表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
つまらない異世界  作者: 女郎花 恵
CHAPTER Ⅰ『西の森』
5/6

#__4 古典魔法学概論

概論:領域全体のあらましを述べること『大辞泉(小学館)』より

Common sense is the collection of prejudices acquired by age 18.

『“常識”は18までに勉強した偏見のコレクションである』


#__4 古典魔法学概論


うれしいお知らせがある。外出許可が出た。


「じゃあまず、魔法についてざっくり話そう」


とはいえ、ミオ同伴で小屋の見える範囲限定だが。


「まあ、魔法の使い方に触れる前に、魔法という言葉の意味を説明しようか」


僕とミオは一度仮眠と朝食を済ませたあと、こうして小屋の外に出た。外はもうだいぶ明るくて、風の音が鮮やかな緑葉を撫でる。空は遠く、青い。空気が少し冷たいが、呼吸をすればそれは澄み切った川のように喉を抜けて快かった。やはりここは、日本とは違う。


「ちょっと、聞いてるの?」


ミオはこちらを見つめている。その瞳に僕は映ってる。やっぱり、綺麗な目だなあと思った。


「え、あっ、はい」


「しっかりしてよ……まあいいけどさ」


ミオはため息を含ませた声を吐く。そして、軽く咳払いをしたあと、喉に力をいれて語り出した。



「まず、この世界の全ての物には、魔が宿る」



「どういうことですか?」


ミオはこちらを見つめたまま小さく頷く。


「魔というものは、簡単に言えば欲のようなものさ。こうなりたい、いや、そんな弱っちい欲じゃないな、自分はこうでなくてはならないはずだ、っていうほどの強欲さ。例えば、植物には子孫を増やさなければならないという欲があったり、太陽には東から昇って西へ沈まないといけないっていう欲があるのさ」


「え、何ですか、その欲って、人間以外にもあるんですか?」


「そうだ、というか、最初に言ったように全ての物には魔が宿ってて、そして魔がすなわち欲なら、全ての物に欲が備わってるのと同じことだろう?」


ミオは唖然としたような表情を僕に向けた。彼女の答える様子が嫌味じゃなさそうなだけに自分の飲み込みの悪さが少し情けないと思った。


「まあ、本当は因果が逆。全ての物が『こうならないといけない』という目標を持って存在していて、その『こうならないといけない』動機を、私達は魔と呼んでいるという方が正しいのさ」


「はあ……」


えらく概念的な話だ。


「そしてだからこそ、人間は魔法が宿る存在の中で優位に立っていると言えるのさ」


「どうしてですか?」


「今回の“どうして”はいい質問だ。ヒトは自分の『こうでなくてはいけない』を、簡単に変えてしまうからだ。自分はこうなるべきという人生の目標を、すぐに歪めたり、失ったり、思いがけないところから見つけ出したりする。そうして自身の魔を自由に変えられる。これが人間。これが、人間の魔に対するアドバンテージさ」


「どういうことですか?」


「え?」


「ほら、人ってさ、自分の生き方を自由に変えられるじゃないか」


「そうですか?」


すると、ミオは虚を突かれたような顔をしたあと、自らの表情の糸を切った。


「……私は、そう。少なくとも私はそう考えて生きてきたよ」


苦虫を噛み潰したような表情で、ミオは答えた。どうしてかは、今の僕には分からない。少しして、ミオは気を取り直して続ける。


「で、まあ。魔についてなんとなくつかめればあとは簡単さ。魔法っていうのは魔を秩序立てる約定。魔をやりとりするための法律のことだ」


魔を秩序立てる……か。欲、まあ欲と言っても、人間の欲をコントロールするならわかるが、無生物の欲となると、いまいちよくわからない。わかるようで、釈然としない。


「……えーっと、ここまでは大丈夫?」


ミオは聞く。たぶん、ミオの説明はきっと分かりやすい説明ではあるのだろう。そんなふうに聞こえる。伝えるべきであろう情報が整理されてるから。僕にだってそれくらいはわかる。だから、ここで分からないって答えてしまうのも、どこかミオの気持ちを汲んでいないような気がした。


「まあ、なんとなくは分かりました」


すると、少しだけ黙ってからミオは返す。


「……うーん、わかった。ここからは実際に見せながら教えよう」


どうやらミオの目にかかれば、僕の理解度もお見通しらしい。

ミオは、長袖の黒い無地のワンピースの袖口から一本の棒をつまみ出した。握る部分の装飾を除けば、見かけはほとんどタクトに近い。ハリーポッターが使っていたような、魔法の杖だろうか?

短くひと息吐いてから、ミオはそれを地面に向けた。


「ダイアログ・サス・チル」


ミオは、そう言った。それとほぼ同時に、足元の芝が土の奥からパリパリと凍り始め、やがて氷の膜がその先端までをガラス細工のように包んだ。


「凍った……!」


「そうだ。とりあえず、これが魔法だ。今見せたように、魔法は時として人間が素手で出来る以上のことを可能にする。これもすべて物に魔が宿るからさ」


「なんの関係があるんですか?」


「今私は、この場所に漂うわずかな冷気の『ものを冷やさないといけない』という魔を、このペンが指す先の芝に集めたのさ」


その棒はペンだったのか……というのはさておき、少し魔法が分かった気がする。魔っていうのは物の性質で、その身の回りにある物の性質の力を借りるのが魔法ってことなのかな。


「うん、大方納得したみたいだね。じゃあ今度は具体的にこの魔法をどうやって使っているかを説明しよう」


僕が魔法を理解するよりも、ミオが僕の“理解度を理解”するほうが早いのはなんだか妙な気分だったけど、それよりも、初めて見た魔法に僕の胸は高まった。目の前で起こっていることが手品でも、科学的な説明がなされるものではないということに。使いたい。やってみたい! そう思う。もしかしたらこの欲望も、魔ってやつなのかな。それはちょっと、違うか。


「どうやって使うか、っていうのはつまり、それが分かればすぐに使えるってことですか?」


「そうだ」


ミオは間髪入れずにうなずいた。その目は自信に満ちていた。が、


「あー、待ってくれ、ただし、君に素質があれば、だ」


すかさず訂正が入る。僕がもう一度ミオの瞳を見たら、先ほどの眼力は消え失せ、どこか宙を捉えていた。たぶん、さっきの即答は少しカッコつけたかっただけだったんだなと思う。おっ、僕にもミオのことが分かってきたぞ。


「素質……ですか」


「ああ、この世には魔法を使えない人間もいる。その人たちは身体の中に、とある器官を持ってないんだ。でもまあ、少なくとも君はそんなことはないよ」


「どうして分かるんですか」


「なんとなく、さ。見れば分かる」


ミオの目にまた得意な感情が映る。さしずめミオは魔法に関して言えば自分がプロフェッショナル、ということを少なからず誇っているのだろう。


「さいですか……すいません脱線しましたね、どうぞ」


「ああ、じゃあまず、私が魔法を使うための初歩の動作を教えよう。細かい説明は後にするけど、まずは見てほしい」


ミオは、右手に持っていた杖……じゃなかった、ペンを袖口にしまった。にしても、そんなしまい方をして落ちないのだろうか。続けてミオは僕から身体を少し逸らして、その右手を地面と平行にまっすぐ伸ばした。


「最初のうちは手をこうやってまっすぐ伸ばして……」


次にミオは左手を使って右肘をしっかりと掴んで支えた。


「そしてこんなふうに左手で右腕を押さえると安定するのさ。肝心なのは次、よく見ておくんだよ。3……2……」


ミオのカウントダウンと共に、僕の瞳孔はミオの右手へぎりぎりと絞られていく。気付けば僕はもう、魔法の虜にされていた。


「いちっ……!」


合図と共に、ミオの手元から音もなくドッヂボールくらいの光の玉が浮かび上がる。まるでそれは、少し前に僕が食べてしまったあの赤い玉のようだった。だが、色はそれと違って青っぽい、いや、水色だろうか。


「これは……何ですか?」


ミオは添えた左手を離して、伸ばしていた右手を自分の近くにもってきた。光の玉は依然として手のひらに張り付いている。


「これは……よく分からないんだけど、私達魔女の間では、魔力と呼んでいるものなんだ」

ミオは苦笑いのような、けれどもそこまではいかないような、こわばった表情を見せる。


「魔力……」


「そう、そして魔力は、役割だけ言えば魔に干渉するための魔なのさ」


「魔に干渉するための魔?」


「うーん……すまないね、ここは私の知る理論でも不透明なところなのさ。当面はこの魔力というのは人間だけが持つものだと考えてくれるだけでいい。さっき言ったみたいに、魔に対してアドバンテージをもつ人間だけが使える特殊な魔だとね。とにかく、今はシオンにもこの魔力を出して欲しいんだ」


「僕もですか?」


「そうさ。でもそう難しくはないはずさ」


ミオは、自身の右手に出した魔力をフッと消してから、こちらを見てニヤッと笑う。これはどういう意味なのだろうか。


「まず、私がしたように、右手を前に出して」


僕は先ほどのミオを思い出して、右手を宙に突き出し、左手を添えた。ちょうど目の前の小屋に向けて。


「おっ、いいね、ちゃんと私のことよく見てるじゃないか、偉い」


「いや……」


褒められた。別にいままで褒められたことが無いわけではないけれど、でも、こういう時はどうすればいいのか、僕には全く分からなくて、沈黙の代わりに苦笑が出た。


「……」


「……ミオさん?」


ミオは、僕のことを見つめていた。ジッと。そのせいで、僕の苦笑は止んでしまった。彼女の艶のある瞳に僕の阿呆面が映っているのを見るのは二回目だった。すると、ミオはふわりと僕に顔を近づけて言う。


「いいんだぞ。大丈夫さ」


ミオは僕の短い髪の毛をくしゃくしゃに撫でて、初めて出会った時と同じ笑顔を見せた。僕は、喉の奥がくすぐったくなった。数少ないいままで褒められた経験を寄せ集めて参照しても、この気持ちは、初めてだった。


「さて、じゃあそのカッコで、うん、もうちょっと足を広げて……うーんと、肩幅くらいで。それで、半身になってごらん」


自分の気持ちの余韻に浸る暇はなく、僕は指示通りに身体を微調整する。なんだか本当に、自分が魔法のある世界の人間みたいだと思った。いまさらかもしれないけど。


「よし、じゃあ、あとは右の手のひらに力を入れてごらん。身体を巡る血が、そこに集まってくるイメージだ」


これはすんなり理解した。とにかく、さっき見たまんまのイメージで、力を込めればいいんだな。


「わかりました」


「うん」


ミオの返事を聞いて、僕は自分の右手を見据える。奥に小屋があり、手前には大きく開いた五本の指。その時不意に心の中でミオの姿が浮かび上がる。そして僕はまだ鮮烈な記憶の中の、魔力を放つミオの声を反芻していた。

3……

2……

いちっ……!



力を込めた瞬間に、僕の目の前は光で包まれた。


さっそく前回決めた字数目安をオーバーしていくスタイルです

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ