2話 魔王になりました。
序章の部分の2話目になります!
「覚悟っ!」
俺の視界は真っ暗になった。
「は、早く……!」
俺の視界は真っ暗になった。
「覚悟っ!」
俺の視界は真っ暗になった。
「は、早く……!」
俺の視界は真っ暗になった。
「覚悟っ!」
俺の視界は真っ暗になった。
「は、早く……!」
俺の視界は真っ暗になった……。
もう何度目だろうか。
初めて電車に轢かれた時から、すでに10回以上は死んでいるんじゃないだろうか。
一向に終わりが見えないし、さすがにもう疲れてしまった。
このままじゃ俺の精神が持たない。
そして死んだ時に感じるあのフワッとする感覚。
もうこりごりだ。
「ああ、また……」
俺が目を開けると、目の前にはすっかり見慣れた光景が広がっていた。
ここがどこで、なぜ俺がここにいるかさっぱり分からない。
しかしこのあと俺がどうなるのか。
それだけは、嫌という程によくわかる。
「見つけたぞ! 魔王サトゥン!」
当然のように聞こえてくるお決まりのセリフ。
はいはい、見つかりましたよ。
どうせまた俺のことを殺すんでしょ。
「もう逃がさない! 観念しろ! 魔王サトゥン!」
もう逃げませんよ。
とっくの昔から観念してますよ。
「私が貴様を倒す! 魔王サトゥン!」
別にそんなこと宣言しなくても、俺は端からあなたに殺される気ですよ。
「行くぞ! 魔王サトゥン!」
どうぞどうぞ。お好きなようにどうぞ。あなたの思うままに殺してください。
どうせ俺はまた殺されて、駅で電車に轢かれての繰り返しなんだか……。
「ん?」
俺はふと気がついた。
今座っている座り心地がいい感じの椅子。
その右の肘置きの所に、何やら長い杖が立てかけてある。
その杖は全身真っ黒のイカついボディで、先っちょの方には紅い宝石のような玉が埋め込まれている。
「これは何だ……?」
俺は思わずそれを手にとった。
するとその杖は意外にも軽く、まるでペンを持っているかのように自在に動かすことができる。
「すげぇ軽いな……」
俺がもの不思議そうにその杖を眺めていると、
「覚悟っ!」
毎度のごとく武装した女性が、俺に剣を振り下ろしてくる。
いつものパターンなら、俺が斬り殺されてまた目の前が真っ暗になる所だが。
せっかくなので。
「ちょっとこの杖お借りしようかな」
俺は黒くてイカつい杖を、両手でがっちりと握り、
「おりゃっ……」
女性が振り下ろしてきた剣を、かろうじて受け止めた。
「あれっ?」
何だか意外とあっさり受け止めることができた。
相手は剣、俺は謎の杖。
普通だったら杖ごとブシャァァ! とか斬られてもおかしくない所だが、思ったよりも女性の攻撃が軽い。
そして何よりも……。
「この杖強すぎないか!?」
剣を真正面から受け止める謎の杖。
手に持った感覚からして、それほどまでに頑丈だとは思えないのだが、あろうことかしっかりと女性の攻撃を防いでくれている。
これはラッキー、死なずに済んだ。
「くっ……ダメかっ……」
短くそう呟いた女性は、俺に向けていた剣を引き、これまたアクロバティックに後ろ跳びをした。
どうやら俺と一旦距離を取るようだ。
「ふぅ……助かった。にしてもこの杖すごいな、こんな軽いのに」
今の攻撃で死ななかったのも、この杖のおかげだ。
おそらくこいつの存在に気づかなかったら、俺はまたあの無限ループ地獄に突入していたことだろう。
考えるだけでも嫌すぎる。
「杖さんありがとう」
俺が今まで生きてきて、初めて他人に命を救われた瞬間だった。
杖だけど。
「本当にありがとう」
「何をブツブツ言っている!」
そうだった。
杖の活躍に思わず感動していたが、まだ俺のことを魔王と呼んで殺したがる女性がいたんだった。
それにしてもあの人、俺のことを魔王呼ばわりしているが。
「魔王? 俺が?」
「そうだ! 貴様はこの世界を滅ぼす魔王! 私たち勇者の最大の敵だ!」
武装した女性は、俺が思わず声に出してしまった疑問に、親切にも答えてくれた。
もしかしたら意外と優しい人なのかもしれない。
戦わなくても言葉で理解し合えるかもしれない。
そうとなったらここはワンチャンかけてみる価値はある。
自分の命のためにも。
「あ、あのー、俺が魔王っていう話はまあ……とりあえず置いといて……何で俺を殺そうとするんですか?」
「そんなの決まっている! 貴様が魔王だからだ!」
ああなるほど。
とりあえず意味が理解できなかった『魔王』という単語をどこかに置いておきたかったが、事の真相は全てその中に詰め込まれているらしい。
こりゃ参った。
さっぱし意味がわからない。
「え、えーっと……それじゃ……魔王って一体何なんでしょうか?」
「き、貴様とぼけるつもりか!? 今まで自分がしてきた罪を忘れたのか!?」
そんなことを言われても、ついさっき電車に轢かれてここにきたばかりだから何もわからない。
それに『今まで自分がしてきた罪』って、俺がここに来る前の魔王は一体どんなことをしてきたのだろう。
これだけ命を狙われているのだから、相当酷いことをしてきたのは予想できるが。
正直言って俺には何の関係もないことだ。
「えっとですね……忘れるも何も、そもそも知らないというか何というか……」
「何をごちゃごちゃと! とぼけようとしてもそうはいかんぞ! 貴様は今ここで私が斬る!」
「いやあの……だから俺は何も知らな––––」
「うるさい黙れ! これ以上貴様を生かしておく理由はない! 死ね! 魔王サトゥン!」
「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ……」
ダメだこの人。俺を殺す以外何も考えてない。
自分の中の正義を全うしているだけのようだが、俺にとっちゃいい迷惑だ。
これがまさに冤罪。
生まれて初めてこんなビチョビチョの濡れ衣を着せられた。濡れすぎて寒気さえ感じる。
「これで終わりだ!」
武装した女性は俺の話を聞く素振りも見せず、再び剣を構え、殺意丸出しで飛びかかって来る。
本当に勘弁してほしい。
何もしていないのに、突然人に命を狙われる俺の気持ちを、少しは考えてほしい。
「死ねっ!」
俺は仕方なく、めっちゃ軽い杖を再度お借りしようと手に取った。
その時だった。
「イビルファイア」
「くっ……!!」
どこからか赤い玉みたいなのが飛んできて、武装した女性に直撃した。
「……えっ?」
何がおきたのかさっぱりわからない。
わからないが、俺に飛びかかってきていた女性は、飛んできた赤い玉に吹っ飛ばされて地面に叩きつけられた。
結構痛そうだ。
「イマノハナニ?」
俺には今のが火の玉ようにも見えたが、もしかして俺のことを守ってくれたのだろうか。
それにしても叩きつけられた女性は大丈夫なのだろうか。
俺には結構強めに叩きつけられたように見えたのだが。
そうして戸惑っているのもつかの間、
「サトゥン様」
何やらぞろぞろと、怖い見た目の人たちが俺の元に駆け寄って来る。
その数視認できるだけで5人。
誰かわからないし、普通に怖い。
「サトゥン様、お怪我はされていませんでしょうか」
今度は俺のことを『サトゥン様』と呼ぶ輩らしい。
つまりは俺の仲間なのだろうか。
とにかくよくわからないので、とりあえず適当に話を合わせてみることにする。
「あ、ああ……大丈夫だけど」
「私安心いたしました。サトゥン様の身にもしものことがあったらと」
何やら俺のことを心配してくれたらしい。
つまりは魔王である俺の眷属といったところだろうか。
慕ってくれている様子から、おそらく間違いないだろう。
まあそれはそれとして。俺の身を案じてくれているこの女性。
一見普通の女性のように見えたが、よく見るとすごく美人だ。
髪は黒くて艶やかだし、顔立ちも整っていて俺の好み。
胸やお尻もしっかりとハリがあって申し分ない。
頭に黒い角のようなものが生えているが、この人は魔族か何かなのだろうか。
「サトゥン様、どうかされましたでしょうか」
「……ああいや、どうもしてないぞい。気にするでない」
なんだか昔の戦国武将みたいな喋り方になっている気がするが……。
とりあえずはまあいいだろう。
それよりも今知りたいのは、俺を殺そうとするあの女性のこと、俺を慕ってくれているであろうこの人たちのこと。
それにここは一体どこなのかと……いや結局は全部だ。
「それよりも一つ聞きたいんだが、俺の命を狙ってくるあの人は一体誰なんだ?」
「奴は私たち魔族の宿敵、勇者だと思われます」
なるほど……勇者ね。
それを聞いたら何となくわかってしまった。
わかりたくないけど。
つまり俺は魔王で、この世界にとって良くない存在で、それを退治するのが勇者で、さっきの女性は勇気を振り絞って魔王である俺を倒そうとしに来てたわけだ。
それなら殺意丸出しで斬りかかって来るのも納得できる。
したくないけど。
「そういえばさっきの人は?」
「勝てないと踏んで逃げたようです」
「なら良かった良かった」
「ですがサトゥン様、いつまた奴らが襲いかかって来るかわかりません。そのためこの魔王城の警備をより一層強化したいのですが、よろしいでしょうか」
おっとここでまた新たな情報が。
この人が言うに、ここは魔王城らしい。
初めから気付いていてあえて言わなかったが、どうりでそこら中にいろんな骨が飾られているわけだ。
ここが魔王城なら、そんなデザインも確かになくはないかもしれない。
「そうだね、また命を狙われたら困るし」
「ありがとうございますサトゥン様。私アイーシャ、責任を持ってサトゥン様をお守りいたします」
「あ、ああうん、よろしく頼むよ……ア、アイーシャ」
「……くふっ」
くふっ?
この人がアイーシャという名前のなのはわかったが、俺がその名前を呼んだ瞬間、微かに笑い声のようなものが聞こえたような。
しかもどことなく彼女の頬も赤い気がするし、もしかして照れてるのだろうかこの人は。
もしそうなのだとしたら、この人はおそらく感情があまり表に出ないタイプの人だ。
話し方に抑揚がないし、表情にもあまり変化が見られない。
感情薄い系美女といったところか。
正直俺は嫌いじゃない。
「え、えっとまあ……うん、とにかくよろしくね」
「はい、かしこまりましたサトゥン様」
そう言うとアイーシャは、その場にいた他の4人と共に、俺の元を去っていった。
その後ろ姿はどことなく上機嫌で、かすかにだがノリのいい鼻歌も聞こえて来る。
抑揚は全くないが。
「んー……実にわからん」
とにかく俺は、理不尽にも死にまくる謎の無限ループからは抜け出した。
しかしそれを抜けた先にあったのは、夢話のような世界。
自分が魔王で、勇者に命を狙われている現状。
そんな世界で俺は一体どのように生きていけばいいのか。
元いた世界に戻れる日はやって来るのだろうか。
正直今の俺には検討もつかないことだった。
最後まで読んでいただきありがとうございました!
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