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つまらない異世界  作者: 女郎花 恵
CHAPTER Ⅰ『西の森』
2/6

#__1 REberation

Leberation:解放、釈放

Re(接頭辞):再び、後ろに、反対に

What lies behind us and what lies before us are tiny matters compared to what lies within us.

『私たちの背後にあるもの、待ち構えるもの、これらは自分の内なる何かに比べればちっぽけなものである』


#__1 REberation


少しだけ、温かさを感じた。温かさを感じるのは、決まってそこに冷たさがあるときだ。


突然だった。戻ったのは。意識が。

とはいえ目が覚めたわけではなくて、まだぼんやりと、頭の奥底が鈍いままだ。当然目を開ける気分にはなれなかった。身体の半分がほんのりと温かくて、すこしだけ気持ちいいのを感じるだけだった。背中が柔らかい何かに包まれている。それに、すこしばかりの重力が均一に僕を抱き寄せていた。この感覚、たぶん僕は、ベッドの中にいる。

どうして。

恐る恐る目を開く。すると、見慣れない天井があった。木の板張りで、骨がない。だから正確には、板貼り、と言うべきか、コンクリートになにか壁紙のようなものを張り付けているようだった。そして今度は定まらない目線で、温かい方を向く。レンガに覆われ、黒い鋼の檻に閉じ込められた炎が、パチパチと薪たちをまくし立てていた。僕にはその暖炉がひどく奇妙に見える。夏なのに、なんで。毛布を払い起き上がる。やはりそれ

は重く、体温を大事に残していた。夢?


「#########!」


誰だ。女の人の声だ。何て言った?突然聞こえた音の方向へ目を向けると、木製の一人用の椅子に腰かけていた女性が小さなハードカバーを片手に立ち上がったところのようだった。その顔に見覚えはない。


「###?」


また、聞き取れなかった。けれども、今度はそれが、優しい声であることだけはわかった。僕がじっとしていると、こちらの怪訝な顔が気になったのか、すぐに女性は手のひらを僕に見せるように小さく振って、また聞き取れない何かの言葉をおろおろとしゃべっていた。やはり見覚えはない。だけど、綺麗な女の人だった。目鼻立ちがしっかりとしていて、頬は少し丸い。長い黒髪を一つに結わえて、左肩にたらしている。瞳の色は濃く、黒曜石のようだった。


「あー、えっと、まあ……その」


少なくとも、英語ではない何かの言葉を話す彼女に、僕はどうしていいか分からないまま手探りに話しはじめた。すると、彼女は僕が自身の言語を理解していないのをすぐに悟ったようで、余計に言葉をかけるのをピタリとやめた。どうやら、この人は聡明だ。それも、僕なんかとは違う次元の人間に思えるくらいに。そしてこの人は黙って近づいて、優しそうに微笑みながら僕の手を取った。それで、しばらくはそのまま両手で僕の片方だけの手を握ったり撫でたりしていた。それだけだった。ここで起きていることの中で、この手を握られることが最も奇妙なのだろうけど、僕は妙に落ち着いて、その様子をじっと眺めているだけだった。どうすればいいかわからなかったのもあるけれど、その手にはどこか温もりがあって、

――文。


「文!文は!?」


あたりを見渡すが、文の姿どころか、ベッドは僕が横たわっているだけだった。文はどこにいる?いや、


「どうして僕は生きてるんだ?」


僕は握られた手をいつの間にか自分で振りほどいていた。この部屋の中で、その女の人は僕をただ茫然と見つめているだけだった。


「###……?」


女の人のか細い声がする。はっとして、僕はなんでもないよ、と伝えるため、手を横に振った。すると彼女は何も言わず、潤んだ瞳に暖炉の炎を映しながら、もう一度僕の肩に毛布を掛けてくれた。そして、部屋の奥へ行ってまった。

どうして?いやどうすれば?何が起きてるのかは行動しないと分からないし、行動するには何が起きてるのか知らない限り何もできない、こんな思考の繰り返しで、もどかしい。

僕は、確かに死んだはずだった。それなのに、今いる場所はどこなのか。この状況は、何なのか。わからない。ただ、何より大事なことは、僕が今、生きているのだとしたら、一緒に神水を飲んだ文はどうなっているのか、だ。僕はせっかくかけてもらった毛布を払って、ベッドのふちに座った。床も板張りだ。それに、壁も。建材がすべて、木の板だ。僕は見慣れない服を着ていた。ユニクロの肌着よりずっとザラザラしているが、その分厚手で頑丈そうだ。裸足が床に吸いつく。足の温度の馴染み方からは、どうも張り紙ではなさそうだと分かる。じゃあ、見たところ柱も骨組みのないこの家はどうやって建ってるんだ……?

不思議になってあたりを注意深く見渡してみると、外に出ると思しき扉が見えた。

――文も近くにいるのかもしれない。

断片的な情報が、少しずつ、全容を見せないように満たされていく。すると不思議と行動する意欲が湧いてきた。僕は台所のようなところで支度をしている女の人が自分を見ていないことを確認して、音を立てないよう慎重に扉を開けた。



これもまた慎重に扉を閉めて、あたりを見回す。風のざわめきと、木の香り。地平線の奥で夜行性の鳥が喉を鳴らしている。外は夜の森林だった。しかし、見覚えがない。少なくとも、家の周りの雑木林とは違う。幸い地面は草で覆われていて、これなら裸足でも動き回れそうだ。それに6〜7メートルの木々があまり密接せずに並んでいるから、その気になれば間を縫って進める。とにかく、僕は目の前の林の中へと足を運んだ。



三十分は探したか、いや、もっとだろうか。ここに来る前までは装束を着ていたせいかスマホも時計も持ってない。だから時間が分からない。まあ、知らない服に着替えさせられていたところからして、もし儀式中に持っていたとしてもあまり意味は無かったかもしれない。それよりも、気になるのはこの森の広さだ。日本の森林だとしたら、誰だって山のイメージがある。しかしそれとは反対に、この森は平地が途方もなく続いている。平地での森となれば、少なくとも富士の樹海や北の地域の湿原くらいと、だいぶ場所は絞れる。しかし、草のしげる地面の様子から見てそんな雰囲気はしないし、それに、僕が神水に何らかの方法で助かっていても、寝てる間に連れてこられる場所ではないのだ。じゃあ、神社から少し離れたどこかしらの森林?そうだとしたら街の明かりや、何より車の音や生活音が聞こえてくるはず。

……ダメだ。考えれば考えるほど分からないことにぶち当たる。とりあえず、文のことだから、こんな森の中で立ちすくんでるわけがない。例えば、どこか一晩越せそうな場所を探して、そこで体力を失わないようにしている、とか。きっと、雑学の多いあいつならぼくなんかよりずっとこの場所で生き抜く知識を持ってる。だから大丈夫だ。とにかく合流しよう。時間の概算と月の位置でさっきの家の目星はつく……と思うし。見つからなければまた戻ればいい。ホントは北極星を使うんだろうけど、どれが北極星かよくわからなかった。……あれ、これってもしやまずいんじゃ…?


――ゴォッ…


何か音がする。耳鳴りのような音。ゴゴッと鳴る重い音とヒュルヒュルという抜ける音のデュオ。空気がその音源を中心にうなり声をあげている。そんなふうに聞こえる。この音、歩いて探しているときは気付かなかったけど、止まったせいで聞き取れるようになったんだ。

とにかく、その音の鳴る方へ歩いてみよう。何かあるはず。それに、文もこれに気付いてそこに向かっている可能性は高い。

歩く、歩く。早足になる。早足がステップになる。ジョギングになる。走る。

音が近付くにつれて、足が焦り出す。期待で心臓が高鳴る。何かあるはず。それだけで心が躍る感覚は、考えてみれば久しぶり。いや初めてだったかもしれない。

しばらくもしないうちに音の発信源に着いた。

それは大きな穴、いや、裂け目だった。地面が一部だけ隆起して、その下に岩がむき出しになった大きな洞窟がある。間違いない。風の音はここから来ていた。


「文!」


穴に向かって叫ぶ。すると、少し遅れて、コツン、と石ころを投げたような音が返ってきた。


誰かいる。


僕はそのまま竪穴を駆け降り――


「おあっ!」


すんでのところで耐えたが、足が滑った。よく見ると地面は草ではなくコケに変わっていた。それに、袖の表面が若干濡れている。湿気が多いみたいだ。それに、肌寒い。近くに水の音もする。ただ滑りやすい代わりに、洞窟の岩は丸みを帯びていて、ここも裸足で問題なく下りられる。滑るのさえ気をつければ問題ない。

文が裸足でも、ここなら引き返すことは無さそうだ。きっと水辺も近い。文ならここを選ぶはず……!



洞窟の中は少しだけ暖かかった。ただ、草木とは全く違う臭いがする。嗅ぎ慣れてない臭い。洞窟のガスか何かだろうか。とにかく臭い。けれども、踵を返すほどではなかった。文がいるかどうかは定かではないが進んで――

脚に何かが当たる。カラカラと軽い音を立ててそれは転がった。ただ、明かりが薄く、何が当たったかまではわからない。考えをめぐらせて、竹のような物だと予想した。



「必ず、ここに来ると思っていた」



誰かの声……! 洞窟の奥からだ。でもこれ以上進んだ先は何も視認できないほど暗い。進退に悩む。なぜならそれは男の声だったからだ。つまり、声の主は文じゃない。


「歩け、敵意はない」


声は続けて僕を呼んだ。このまま黙っていたらどうなるのか。少しだけ考えたけど、やめた。何かしないと。何か。


「時間がない、こっちから行くぞ」


何かしなきゃ、返事なり、逃げるなり、あと歩み寄ったり。だけど、何が正解かわからな――


「おい、何か返事をしろ」


声はいつの間にか目の前に迫っていた。でも、目の前には誰も……


「下だ」


「えっ」


下に照準を合わせると、そこには一匹の白いフクロウ。それ以外はなく、ただこの薄闇の中に絞られた月光を余すとこなく集めていたのはこのフクロウ。真夜中の薄明かりと同様に、青白く光る。


「だ、誰ですか……?」


僕は何故かそんな質問をした。


「ワシはお前の“さだめ”だ」


そのフクロウは、フクロウなのに一人称がワシだった。


これからもオチが思いつかない限りこのようなダジャレが続きます。

嘘です。

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