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つまらない異世界  作者: 女郎花 恵
CHAPTER 0『つまらない世界』
1/6

#__0 prologue

また異世界転生です。作風は違いますが中の人は一緒です。

As is a tale, so is life: not how long it is, but how good it is, is what matters.

『人生は物語と同じである。どれだけ長いかではなく、いかにおもしろいかが重要なのだ』


#__0 Prologue


今日もまた、アラームが鳴る少し前のタイミングで目が覚めた。正確に言えば、意識があるというだけでまぶたは閉じたままだったけど。僕はいつも通り、どうせすぐアラームが鳴るのだろうと、二度寝へ身体を沈めようとした。しかしその刹那、間の悪いことにそいつは唸り声を上げた。僕は間髪入れずそのの咆哮を阻止する。わずかに響いた轟音の余韻が、さながら断末魔のようだった。


「よっしゃ……!!」


「にーちゃん、先に起きるんだったらめざましの意味ないでしょ」


文は隣の布団にくるまりながら、アラームの停止ボタンに手をかけた僕を見てそう言った。その瞳はまだまどろみの中にあるようだったが、どうやらいつもとは違って、僕より早く目を覚ましていたらしい。


「あ、文、起きてたのか」


「うん」


「じゃあ、まあ、起きるか」


僕は自律神経どもに朝だぞと伝えるように、軽く伸びをしてから身体を起こす。その拍子にほんのり畳の匂いがして、次第に身体の各器官が順調に動き出していくのがわかる。12畳の和室に、朝のぼんやりとした明かりが満たされていた。僕は立ち上がって、廊下へ繋がるふすまに手をかけた。


「ねえにーちゃん」


足元の方から眠いのか甘えてるのかわからない調子の声がする。


「なんだ?」


「今日は、学校行くの?」


僕は少し考えた。いや、答えは決まっていたけど、わざと考えるフリをして間を置いてから答えた。


「行く」


「そっか、じゃあ起きるね」



「叔母さんたち、普通だったね」


文は、ローファーにつま先だけ通して、先に出た僕を追いかけるように玄関を抜けた。朝食のコーヒーの苦味がまだ奥歯に残っていた。


「そうだな、気遣いなのか、それとも単に何とも思ってないのか……」


朝の境内はまだそれほど暑くはないが、蝉が鳴き始めていた。辺りが暗いのは、どうやら日が昇りきっていないからではなく、神社を取り巻く鬱蒼とした林のせいらしい。青空は、緑の天井にぽっかり開いた穴から、わずかに覗き見える程度だった。


「にーちゃん、ちょっとごめっ」


僕より10センチくらい背の低い妹は、僕の肩に手をかけて、そこに軽く自身の体重をのせた。そして履きかけのローファーで器用に片足立ちをして、もう片足の踵を合わせた。


「ありがと」


「おう」


「多分どっちもだと思うよ」


「え?ああ、そうかもな」


「じゃ、行こうか」


「ああ」


僕たちは鳥居をくぐって、道路に出る。夏の日差しはたとえ朝であろうと、僕らに容赦しなかった。光で白くぼやけた視界に、元気な蝉の声がする。僕は少し目を細めて瞳孔を慣らし、いつの間にか僕を追い抜いていた妹のあとに続こうとした。だけど、そんなときふと僕は、何となく、さっきまで通った道を振り返ってみた。本当に、なんとなく。ドームのような雑木林のせいで鳥居の先は仄暗く、一直線の参道が白く闇を貫いているのが見えていた。


「どうしたの?」


文の声が肩を掴む。


「いや、神社の家の子供って、どれくらいいるんだろうなって」


もちろん、そんなことは考えてもいなかった。出まかせだった。


「さあね、でも神社ってコンビニより多いんでしょ? だったら日本全国のコンビニの店長全員集めても足りないんじゃない? あーでも管理者が居ない神社が多いから……もっと少ない?」


「……なんだそれ、なんでそんなこと知ってんだ?」


「え?いや、割と有名だよ」


「マジか」


それにしてもどうして自分が家の方へ振り返ったのだろうと思いながらも、気が付けば僕らは日々刷り込まれた足の記憶によって学校へ歩かされていた。



教室は、今日が金曜日であろうと特に変化はなく、窓際では女子が集まって何か喋っていた。ドアの近くの席で単語帳を睨んでるやつもいる。僕はここでもやはり無意識に定位置へ向かい、荷物をどさっと机の横に落とす。


「おはよ」


「ああ、」


「眠そうだね」


「そうでもない」


「ふーん」


挨拶をしてきた女子は、東江(あがりえ)レイ。三年間クラスが一緒で、珍しい苗字だったから覚えている。あと父親が警察官……だったっけ?


「ねね、神凪(かんなぎ)くんさ」


彼女は、机に突っ伏しながら、顔だけを僕に向けた。悪い気はしない。制汗剤のCMみたいでむしろ――


「ん」


「神凪くんってさ、確か後輩と付き合ってるんだよね」


彼女の唇は微かに腕に触れていて、僕の方にはくぐもった声が届く。声は先ほどの挨拶よりは少し小さかったけれど。


「そうだよ」


「……そっか、やっぱり、」


「いや、冗談なんだけど」


「え?」


彼女はビクリと肩を動かした。


「いや、誰とも付き合ってない」


僕はそう続けた。


「じゃあ、朝一緒に来てる子は?」


途端に声色が明るくなる。女子はやっぱりゴシップが好きなのだろうか。そして、それが態度に出ていることに本人は気づいているのだろうか。まあどちらにせよ、こんな詮索は何も生まないだろう。


「あれはいもーと」


「え、じゃあ誰かと付き合おうとかは?」


「しな……するかも」


咄嗟にどっち付かずな返事が出た。確かにまあ、したくないと言ったら嘘になる。けど、普段はこんな風に曖昧な返しはしないはずだった。たぶん、それはきっと今日が"今日"だったからなのかもしれない。


「そっか、神凪くんもか、私も……誰かと付き合ったりするの、ちょっと憧れてるんだよね」

机の上に突っ伏した腕は、少し顔を隠しているようにも見える。それでいて彼女は僕の様子を伺うように、丁寧にそう言っているようだった。


「僕は東江さんのこと好きだよ」


……あれ。

何言ってんだろうと、言ってから考えた。これは、何だ? 今日まで抑えつけられていた自分の無意識とか、そういうやつか。いやまさか。


「え?」


彼女は僕の方を見たり下を向いたりを繰り返す。かすかだけど瞳がせわしなく動いている。

しかし、彼女のためにもこのままではダメだ。と、理性の側が前頭葉から痛く圧力をかける。僕は必死に言葉を探った。


「……だから東江さんの好きな人も、好きになってくれるんじゃない?」


そう言うと、少し間があった。


「……それってどういう意味?」


彼女はおそるおそる聞いた。だけど、同時に不機嫌そうだった。いや、これは不機嫌とか、そういうのじゃない。だけど、僕はそんなことを気にする暇は無かった。


「いや、東江さんはいい人なんじゃないかって」


その言葉の後、彼女の視線はピタリと定まって、僕の目をしばらく見つめた。時間が止まったみたいだった。それがどういう意味かは、わからない。ただ、その瞬間が残酷な雰囲気に満たされていることだけはわかっていた。


「それじゃあ……ううん、そだね」


彼女はまた突っ伏して腕に頬をうずめた。耳の赤かいのが、彼女のショートカットの隙間からすこしだけうかがえる。


「ああ。いい人だと思う」


僕は自分が少し情けなくなった。自分の発した音声が、悲鳴に聞こえた。彼女の痛みを絞ったひとしずくだけが机一つ分離れた僕に伝わる。痛い。苦しい。


「ありがとね、ほんと……わかった」


机に反響した声がどこかを伝ってちっとも赤くなんかなってない僕の耳に届いた。音が震えてるのは、机という媒質を介しているからなのか、それとも


「あの、大丈夫――」


「ごめ、その、ちょっとトイレ……」


僕のぬるい言葉を突き刺すようにそう言って、彼女はそのまま一直線に教室の外へと、走ってるみたいに歩いていった。


「ああ、うん、なんかごめん」


という僕の言葉に、真っ赤な耳を貸す気配も見せないで。

自分の顔を必死に隠しているところから、やっぱり東江さんはいい人だと思った。



「よお、」


昇降口を出るとセーラー服を着た後輩女子に下腹部をチョップされた。ヤンキーか。


「久しぶりにーちゃん。8時間ぶりだな」


「そうだな……よし、帰るか」


正門に向けて体をひねると先程攻撃を受けた下腹部が少し痛む。さてはみぞおちを狙ったなこいつ。


「そーいえばさ、」


「何?」


「結局あたし、彼氏出来なかったなーって」


「お前もか」


「お前も、って?あー!」


妹はわざと周りに聞こえるように叫んだ、ような気がした。周囲の視線が少しだけ僕らに寄った。


「どうした急に」


「今日にーちゃん、女の子泣かしたんだって?」


「……」


「やっちゃったね、でもにーちゃんがそんなことするの、初めて――」


「うるさいな」


わずかに声が大きくなる。でもきっと気付かないくらいの程度だ。


「……怒ってる?」


前言撤回、気付かれた。


「別に」


僕は視線を逸らした。


「えっと……」


妹も別の意味で視線を下へやった。


「話を戻そう」


「ん?」


「ほら、彼氏がうんたら」


「あー、彼氏ね。うん、結局誰一人できなかった。ま、しょうがないけどね」


家に続く道のずっと先を見ながら、妹はこぼした。周囲の視線はもう、元通り分散していた。


「まあな」


と、僕はそれ以上聞かなかった。


「にーちゃんは結局興味なかったの?」


文は、ジャージ類が入ったセカンドバックを邪魔そうに背負い直しながらそう言った。僕はふと、ジャージ持って帰り忘れたことを思い出した。


「いや、あるよ。でもやっぱりさ」


「迷惑かけるから?それとも、どうせ最後まで一緒にいられないから?」


セカンドバックの片方のひもがまた落ちる。そしてそのたびに文はバックを背負い直している。


「荷物持つぞ」


「ん、ありがと、思ったより重いから気をつけて」


そう言って妹は先ほどまで煩わしそうに持っていた重荷を僕へ丁寧に渡した。


「ああ。どっちもだと思うぞ」


「え?ああ、そうかもね」


「でもどうして今更そんなこと」


「いやなんかさ、もしホントにその気なら、逃げられないことも無いんじゃないかって」


「逃げるって?」


するとすこしだけ、間があった。


「"さだめ"から」


「無理だ。もし逃げられたとしても、長くは持たない」


僕は即答した。


「じゃあにーちゃんはさ、逃げようって思ったことないの?」


負けじと妹は素早く返した。


「うーん、そうだな」


逃げようと思ったことは――


「無いかな」


――一度だけ、ある。


「そっかー、あたしは何回かあるんだけどな。あっ」


不意に蝉の声が近くなる。示し合わせたみたいに、ジリジリとしたアスファルトからの熱も、僕の額にへばりついてきた。


「どうした?」


「どうせ今日で終わりなんだし、今なら悪いこと何でもできるんじゃない?」


妹は数十メートル先にあるコンビニを見ながら言った。万引き……とか、そういうことだろうか。いやいや、そんな妹に育てた覚えはない。


「そんなことはねえよ、地獄に落ちるぞ」


僕は首元の汗が気になり始めた。でも両手がふさがって拭えなくて、もどかしかった。


「ジョーダンだって。でも、私たちが行くのは、天国でも地獄でもない、別の世界、なんでしょ?」




「……にーちゃん、そろそろ」


誰かが襖を完全に開けて、僕を呼んだ。声の方向へゆっくりと視線を傾ける。白い装束に着替えた文は部屋の薄明かりに包まれて、朧げな存在感を精一杯保っていた。


「ああ」


僕は妹の後を追うように、廊下を渡って、祭壇へと向かう。僕は儀式に備える周りの様子に興味が湧かなくて、ただ妹の白くて細い体躯を見つめていた。


「文、」


「なに?」


「……あのさ、いままでお前が居てくれて____」


「やめて」


必要以上に鍛えられた刃物のような声が僕の言葉を遮る。もう一度叩けば折れてしまうような、そんな声だった。


「……ああ、そうだったな」


僕だって、この期に及んで口を滑らせたわけじゃない。もしかしたら、受け止めてくれると思っていた。いや、でも本当は、東江さんの時みたいに、自分勝手に吐き出してみたかっただけなのかもしれない。


「いまさらお兄ちゃんに言われなくても、分かってる。絶対考えないようにしてたけど、無理だった。昨日の夜から、辛いんだ。だから、言わないでほしい」


ああ、だから今朝は――いや、もう考えるのはやめよう。喉の奥から何かが突き上げてくる。


「そっか」


そうだよな、僕は、自分の"さだめ"とか、人との関わりとか、世界の価値とか、なるべく考えないようにしてたけど、たぶん、文は違う。

あいつは多分、人がどう思うとか、自分が人にしてやりたいこととか、もっとずっと敏感なんだと思う。僕だけがとりわけ考えないようにできていて、きっと僕の妹はもっと普通に、物事を感じ取れるんだろう。

だからこそ、僕は今になってようやくこの苦しさに気づいた。今になってやっと、何も出来ない自分が悔しかった。本当に、間が悪い。

僕らは、祭壇を登って、神水と称した青酸カリ水溶液の前に座る。境内を囲む木々の真上からゆっくりと欠けていく月輪が僕らを覗き込む。

神社を覆う林のせいでほぼ真上からでないと月の光が入らないこの境内に、皆既月食の影が差し込むのはどうやら何百年に一度らしい。

そして、月食の魔物に僕らの住む現実世界が飲まれないように命を捧げるという、この神社の時代錯誤な"さだめ"が、僕らを十数年間、つまらない世界に括り付けていた。

今日は生まれた時から決まっていた僕と妹の命日。

そして、神凪文の誕生日でもあった。

僕は一度だけ、この使命から二人で逃げようと思ったことがある。

それは、文が初めてこの"さだめ"を告げられた日の夜。文がこれからは隣で寝たいと言ってきた日の夜。

あの時の一度だけ。


僕らは合図と共に、毒杯を呷った。



「―――くん!!」


ずっと書きたかった作品です。よろしくお願いします。

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