鏡の悪魔と白雪姫
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『なんで逃げないの?』
鏡に写る青年は幼い少女に問う。心配しているのではない。ただ不思議だった。少女は意地悪な継母からいつも虐められていた。どうして自分を害する者の傍にいるのかと。少し興味があった。
『だって…』
”いつか、おかぁさまも、わたくしを好きになってくれるかもしれないじゃない”
それに青年は「偽善だね」と返した。鏡に写る青年には”愛情”など理解できない代物だった。
『それに、わたくしがこの家を出たらあなたに会えないわ!』
『…君はバカだね、ボクは鏡の中ならどこへでも行ける、ボクを理由にしないで手鏡を持って逃げればいい』
『こどもはおとなの加護がないと生きていけないのよ…でもあなたの気持ちはうれしいわ…ありがと”スロウス”』
そう言って寂しそうに笑う少女は
この世の何よりも美しかった。
『ところでなんでボクが見えるの?継母は魔女だから見えるにしても、君は…』
『わたくしが、ばけものだからかしら?』
『…化け物?』
少女の手から雪の結晶が浮かぶ。
『おかぁさまが、ばけものだって…こおりのばけもの…』
生まれつきあったその力…優しい少女は、友達が雪が見たいと言えば雪をその力で生み出した。
友達は気味悪いと少女から離れていった…幼い少女は初めて自分が普通ではないと知る。
『じゃあボクたちお似合いだね、化け物の君と悪魔のボク、』
青年は部屋の中央にあるテーブルに腰掛けバスケットから林檎を取り出しカシュッと一口噛み付く。
『ボク…林檎って好き、禁忌の果実、人間の最初の罪の味、』
『わたくしはきらいよ』
”だって血の色みたいだわ…”
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少女は優しい父と美しい母の元に生まれた。
黒曜の黒髪、白磁の肌、林檎のように赤い唇。
皆は白い雪のような美しさを持つ少女を白雪姫と呼びました。
白雪姫の母は元々、病弱で白雪姫を産んで亡くなりました。母親のいない白雪姫を不憫に思った父親は国一番の美しい女性と結婚しました。
しかし、継母となった女性は実はとても悪い魔女でした。
美しくあることにこだわる継母は若さと美しさを持つ白雪姫を妬みました。贅沢をするために邪魔な夫を病に見せかけて殺し、白雪姫には汚れた服を与え、優越感に浸っては白雪姫を召使いのように扱いました。
そうそう…このお屋敷には先祖代々伝わる【”魔法の鏡”】があります。その鏡に継母は話しかけました。
「鏡よ鏡?世界で一番、美しいのは誰だい?」
すると不思議なことにそこに美しい蒼白の青年が現れました。
『……それは奥方様です。』
淡々と涼し気な目はそう告げます。
そうすると継母は機嫌よく嘲笑いました。
「ほらね!やはり白雪などより私の方が美しいのだ!!あんな子っもし私より美しいなど言われようものなら今すぐその首を落としてやるっ!!!」
鏡の青年は冷ややかに氷のような視線を継母に投げかけ消えました。鏡の青年はこの女が嫌いなのです。
では何故「世界で一番美しい」などと告げたのか?
皆は彼を【”真実の鏡”】と勘違いしている。魔女である継母でさえも。しかし彼は【”鏡に閉じ込められた悪魔”】だったのです。
つまり、彼は嘘をついたのです。「継母が世界一美しい」…と。そうしないと自分のお気に入りが殺されてしまうとわかっていたからです。
『そこにとじこめられてるの?』
初めて自分を目視した人間。鏡に写る青年…鏡の中にしか存在しないソレを怯えるでもなく少女は問い掛けてきた。人間…とくに子どもは存在するはずのないものに怯えると人間嫌いの青年でもそれくらいは知っていた。しかし目の前の少女は怯えるどころか自分に笑いかけてくる。
『いつか”すのー”がだしてあげる!』
この少女の名前は”すのー”らしい。
「ただの人間がボクを見つけたのはすごいことだが君には無理だ。」と言えば「じゃあ、さみしくないようずぅーとそばにいる!」と笑う。悪魔と人間は時間の概念が違う。彼女の言う”ずっと”は悪魔にとって”一瞬”だ。
『わたくしは、すのーですの!あなたのおなまえは?』
『………スロウス、』
気づけば悪魔は自分の高貴な名を大嫌いな人間であるスノーに教えていた。自分の変化に戸惑うもこの心地良さの理由が知りたくて彼はよりスノーと共にいることが増えた。
それが継母に伝わってしまった。
自分の鏡にちょっかいを出す娘を継母は国でも有名な王子の元に嫁がせて二人を切り離した。
王子の噂といえば
「美しい死体をこよなく愛する狂人」
皆、口にはしないが王子に嫁げば殺されると誰もが知っていた。スロウスは止めた。「お前が行くことはないと」、「継母はお前を殺そうとしているのだ」と…。しかしスノーは頑なに聞きません。スノーはこの縁談を断れないことを知っていたのです。
『国一番の美しい娘、黒曜の髪に、白磁の肌、林檎のような赤い唇…それが死体となれば完璧な美しさのまま永遠に愛でてあげよう。』
…スノーはもう王子に出会ってしまっていた。継母に虐められ本来する必要のない仕事をスノーは一人でこなしていた。その日も洗濯のための水を館の裏手にある井戸で汲んでいた所に”偶然”王子が通りかかり、スノーを見初めてしまったのだ。
今、スノーが逃げればこの館の者は生きていけない。スノーは家を守るために犠牲となった。
スロウスにはどうしようも出来ない…彼の世界は鏡の中にある。現実の世界に実体のない彼は鏡を通して見ているしか出来ない…
スノーがナイフで刺され苦しむ姿を、……
スノーが王子に侮辱されていく、……
「見ないで」と泣くスノー……
息絶えたその瞬間を、……
スロウスは肉体を失い、魂だけとなったスノーを攫った。彼は悪魔、実体を失った魂に干渉するなど朝飯前のこと。空っぽの器はどうすることも出来ない、悔しくもあるが王子に好きなようにさせた。所詮、王子はスノー自身を愛していたわけじゃないのだから。
……スノーの亡骸を抱く王子が泣いている理由など悪魔のスロウスに分かるはずもなく、彼はスノーの記憶を消して自分の世界に連れ去った。
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「ここは素敵なところね!スロウス!」
白金の髪に、白磁の肌、血のような赤い唇の少女は辺り一面の新雪を足で踏みつけ泥でぐちゃぐちゃ汚していく。
「キャハハァッ!!汚い汚い汚い!汚れてく!……私も汚い?あ…ぁ、わたくし、よごれちゃ…
『スノー』
…あれ?私?……?へんなのー!あっ!それより遊ぼスロウス!」
「…いいね、なにして遊ぶ?雪だるまでも作る?それとも子どもに鏡の破片を刺してお城に連れてっちゃおうか?」
「この間は失敗しちゃったもんね…私カイとお友だちにならたかったのに!ゲルダ!あの子が邪魔したの!カイをコレクションにしたかったのにっ!!」
スノーは壊れてしまった。
君の忘れたい記憶を消しても
君はすぐに思い出してしまう。
楽しいことだけしよう、子供みたいに。
そうすれば楽しいことでいつか全部忘れるよ。
汚れた過去も、…ボクのことも。
最初から始めよう……
この世界には君を傷つけるものはいない。
君はこの世界の女王。
誰も君を傷つけられない地位をあげる。
「昔みたいに笑ってスノー…
今度は鏡越しでなくボクの隣で…」
脳裏には林檎のような赤に染まるスノーの姿…
助けてと鏡に手をのばす…
その手は触れることも出来ず目の前で落ちた…
笑顔の可愛い少女が絶望に堕ち、
最期の瞬間、自分に縋った手に触れることさえ許されない世界………
(ボクは、もう林檎を見たくない…)
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どこか遠い遠い北の向こう。
雪山の中に氷でできたお城がある。
そこには子どものように
愛くるしく残酷な氷の女王と、
彼女に寄り添う氷の王様がいる。
彼女の城に近づけば生きて帰って来ることはない。
氷の女王は壊れているからだ。
自分に近づく男を氷柱で突き刺し、
気に入った子がいれば”お友だち”にする。
そうして出来たコレクションは
氷で固めて大事にお城で保管する。
王様は止めません。
なぜって?
止める理由がわからないからです。
…けして”怠惰”な悪魔だからじゃありませんよ?
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【登場人物】
・スノー(白雪姫→雪の女王)
白雪姫の死後、雪の女王として別の世界の住人となる。
別の世界に移転したことで前の世界の記憶が徐々に消えていくがまだたまに思い出してしまう。
・スロウス(鏡の悪魔)
「鏡の精霊」と勘違いされていた。
その正体は『七つの大罪』の『”怠惰”』
・カイ
スロウスの閉じ込められていた鏡の破片が刺さって性格が変わった男の子。(元ネタ氷の女王)
・ゲルダ
カイを助けに来た女の子。(元ネタ氷の女王)