3話 旨味はグロみ。
この世界に来て1時間は経過しただろうか。
勇者らしき女性に襲われて以降、俺はすることもなく、椅子に座って1人ぼーっとしているだけだった。
その間、部屋の入り口には、メイドさんが2人ほどずっと立ちっぱなしで待機していた。
最初こそ何をしているかわからなかったが、おそらく彼女たちは、俺の護衛か何かでずっと立ってくれているのだろう。
そのことに気づくと、なんだかすごく申し訳ない気持ちになってくる。
「はぁ……」
それにしても俺は、本当に魔王になってしまったのだろうか。
正直言って、まだ全然実感が湧いてこない。
ついさっきまで「らっしゃいあせ〜」とか言ってた企業の使いっぱしりの学生が、いきなり「サトゥン様」とか慕われる立場になったら、そりゃ誰だって驚く。
それに『魔王』という謎のチョイス。
せっかくなるなら俺はダークサイドよりも、勇者みたいな正義のヒーローサイドになりたかった。
そっちの方が気が楽だし、誰からも恨まれずに済むだろうし。
「なんだかなぁ……」
「失礼いたします、サトゥン様」
「あ、ああ、どうしたのアイーシャ」
「お食事をお持ち致しました」
「お食事?」
そう言われてみると、確かに少しお腹が空いているかもしれない。
バイト上がりでこっちの世界に直行したから、夜ご飯もろくに食べていないし。
「お待たせ致しました」
「え、えーっと……これは何?」
「本日のディナーでございます」
ワゴンカートに乗せられている料理は全部で4品。
その全てにドームカバーが付けられており、どことない高級感が感じられる。
まだ内容は確認できていないが、これをわざわざ用意して運んで来てくれたらしい。
「もしかして俺のために?」
「もちろんでございます。サトゥン様のお口に合えば、私アイーシャこれ以上にない幸せでございます」
「これ全部君が作ったのか?」
「いえ、違いますが」
「いや違うんかい」
まあ誰が作ったかは良しとして、俺のために夕食を用意してくれるなんてありがたい話だ。
「わざわざありがとう」
「……サ、サ」
「サ?」
「サ、サ、サトゥン様……」
「……はい?」
「……くふっ」
「……………………」
なんだろう。
微かに笑っている彼女の表情が、なんだか不気味だ。
頬は微かに赤らんでいるようだから、おそらく照れていることには照れているのだろうが。
この微笑みの裏には、何かありそうな気がしてならない。
「ま、まあ……それじゃせっかくだから頂こうかな」
「今ご用意いたしますので少々お待ちください」
するとアイーシャは、親切にも料理につけられているドームカバーを次々と外してくれた。
まさにその姿は、高級レストランの美人ウエイターさんのようだ。
「サトゥン様、お待たせいたしました」
「ありがとうアイーシ……」
その料理を見た俺は、思わず言葉を失った。
カバーが外され現れたのは、とても美味しそうな雰囲気を纏う料理たち……ではなく。
「なあアイーシャ……」
「どうされましたでしょうか」
「これって……何……」
俺の目の前に運ばれて来たのは、今まで見たことないくらい食欲をそそられない料理ばかりだった。
なぜか全体的に赤黒いし、見たことないグロテスクな食材ばかり使われている。
そもそもこれを料理と呼んでいいのだろうか。
いや多分ダメだろう。
「こちら今夜の夕食になりますが……何かお気に召さないものがありましたでしょうか」
「いやあの……お気に召さないって言うか……とりあえず料理名を聞いてもいいかな?」
「はい、こちらシャドウバットの生き血炒め、こちらがマザーズスパイダーの串焼き盛り合わせ、そしてこちらがスリプリードッグの兜焼き、その隣が骨つきオーガになります」
「…………」
俺は全ての料理名をしっかりと聞いていたつもりだが、何一つとして理解できなかった。
シャドウバットとかいう聞いたことがない生物を生き血で炒めちゃっているみたいだし、クソでかい蜘蛛が何匹も串に刺さって焼き上げられているのがわかる。
更には、凶暴な犬みたいな兜が置かれている横に、骨付きカルビみたいなノリで骨つきの黄色い肉が、その圧倒的な存在感を主張して来ている。
こればかりは本当に理解できない。
「あのー……アイーシャ……」
「はい、いかが致しましたでしょうかサトゥン様」
「こ、この料理……」
「はい」
だめだ。
無表情ながら、めちゃくちゃキラキラした目で俺を見てくるこの人。
わざわざ俺のために用意してくれたのに、「こんなゲ○みたいなもん食えるかぁぁ!!」なんて言えない。
「いただきます……」
「どうぞご存分にお召し上がりください」
「う……うぅ……」
俺は嫌々ながらも、そのグロテスクな料理に右手を伸ばした。
一度は口元まで運んでみたものの、やはり食べる勇気は今の俺にはない。
そもそも見た目がやばすぎて全く食欲が出ないし。
これはどうしたものか。
食べないのは申し訳ないし、食べたとしても飲み込める自信がないぞ。
「サトゥン様、もしよろしければ私がお食事の手助けをさせていただきますが」
「て、手助け?」
「はい、私がサトゥン様にあーんして差し上げます」
「ナニッ!?」
そうかなるほど。
このグロい見た目の料理を、自分の手で口に運ぶことはおそらくできない。
でも人に食べさせてもらうなら、まだ可能性はあるかもしれない。
しかも相手は美女のアイーシャ。
こんなご褒美展開、一体誰が想像していただろうか。
まあ嫌なのには変わりないけど。
「……よ、よしっ! アイーシャ頼んだ!」
「本当によろしいのでしょうか?」
「おう、こい!」
「……くふふっ」
やはり……。
この人は無表情ながら、俺に少しデレてくれているらしい。
それ自体は凄く嬉しみの深いことなのだが、今はそれどころではないのだ。
「サトゥン様、お口を」
「あ、うん」
素直に口を開いてしまった。
何をしているんだ俺は。
正直こんなものを食ったら正気を保てる自信がない。
目の前のアイーシャの顔に汚物をぶっかける可能性だってある。
魔王になって早々、可愛い女の子に汚物をぶっかけたとなると、この後の俺の立場がなくなってしまうではないか。
嫌だ。嫌だ。嫌だ。
「あーん」
「……あ、あーん……うぅ……うぇっ……うぇ……」
うぇ?
俺は一瞬、自分の舌を疑った。
こんなゲ○不味そうな見た目で味がいいわけがない。
そう思い、舌の上で転がしながらしっかりと味を確認した。
しかしいくら確認しても……。
「どうでしょうか」
「……うまい」
今食べたのは、おそらくシャドウバットの生き血炒めだろう。
凄く優しい舌触りで、コウモリのお肉もとろけるくらいに柔らかい。
その上生き血の何とも奥深い鉄臭さ、これが絶妙にマッチしている。
「ありがたきお言葉」
はっきり言ってめちゃくちゃうまかった。
今まで食ってきた料理の中でもてっぺんを競うくらいにうまかった。
普段1人暮らしの俺が食べるものなど、家畜に与えられる餌と大差ないものばかりだ。
そんなものしか口にしたことのない俺に、これほどまでの美味を与えてしまったら……。
「アイーシャ! もう一口くれ!」
「はい、ただいま」
当然のごとく、食べる欲求からは逃れられないのだ。
俺はその欲求に身を任せ、次々とグロテスクな料理たちを味わっていった。
味はもちろん全て美味。
でっかい蜘蛛も、怖い犬の兜も、謎の骨つきオーガも。
どれも文句なしに絶品と言える料理ばかりだった。
でもなぜこんなやばい見た目の料理がこんなに美味しいのだろうか。
よく考えてみればどれもこれも血の香りが強いし、今までの俺だったら口に入れてすぐ吐き出していただろう。
「魔王になって味覚変わっちまったのかなぁ……」
「サトゥン様?」
「ああ、いや……なんでもない」
味は確かに美味しい。
しかし自分の味覚が変わってしまったことに、何も感じないわけでもない。
このまま俺は魔王に近づいてしまうのだろうか。
そんな不安を抱いてしまう自分もいる。
だからと言って、今自分が置かれている現状から逃げ出すわけにはいかない。
俺はこの世界のことをもっと知らなければいけない。
もちろん自分のことも。
「なあアイーシャ」
「はい、サトゥン様」
「食事が終わったらこの城を少し案内してくれないか?」
「案内……ですか」
「いやちょっとね、もう少し周りのことを知りたいと思って」
「サトゥン様は眷属たる私たちのことを気にかけてくださるのですね」
「いやまあ……」
だがアイーシャの言う通り、この城に住む人たちのことが気になるのも確かだ。
入り口で待機してくれているメイドさんたちもそうだが、おそらくここにいる人たちは、俺のために一生懸命に尽くしてくれているのだろう。
こうして俺の世話をしてくれているアイーシャの姿を見ればよくわかる。
「かしこまりました」
「よろしく頼むね」
「……くふっ、サトゥン様お口を」
「ああ、うん」
−−−−せっかくなるなら正義のヒーローサイドになりたかった。
なんて思ってしまい本当にすみませんでした。
俺はこれからも魔王として、日々精進していきますのでどうかよろしくお願いします。
「あーん」
「……あーん……うん、うまい」
最後まで読んでいただきありがとうございました!
少しでも多くの方に楽しんでいただければ幸いです!