1話 俺はめでたく死にまして
※追記
×定員→○店員
誤字報告の方いただき修正いたしました!
この度はご報告ありがとうございました!
平和とは戦争や内戦で社会が乱れていない状態を言い、今の日本もその類に含まれていると言える。
当たり前のように外に出て、当たり前の日常を送る。
その中で、不安や恐怖に怯え生活している者は、限りなく少ないだろう。
しかし少ないだけであって、それは決してゼロではない。
中には毎日何かしらの不安や恐怖を抱えて生きている者もいるはずだ。
なぜなら平和は、決して絶対ではないから。
例え周りの大人たちやお偉いさんたちがそう決めつけようとも、必ずしも己の世界は平和とは限らないのだ。
自分が平和だと感じている世界の裏には、必ず平和ではないと感じている人間がいて、自分が平和ではないと感じている世界の裏には、必ず平和を感じている人間がいる。
つまり平和とは、己の中にある幸運が生み出した、ほんの一時の幸福に過ぎない。
その一瞬が過ぎ去れば、目の前に待っているのは、平和とはかけ離れた世界。
例え誰かがそうだからと言って、自分の世界もそうだとは限らない。
それが平和というものなのだ。
そして俺の世界には、未だに平和というものが訪れようとしない。
これだけ頑張っているのに一度も報われたことがない。
つまり俺は『可哀想な人』なのだ。
~〜転位先が魔王でも、世界救うのが俺流です。〜~
俺は佐藤広樹。
どこにでもいる普通の大学生。歳は20歳。
身長はごくごく平均の170センチで、顔も普通。
別にブスだとも思わないし、かっこいいとも思わない。だから普通。
そんな俺は今バイト帰りで、バイト先の最寄りの駅のホームにいる。
辺りを見渡す限りほとんど人はおらず、いるのは酔っ払いのおっさんと残業帰りのサラリーマンくらい。
電車も次で最終らしく、駅員さんが黙々と終業作業に取り掛かっていた。
ちなみに。
俺のしているバイトというのが、そこそこ有名なアパレルショップの定員である。
とはいっても、中身は思いっきりブラック企業だ。
今日のシフトは夕方の5時から閉店の夜10時までだったのだが、俺が時計を見た時にはすでに日付が回っていた。
いつもの事といえばいつもの事だ。
うちの店は学生である俺を、平気で2時間近く残業させる上、今まで残業代を出してくれたことはない。
アルバイトの給料を削減して黒字出している、文字通りのブラック企業だ。
さらに時給も高いとは言えない。
何なら少し低いくらいだ。
だったらそんなクソバイト辞めちまえ! と思うかもしれないが、実はそうもいかない。
なぜなら楽だからだ。
『アパレルショップの店員』と言えば聞こえはいいが、実際やっていることはそんな大層なことじゃない。
陳列棚に積まれている大量の服を、自分のペースで適当にたたんで、客が来たらとりあえず「らっしゃいあせ〜」とか言っとけば時給が発生する。
たまにレジを担当することもあるが、その際もこれといって気をつける点などはなく、教科書通りにこなせば何も問題はない。
強いて言えば、おばちゃんが下着を買いに来たとき困るくらいだ。
正直言ってかなり楽な仕事をしていると自分でも自覚している。
それでも俺は「何かお探しでしょうか〜?」みたいなコミュニケーション能力が試される仕事は、基本自発的にはしない。
なぜなら服屋に来る客は、店員に声をかけられるのを嫌がる人が多いからだ。実際俺もそうだし。
だからこそ俺は客が来ても声をかけないし、声をかけられている客を見ると少し気の毒になる。
そんな奴がアパレル店員やっていいのかよ! と言われたら耳が痛いが、バイトしている学生なんてみんなそんなものだろう。
とはいえ、今日はさすがに疲れた。
朝8時に家を出てからずっと動きっぱなしで、このままだと家に帰るのは1時近くなるだろう。
正直眠すぎる。
「明日一限だしなぁ……」
バイトの翌日が一限だと、かなり生きる気力を持って行かれる。
そのことを考えるだけで億劫になりそうだったので、俺はひたすらケータイの画面だけを見て、襲いかかる睡魔と格闘していた。
そして5分ほど待ったところで、ホーム内のアナウンスがなり始めた。
––––まもなく電車がまいります。危ないですから黄色い線の内側までお下がりください。
ようやくだ。ようやく家に帰れる。
家に着いたら速攻寝よう。風呂は明日の朝、家を出る前にシャワーを浴びればいいだろう。
そうして俺は、見ていたケータイを右ポケットにしまい、電車の到着を待った。
「えっと……今から帰って1時……そっから歯磨いて顔洗って10分……で、明日起きるのが6時半だから……最高寝れても5時間くらいか……」
俺が腕時計を見ながら、短すぎる睡眠時間に懸念を抱いていると、
「うっぷ……うっぷ……ひゃ、うっぷ……」
明らかに酔っ払っているおっさんが、フラフラしながら乗り口へと向かっていくのが見えた。
その足取りの悪さに、俺は少しの不安を覚える。
「ん? あの人大丈夫か?」
ヒヤヒヤしながらそのおっさんの足取りを目で追っていると、案の定黄色い線の外側にどんどん向かっていく。
まさか止まるだろうと、俺は勝手に決めつけていた。
目の前でホームから転落する酔っぱらいがいるはずはないと、そう思っていた。
「ちょ……! 危ない……!」
俺がそう叫んだのもつかの間。
そのおっさんは勢いよくホームから転落し、その衝撃で線路の上に倒れてしまった。
正直これはやばい。
「だ、大丈夫ですか……!」
俺がそう呼びかけながら駆け寄っても、「うっぷ……うっぷ」としゃっくりをしているだけで、全然反応しない。
目は虚ろで意識もはっきりしていないようだし、これはかなりアルコールが回っているようだ。
まじでやばい。
「くそっ……」
こんな状況に出くわしたことがないので、どうしていいのかもわからない。
しかし、このままこのおっさんを放置しておくわけにもいかない。
俺は焦りながらも、意を決してホームから飛び降りた。
「あの! 俺のことわかりますか!」
「はわぁりわすかぁ……?」
だめだ。
俺が耳元で呼びかけても、まともな反応は返ってこない。
これでは自力でホームに上がるのは不可能だろう。
「どうしたら……」
俺は絶体絶命のピンチを前に、途方に暮れていると、
「だ、大丈夫ですか!?」
この一大事に気づいたであろう、同じくホームにいたサラリーマンらしき男が駆け寄ってきた。
大丈夫じゃない。バチクソやばい。
「この人酔っ払ってて……!」
「す、すぐに助けないと……!」
俺が焦っているのと同じくらい、サラリーマンらしき男も焦っているように見えた。
しかし2人であたふたしていても何も始まらない。
ここは協力してこのおっさんを助けなければ。
「お、俺がこの人抱えるんで、ホームに引き上げてください!」
「わ、わかりました……!」
俺はサラリーマンらしき男にそう伝え、寝ているおっさんを担ぎ上げようとした……が。
重すぎて全然持ち上がらない。
「く……っそぉ……全然上がらねぇ……」
高校時代運動部で鍛えていたはずの俺だったが、持ち上げようにもピクリとも動かない。
さすがは中年のおっさんだ。
20歳の学生が持ち上げられるほど、そのキャリアは甘くはない。
マジで重い。
「ぐぉぉぉぉぉぉぉぉ……!!!!」
これぞ火事場の馬鹿力じゃあぁぁぁぁ! と言わんばかりに、俺は全身に渾身の力を込める。
高校時代にやらされたバーベルスクワットをイメージして、地面に寝転がるおっさんを担ぎ起こす。
そしてホームにいるサラリーマンらしき男に、かろうじて腕を引き渡した。
「引っ張ってくださいぃぃぃぃ……」
「は、はいぃぃぃぃ……」
サラリーマンらしき男はおっさんの腕を力一杯引き上げ、俺はおっさんのでかいケツを精一杯押し上げた。
これだけ肥えるのに何年かかったんだ、このおっさんは。
「も、もう少しですぅぅぅぅ……」
「おりゃぁぁ……」
俺は押した。押しまくった。おっさんのでかいケツを。
焦っていたせいか、ケツを押す以外のことは何も考えていなかった。
そして気づけば俺は、何とかおっさんをホームの上へと押し上げることに成功していたのだ。
まるで肥えた豚の出荷のように。
「何とかなったぁ……」
一世一代の大仕事を終え、俺は安堵の息を漏らした。
そんな中おっさんは、今だに「うっぷ、うっぷ」とのんきにしゃっくりをしていやがる。
正直これはもう一度ホームに叩き落としてやりたいところだ。
「ふぅ……ありがとうございました。助かりました」
俺は思わず一息ついて、サラリーマンらしき男に礼を言う。
しかし彼から帰って来た言葉は「助かって良かったです!」とか「どういたしまして!」とか、そういった前向きな言葉ではなく。
「は、早く……!」
「えっ?」
その言葉を最後に、俺の視界は真っ暗になった。
まさかとは思うが、そのまさかなのだろうか。
もしかして俺はアホなのだろうか。
おっさんを助けるのに夢中になって、自分が線路の上にいることを忘れていたのだろうか。
アホすぎる。アホすぎて言葉が出ない。
てかそもそも言葉なんてでない。死んだんだから。
あー、短い人生だった。
まじでしょうもない人生だった。
大学では昼寝してケータイいじるだけ。
バイトではブラック企業にいいように使われる。
彼女もいなけりゃ友達も少ない。
これじゃ何のために生まれて来たのかわからない。
俺は心底自分の人生を呪った。
そして未練しかない現世に、悲しくも別れを告げた。
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「見つけたぞ! 魔王サトゥン!」
どこからか聞こえてきた謎の声で、俺は目を覚ました。
「……あれ、なんだここ」
目を開けた先に映っていたのは、全く見覚えのない光景だった。
先ほどまでの駅とは明らかに違う、すごくひらけた大広間の様な空間。
どうやら俺は、その空間の一番見晴らしのいいところに置かれた椅子に、座っているらしい。
しかもこの椅子、座り心地がいい感じだ。
「もう逃がさない! 観念しろ! 魔王サトゥン!」
俺が状況を掴めないでいると、再び声が鳴り響いた。
聞き覚えは全くないが、おそらく女性の声だろう。
気になった俺は、つかさず声のする方に視線を向けた。
「……え、えっと……だれ?」
凄く綺麗な女性だった。
全身を白い鎧で武装し、鋭い視線と共に剣先をこちらに向けている。
彼女は一体……。
「私が貴様を倒す! 魔王サトゥン!」
彼女が何を言っているのか、俺にはさっぱりわからない。
何やら俺のことを知っているような口ぶりだが……。
「あの……その……」
そして彼女が吐く『魔王』という単語。
それは明らか俺に向けて言い放たれている言葉だった。
しかも『サトゥン』とかいう意味のわからない名前で呼ばれているようだが、俺の苗字は『佐藤』であって、決して『サトゥン』ではない。
「行くぞ! 魔王サトゥン!」
目の前の状況を掴めずうだうだしていると、何やら女性がアクロバティックな動きで俺に向かってくる。
しかも普通に殺意感じるし、なんだか怖い。
「覚悟っ!」
「えっ……ちょ……!」
そして抵抗する間も無く、俺の視界は再び真っ暗になった。
今のはなんだったんだろう。訳がわからない。
訳がわからないが、おそらく俺はまた死んだ。
というよりも今度は殺された。それだけはなんとなくわかる。
現世では電車に轢かれ、見知らぬ場所では知らない誰かに殺され。
−−−−それじゃ次はどこに飛ばされるんだろう。
そう考えるとなんだか怖い。
次また目を開けたとしても、同じように俺は死ぬのかもしれない。
死ぬときの痛みとかは特にないが、死んだ後のふわっと感というか、「あ、死んだ」と自覚してしまうような感覚が、正直凄く気持ち悪い。
死ぬのは嫌だ。バイトで疲れてるからもう家に帰りたい。
だがそんなことを思っているだけでは、今の状況は変わらないだろう。
今の俺にできることは、目を開けて目の前に広がる光景を整理する。それだけしかないのだ。
−−−−いいかぁー、開けるぞぉー、目開けるぞぉー、いいなぁー、行くぞぉー……。
そうして俺は再び、意を決して目を開いた。
「……あれ?」
すると目の前に広がっていたのは、何やら見覚えのある光景。
目の前に寝ている中年太りしたおっさん。
そしてそれを見下ろすサラリーマンらしき男。
どうやら俺は2人がいる位置よりも、少し低いところに立っているらしい。
「さっきの……駅か」
もしかしてこれは、現世に戻ってきたのだろうか。
だとしたらさっきいた謎の空間は、何だったんだろう。
そして俺を魔王と呼んでいたあの武装した女性。
彼女は一体誰だったのだろう。
考えてもさっぱりわからない。
「うっぷ、うっぷ……」
寝ているおっさんのしゃっくりだけが目に留まる。
俺は疲れているのだろうか。さっきのは疲れからの幻覚か何かなのだろうか。
だとしたら早く家に帰って身体を休めなければ。
明日だって授業があるし、こんなところで貴重な睡眠時間を無駄するわけにはいかない……
と、俺がそんなことを思っていた矢先。
「は、早く……!」
「ん?」
何やら聞き覚えのある声が、俺の耳に入ってきた。
これはもしや……いや間違いない。
さっき俺が電車に轢かれた直前に聞こえた声と同じだ。
何やら右から熱を感じるほどの光が照らしているし、凄まじい音も聞こえてくる。
まさか……そのまさかなのだろうか。
俺は恐る恐る、視線を右に向けた。
「ハッ……」
それを最後に、俺の視界は三度真っ暗になった。
新しく描き始めました!
これは異世界に飛ばされた魔王(元大学生)と、魔王に敵対心を抱いた勇者のお話です。
よろしくお願いします!