5話 そしてイベント。
「サトゥン様、続いてはこちらになります」
「うむ」
ヴィネの部屋を後にした俺たちは、同じ2階にある大きめの部屋にやって来た。
そこでは何やら大勢の人たちが働いており、みんな揃ってメイドの格好をしている。
内装はホテルの厨房のような作りで、おそらくあのグロテスクな料理を生み出したのはこの場所だろう。
「こちらは作業室になります。主に食事などを作る際などに利用されることが多いですが、他にも用途はたくさんございます」
「例えば?」
「例えば……実験とか」
「じ、実験……?」
実験っていうと小中学校の頃よくやった理科のやつだろうか。
どうも魔族の実験って聞くと、良いイメージが全然湧いてこない。
まさか人体実験とか恐ろしいことしてないよね。
「まあ……しかし、この城にはこんなにメイドがいるんだね」
「はい、この城で働いているメイドの拠点がこちらの作業室になっております」
「なるほど。確かこの部屋、城のど真ん中にあるもんな」
魔王城は3階建。
俺がさっきいた初期部屋が3階で、サヴィルがいた大ホールが1階だから、この作業室はちょうどその中心に位置するというわけだ。
ここなら上に行くにしても下に行くにしても、移動が楽だし作業がしやすくなるのも納得できる。
––––いらっしゃいませサトゥン様。
俺の姿を見つけるなり、作業していたメイドたちは、揃って頭を下げる。
何だかこの感じ、大規模なメイド喫茶に来た気分だ。
友達に連れられ一度だけ行ったことがあるが、正直思っていたよりも全然楽しい場所だった。
もう一回くらい行ってもいいとか思ってたりもしたので、この待遇はちょっと嬉しい。
「良きかな良きかな」
俺が1人目の前の光景に満足していると、
「あっ、サトゥンしゃまだぁ!」
凄く可愛らしい少女が、俺の元へと嬉しそうに駆け寄って来た。
白くて長い髪に瑠璃色の瞳をした小さい女の子で、黒いワンピースを纏うその姿はまさに小悪魔のようだ。
まあ絶対この子も魔族なんだろうけど。
「サトゥンしゃまぁ、サトゥンしゃまぁ」
「よしなさいレムリー」
アイーシャの言葉を気にする様子もない少女は、俺の腹に顔をくっつけ、笑顔でぎゅっと抱きついてきた。
なんだろうこの状況。
白髪のロリっ子に甘えられている。
別に俺はロリコンではないが、決して今の状況は悪くはない。
何なら良い。
「サトゥンしゃまぁ、サトゥンしゃまぁ」
「おほほっ……」
「サトゥンしゃまぁ、サトゥンしゃまぁ」
「おほほっ……おほほほっ!」
もっとぎゅっとしていいよ! もっと頬を擦り付けていいよ!
何なら俺もぎゅっとしちゃおうかなーなんて……。
「サトゥン様……」
「んがっ……?」
今俺の後方から凄く低い声が聞こえてきた気がする。
俄かには信じがたいが、今のはもしかしてアイーシャさんの声ですか?
だとしたら恐ろしすぎて後ろを振り向けないんですが。
「サトゥン様……どうされたのですか……そんなに嬉しそうになされて……」
「い、いや……別に嬉しくなんか……」
「お顔……少し緩んでいらっしゃいますよ……」
「ナニッ……!!」
ついうっかりしていた。
気をぬくとすぐ表情が緩んでしまうことを忘れていた。
危なかった本当。
とりあえずここは冷静に真顔で……。
「べ、別に何でもない。それよりアイーシャ、この娘は」
「はい……こちらはレムリー、魔王城幹部の1人でございます」
「こんな小さい子が幹部!?」
「そしてあちらにいるのが……」
愛らしいレムリーに気を取られていて気づかなかったが、俺の目の前には人が2人立っていた。
一方はすごくごっつくて大きい明らかな魔族で、もう一方はメイド服を着ている女性だった。
「サトゥン様、我はガイオンでございます。魔王城の幹部を務めさせていただいております」
「いらっしゃいませサトゥン様。私はこの魔王城のメイド長、レクシーアでございます」
そう言うと2人は、揃って俺に頭を下げる。
ごっつい男の方がガイオン、メイド服姿の女性がレクシーアというらしい。
「ということでこちらが幹部のガイオン。そしてこちらがメイド長のレクシーアになります」
「うむ、ところでアイーシャ。メイド長というのは一体なんだ?」
「はい、そのことに関しましてはレクシーアからご説明が」
「かしこまりました。メイド長とは、いわばメイドのリーダーでございます。掃除、食事、洗濯はもちろん、ありとあらゆることの中心に立ち、多数いるメイドたちの統括、戦闘の指揮、城の防衛、魔王であるサトゥン様の護衛などを任されている役職でございます」
なるほど。
魔王城にいるメイドのトップに立ちながら、重大なことも任されている。
言ってみればカリスマみたいな人だ。
「ほう、それはまっこと大義である」
「とんでもございません。全てはサトゥン様のために」
今まで様々な人と会ってきて改めてすごいと思うのは、この城にいる人たちの俺への忠誠心の強さだ。
魔王なのだからそれが当たり前なのかもしれないが、今まで他人にそんな風に扱われなかった俺からしたらなんだか新鮮で、こっちまでかしこまってしまう。
まあおそらく、そのうちこの状況にも慣れてしまうのだろうが。
「よし、これで何となくだけどこの城のことはわかった気が……」
いや待てよ。
そういえばまだアイーシャがどんな役目を担っているのか聞いていなかった。
これだけ近くにいてお世話してくれているのだから、俺にとても重要な役目なのは想像できるが。
せっかくだから聞いておくことにしよう。
「そういえばアイーシャ」
「はい、サトゥン様」
「4人の幹部とメイド長についてはわかったけど、アイーシャってここではどういった役所なんだ?」
「私はサトゥン様の執事でございます」
「執事?」
「左様でございます。執事とはサトゥン様を一番近くでお守りし、いついかなる時でもサトゥン様に全てを捧げることを最優先事項としております」
「いついかなる時でも……」
「はい、もちろんお望みならお風呂の時でも……夜おやすみになる時でも……」
「ゴクリ……」
おっと危ない。
思わず気持ちがそちらに傾いてしまうところだった。
けどこれだけ美人な執事についてもらえてるなんて、つくづく魔王という存在には驚かされる。
前いた世界ではまず考えられないからね。
「ま、まあアイーシャ、これからもよろしく頼むよ」
「お任せ下さい」
するとアイーシャは、俺に向けてお辞儀した。
その型の美しさは、確かに執事と呼ぶにふさわしいもので、チラリと見えている谷間もなかなかグッド。
あえて胸元の緩い服に着替えたのも、このラッキースケベを狙ってのものかもしれない。
さすがだ。
「それはそうとして、これでこの城に関する大体のことはわかった気がするよ。ありがとうアイーシャ」
「とんでもございません。また何か気になる点がございましたら、遠慮なく私にお申し付けください」
この世界に来て早半日。
ようやく自分を取り巻く現状を正しく理解することができた。
今の俺は魔王で、その配下にはたくさんの魔族たちが控えていること。
そしてそれをよく思っていない勇者と呼ばれる人たちが存在すること。
そのどれもが、ゲームや小説などでよく耳にする設定にも思える。
しかし、何かが引っかかる。
周りのことは知ることができたが、もっと身近な部分で。
俺自身のことで何かが……。
「……あ、そういえば」
「どうかされましたでしょうか」
そういえばこの世界の人たちは、どこか人間に近い姿をしている。
今俺の目の前にいる人たちだって、おそらくは魔族なんだろうが、その姿形は紛れもない人間。
ということは、現在魔王になった俺の姿も、元々の俺の姿とさほど変わらないものなのだろうか。
こちらの世界に来て自分を見る機会などなかったから、今自分がどんな姿になっているのか正直気になるところではある。
「誰かこの中で鏡を持っている人いる?」
「申し訳ございませんサトゥン様。あいにく私は持ち合わせていません」
「サトゥン様、鏡なら私が」
「おう、助かる助かる」
さすがはメイド長のレクシーアだ。
服のポーチから手鏡を出して、俺に貸してくれた。
「ありがとなレクシーア」
「とんでもございません」
「キッ……」
俺がレクシーアに礼を言うと、なぜかアイーシャから鋭い視線が飛んでくる。
別に鏡借りるだけなんだからいいじゃないの。
「そ、それじゃありがたくお借りして」
こっちの世界に来て自分の姿を確認するのは初の試みだ。
もしバケモノみたいな姿だったらどうしよう、という不安は少しあるが、魔王である自分の姿をせっかくなら拝んでおきたい。
俺は少し緊張しながらも、借りた手鏡のフタをゆっくりと開いた。
「えーっと……んんー……ん? あれ?」
そして映し出された自分の顔を見てこう思った。
「何も変わってなくね……?」
鏡に映った顔は紛れもなく俺、佐藤広樹の顔のままだった。
よく見ると頭に2本の黒い角が生えているようだが、それ以外は紛れもなく元々の俺。
あまり注目していなかった服装も、いざ鏡越しに見ると少し派手に感じてしまうほどだ。
これはどっからどう見ても魔王ではなく、魔王にコスプレしただけのただの大学生。
全くそれらしいオーラがない。
「んー……今の俺の姿って実際のところどう……?」
「どう、とは一体……」
俺の質問に、アイーシャは首を傾げそう呟く。
もちろん他のみんなも。
「いやぁー、魔王っぽいかなぁーと思って」
「何をおっしゃるのですか。サトゥン様はいかなる時でも魔王らしい素敵なお姿をしておられます」
「そ、そう?」
アイーシャがそう思うのはわかった。
しかし他のみんなはどうだろう。
「ガイオンはどう思う?」
「はい、サトゥン様のお姿はとても崇高なる素晴らしきものだと我は思います」
「なるほど、レクシーアは?」
「サトゥン様のお姿は私たち魔族の頂点に立つにふさわしいお姿かと」
「なるほどなるほど、レムリーは?」
「はい! サトゥンしゃまはいつでもかっこいいであります! レムリーはサトゥンしゃま大好きでありますよ!」
「なるほどなるほど……だ、大好き!?」
ロリっ子に大好きって言われた。
いい歳した俺からしてみれば、そんなの嬉しいに決まっている。
ああ癒されるなー。
この子まじで可愛いなぁー。
「だ、だいしゅき……ウヒッ……ヒヒヒ……」
「……サトゥン様」
「!?」
再び背後から凄まじく恐ろしい「……サトゥン様」が聞こえてきた。
もしや今のもアイーシャさんですか……?
マジで怖くて後ろを振り向けない。
「サトゥン様、そんなに嬉しそうにどうかされましたか」
「……ああ、いや……」
「そんなにレムリーがいいですか……」
何その過度な嫉妬。
間違いなくこの人ヤンデレやないかい。
ちょっと怖すぎるから平和に行こうよ。
「……な、何を言ってるんだアイーシャ! 俺はみんなの反応が良かったから喜んでいるだけだぞぉ!」
「……そうでございましたか。私はてっきり可愛いロリっ子に好意を向けられウハウハ喜んでいるのかと。私の勘違いでございました」
うん、何一つ間違いはございませぬ。
しかしこうなっては、俺もうかつに鼻の下を伸ばせない。
これが女の勘というやつだろうか。
恐ろしすぎる。
「ま、まあ……なんだ……とりあえず俺が普通みたいで安心したよ……」
「失礼ながらサトゥン様、どうしてそのようなことをお尋ねになるのですか?」
そう尋ねてきたのはレクシーアだった。
まあ突然そんなことを聞かれたら、誰だってそう思うだろう。
しかしここで「他の世界から転生してきたから」なんて言えない。
さてどうしたものか。
「い、いや……別に深い意味はなくてですね。少し気になっただけというかですね」
「そうでございましたか」
「そ、それよりもガイオンたちはここで何してたんだ? ここは作業室だろ? レクシーアはメイド長だからわかるが、なんで幹部のレムリーとガイオンがいるんだ?」
俺が苦し紛れにそう尋ねると、ガイオンが事情の説明を始めた。
「サトゥン様、我らは話し合いの時間を設けておりました」
「話し合い?」
「はい、我らは現在支配下にあるラタト村の今後の支配方針を練り直していました故に、こちらの部屋を利用しておりました」
「し、支配?」
魔族が村を支配って、まさかそんな現実が本当にあるとは思わなかった。
そりゃ勇者たちも、俺の命を必死こいて狙ってくるわけだ。
「しかし最近、勇者たちの動きが活発化してきており、支配下に置かれた村の存続が危ぶまれてきております」
「なるほどなるほど……」
そりゃ魔族の手に落ちた村があれば、必死こいてその手から解放しようとするのは当然だ。
ということはつまり。
この先も命が狙われることが少なからずあるということか。
もしまた死んでしまったらどうなるのだろう。
またあの無限ループに突入してしまうのか?
ぶっちゃけもうあんな思いをするのは嫌なのだが。
「もう嫌だな無限ループ……」
俺がそんなフラグを立てた瞬間。
––––ドドーン
魔王城の外で何やら凄まじい音が鳴り響いた。
「く、空襲か!?」
「……皆の者、サトゥン様をお守りしろ!」
アイーシャの指示で、その場の雰囲気がガラッと変わった。
これはもしや最速フラグ回収というやつではないだろうか。
ちょっとタイミングが良すぎて、正直焦りを隠せない。
「アイーシャ、一体何が……?」
「わかりません。ですがご安心ください。サトゥン様は必ずや私たちがお守りします」
どうやら俺はお守りしていただけるらしい。
なんだか申し訳ないです本当に。
「アイーシャ様ぁ……!」
「どうした」
俺たちが状況を掴めずにいると、一人の魔族らしき男がかなり焦った様子でやってきた。
「城が攻撃を受けました……!」
「何っ、族は」
城が攻撃を受けたのか。
そりゃあれだけでかい音がなるのも納得だ。
てかそんなことよりも、なんだろうこの気持ち。
さっきっから感じる謎の嫌な予感。
お守りされている身で申し訳ないけど、族の正体って絶対あの人たちでしょ。
というか魔王城を狙ってくる奴らなんて、あの人たち以外いないと思う。
「現在魔王城は、勇者たちによる襲撃を受けています……!」
ほらやっぱり。
最後まで読んでいただきありがとうございました!
引き続き次回も読んでいただけたら幸いです!