を拘束できたのですから、こいつらを利用して……」
「そんなのはダメだ、俺はこれ以上この戦いで犠牲を出したくない。だから勇者たちには拘束したこの人たちを解放するのを条件に魔王城から手を引いてもらう」
「で、ですが……」
「アイーシャ、これは命令だ」
魔王がこんな綺麗事を言っていいのかはわからない。
だけど俺はこんな身分になった今でも、人が犠牲になるところを見たくはない。
これは魔王としての判断ではなく、佐藤広樹という1人の人間としての意見だ。
眷属のみんなには申し訳ない事をした。
そのことはちゃんと理解してる。
「かしこまりました……」
「わかればいい」
そうしてアイーシャは俺の指示通り、拘束した勇者たちを連れて城の外へと向かってくれた。
彼女に連れられこの部屋を後にする勇者たちは、揃って戸惑いの色を浮かべていたが、とりあえず今は彼女たちが助かった事実だけで十分だ。
『魔王が悪である』
そんな固定観念がもしこの世界にあるのだとしたら、俺はそのイメージをぶっ壊してやりたい。
もちろんそれはこれ以上自分の命を狙われないため。
その過程で俺たち魔族のイメージが良くなるのだとしたら、それはそれでラッキーなことだ。
もしそれで魔王が『誰からも恨まれない正義のヒーロサイド』になれるのだとしたら、俺はぜひそうなってやりたい。
せっかく異世界に来て魔王になったんだ。
権力つかって世界を混沌の淵に追い込むなんてヌルいことはしたくない。
「世界を救う方が断然面白いしな」
俺がそんなことを考えている間に、外で起きていた戦闘は落ち着いたらしい。
拘束した勇者たちも無事に仲間の元へ引き渡されたみたいだし、彼女たちもこれを機に魔王城を攻めてくるのを控えてくれれば助かる。
ここからだ。ここから俺の改革がはじまるんだ。
もちろん上手くいくとは思わない。
だって魔王のイメージは世界最悪。
それが覆る確率の方が低い。
だけど俺は覆す。
それがお人好しと呼ばれた俺の、自分流の生き方であるから。
最後まで読んでいただきありがとうございます!
この話で序章の部分は結びになります。
ここから本編に入っていくので、引き続き楽しんでいただければ幸いです!
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