MATSURI☆ウォーズ 2017 〜納涼ラブストーリー〜
「た〜まや〜!」
上機嫌の彼女が空へ解き放った一言は、生暖かい空気を孕んだ闇夜へ吸い込まれるように消えた。それと引き替えに現れたのは、心まで震わせるような轟音を伴う豪華絢爛の華々。
十階建てマンションの最上階。バルコニーの先へ広がる夜空へ華麗に咲き誇ってゆく。
風物詩の花火大会。彼女と酒を酌み交わし、ここからそれを眺めるのも毎年の恒例だ。
グラス片手に、Tシャツとショートパンツ姿の僕。彼女も同じように、黒のキャミソールにベージュのショートパンツという姿。
飾り気もないそんな姿だけれど、それが逆に、彼女という素材自体が持つ美しさを存分に引き出している。
これは僕が酔っているだけなのか、それともこのシチュエーションがそう見せているのか、今の僕に正しい答えは分からない。
「そういえば、夏祭りをお題にした短編を書くって言ってたわよね? どうなったの?」
なぜか不意に、そんなことを聞いてくる。
「あぁ、あれか……勢いで参加するなんて言っちゃったけど、正直、何を書いていいのか分からないんだよね……」
はぐらかすように、黄金色の液体が揺れるグラスを口へ運ぶ。氷の音が耳に心地良い。
「あなたが今連載してる長編があるじゃない。碧閃! あれの短編を書いたら? 宣伝にもなるし、一石二鳥じゃない?」
「あれ、異世界ファンタジーだし。夏祭りなんて、入る余地は微塵もないんだけど……」
「じゃあ、どうするの?」
責めるような視線が痛い。僕が何をした。
「やっぱり恋愛モノかなぁ? 花火とか、祭りの後のわびしさにかけて、悲恋なんて受けがいいかもしれないなぁって……」
手を出したことのないジャンルだが、こうなったら挑戦してみるしかない。
「ダメよ! ダメ、ダメ! 全っ然、ダメ!」
そんな物凄い剣幕でダメ出しですか。
「なんか、そんなギャクがあったよね? もう少し僕に歩み寄ってくれてもいいと思うんだけど……君はいつも辛口だよね?」
「あら? 私はむしろ、あなたの作品の一番の理解者だと思っているんだけど? 恋人っていう色眼鏡を捨てて、正当な評価をしているつもりよ。現状で満足して欲しくないの」
なかなか辛辣なことを言う。
「あなたの文章力はそれなりだとは思うけど、発想が貧困なのよ。あのサイトを訪れる読者は、文章力なんてさほど重要視していないわ。アイデアと展開が大事なのよ! 恋愛モノなんて所に落ち着かないで、もっと斬新でインパクトのある話でないと、彼等は食い付かないわよ!」
暗闇でも、そのパッチリとした大きな目から発せられる目力が凄い。光線が出そうだ。
「文章力はそれなり……まぁ、それは光栄だね。できれば、ナイーブな心をへし折らない程度に抑えてくれたら励ましになるんだけど。ほら、僕って褒められて伸びるタイプだから」
「そうだ。いいこと思いついた!」
ひとの話を聞いているんだろうか。しかも。
「君がそういう笑みを浮かべる時って、イヤな予感しかしないんだけど……」
「お祭りなんでしょ? だったら、お祭り騒ぎをしちゃえばいいじゃない!」
「は?」
とびきり可愛い笑顔。こんな状況でなければ素直に喜んでしまうのだけれど。
「Hiroはこんな作品も書くんだって、読者へアピールするの! 深い爪痕を刻みつけるのよ!」
指先を折り曲げ、かぎ爪のような形を作った左手。それを持ち上げ不敵に微笑む。
「なんだか君が、どこかの世界の大魔王のように見えてきたよ……」
大輪の煌めきが、その顔を怪しく照らし出す。もう、ワルモノ感がハンパじゃない。
「これ以上ないインパクト……それよ! 様々なジャンルを複合させた壮大な物語を作るの! 私がストーリーを考えてあげる!」
君がまた、おかしなことを言い出した。
これは少々、飲ませ過ぎたかも。
「主人公は女子高生がいいわ。名前はそうね……風間サキ。詩や童話を書くことが趣味で、投稿サイトを利用する心清き乙女。あ、でも、運動神経もそこそこにしてね……」
「その子に何をさせるつもりなの? しかもインドア的な趣味のわりに運動神経もいいって、ムダにハイ・スペックだよね?」
それに、どこかで聞いたような名前だ。
「過去に、似たような名前の人がいたよね? まさか、鉄仮面かぶってヨーヨーとか持ってる?」
「それいいわね。いただくわ!」
「え?」
彼女はグラスへ口を付け、更に勢い付く。
「友達と夏祭りの会場で待ち合わせ。浴衣を着てメイクもばっちり。屋台を楽しんで、綿飴にかき氷に金魚すくい。お面も買って、それからヨーヨー釣りもしておかないとね」
「年甲斐も無く、祭りを満喫してるね……」
屋台で喜ぶのは小学生までだろう。そんなことを思いながら、グラスを口へ運ぶ。
「で、射的の景品でVRゴーグルをゲット!」
思わず酒を吹き出した。
「いや。景品のレベルがおかしいでしょ!? そのテキ屋、一晩で廃業しちゃうよ!?」
まさか、箱だけというオチなのか?
「好奇心旺盛なサキはVRゴーグルに興味津々。我慢できなくなった彼女は友達を放置。人混みから離れて近くの神社へ。境内の階段に腰掛けて、早速ゴーグル装着よ。すると、あら不思議! そのまま異世界へ転移!」
中身、入ってたよ。しかも超最新型。
「ちょっと待って! バーチャル空間ならまだしも、どうして異世界に飛ぶの!? それに、電源はどこから取ってるんだよ!?」
「テキ屋の発電機とかから持ってきてよ」
「いや。それって電気泥棒だよね!?」
どうやら僕の声は既に聞こえていない。
「ホラーも押さえたいわね。転移先は古びたお城。これで歴史ジャンルもカバー。脱出方法を探してアレコレ推理しながら、パニック的にゾンビの軍団と戦うって……どう?」
そんなキラキラした目を向けられても。
「とりあえず、最後まで聞こうか……」
聞くのはタダだ。害があるわけでもない。
「屋台で買ったお面が鉄仮面へ変わり、ヨーヨー釣りの水風船が鋼鉄製にチェンジ! それを使って、ゾンビどもを次々と……」
「ヨーヨーひとつで!?」
「もちろん! ヨーヨー無双・だ・YO!」
左手を振りかざして、ラッパー気取りか。
チラリと覗いたオヘソにドキドキしたけれど、そんなことは口にできない。そのくびれが描く曲線は、相変わらず見事の一言だ。
「君のノリに付いていけない……」
「読者サービスも必要ね。サキは浴衣を脱ぎ捨てて、ビキニ姿に変身!」
「読者サービスって、文字だけだよ。しかも鉄仮面にビキニとか、ただの変態だし……」
その魅力を活字で伝えられる自信がない。
「うん、いいわね。なんだか美少女戦士らしくなってきた! そして、決めゼリフっ!」
俄然勢い付いてきた彼女。花火を見ることすら忘れ、グラスの酒をこぼしそうな勢いで両手を交差。
なんだか既視感のある立ち姿だ。すらりとしたスタイルと長い手足も相まって、その姿が妙にサマになっている。
うん。セーラー服を着た戦士に間違いない。
「土に還って! お仕置きよっ!」
出た。しかも、なんか上手いこと言ってる。
「なに、そのドヤ顔……しかもそこは、おまんら許さんぜよ、じゃないの?」
「それはそれ。いいじゃない……で、お城を調べながら、地下牢で壊れかけのレディ……じゃなかった。ネコ型ロボットを発見!」
この話、どこへ向かうんだ。
「なんでそんなものが?」
「SFとか、空想科学のジャンルも押さえないと。必須よ! お城の城主が飽きて放置したって設定。名前はそうね……のらモンがいいわ! ゆるキャラみたいで可愛いでしょ?」
「明らかにパクリだよね? それに、のらモンがいたら彼だけで充分だよね?」
「そんなご都合主義は認めないわ!」
鋭い視線を向けてくる彼女。
充分、ご都合主義だと思うけれど。いや、それ以上に、物語として成立していない。
「のらモンのエネルギー残量はわずか。サキのお面と水風船を細工した時に、ほとんどのエネルギーを使い果たしてしまったの」
のらモン。もっと大切なことに使おうよ。
「心優しいサキは、一緒に脱出するためにお城の最上階を目指すことになるの」
「鉄仮面ビキニの変態と、出会って数分で打ち解けるの? のらモンのコミュ力が高すぎるでしょ……で、最上階には何があるの?」
もう何も怖くない。少しも寒くないわ。
「のらちゃんのご主人様がいるの。サキをこの異世界へ呼び込んだ張本人。金髪青目で長身の、イケメン吸血鬼レオナルドよ」
「色々、設定が雑になってきてるよ……」
「そこはあなたが整えてね。で、苦労の末、二人は最上階の広間へ到着、ついにレオナルドと相対するの! 彼の目的はもちろん、サキの生き血を貪ること……」
「え? それだけのために、こんな大がかりなことしてたの!?」
直接行けよ、レオナルド。物ぐさ男だな。
「それだけとか言わない! 純血美少女の生き血よ! とっても価値があるんだから!」
髪を掻き上げ、うなじを見せて微笑む仕草に思わず見とれてしまった。
「君ならともかく、ただの変態少女だよ?」
しかも城へ転移直後、ゾンビ軍団に襲われたはず。そこで彼女が亡くなってしまったら、レオナルドはどうするつもりだったのか。
あぁ。これはもうB級確定だ。
「追い詰められたレオナルドは、お城の浮遊装置に手を伸ばしちゃうの! 飛び上がったお城は、大気圏へ突入!」
「その時点でお亡くなりになると思うよ」
彼女の思考まで宇宙へ行ってしまった。
「そこは、のらちゃんの出した宇宙服的なヤツで生き延びて! そして、サキとのらちゃんはお城を飛び出して、宇宙空間へ脱出するの!」
「宇宙服的なヤツって……読者サービスのためのビキニだったんじゃないの?」
コンセプトまでブレブレだよ。
「あぁっ、もう! わかったわよ! 月にかけてバニースーツで行くわ! 防護バリアでがっちりガード! 鉄仮面も捨てるわ」
「バニースーツか……悪くない」
変な所に食い付き、顔がニヤけてしまう。
「あなたの性癖はどうでもいいわ。それは今度見せてあげるから! お次は、お城がロボットに変形! 対して、のらちゃんは女人型決戦兵器に変形よ! その名も、オバンゲリヨン初号機! 戦いは、クライマックスへ!」
またしても酒を吹き出してしまった。
ついに巨大ロボットまで登場か。
「初号機って、他にもいるの!? それに、オバンゲリヨンって、音の響きが汚いよね……全てが有り得ないよ……」
「有り得ないとか、そういう固定観念に縛られてるから面白い物が書けないのよ!」
固定観念という言葉で片付けて欲しくない。
「オバンの操縦席へ座ったサキは、操縦桿すら見当たらないことに困惑するの。で、目の前で沈黙するコンソールへ謎の穴を発見!」
「穴? どうするの、それ?」
すると彼女は意味深な笑みを浮かべて、キャミソールの胸元へ人差し指を掛ける。
その奥へ覗く谷間へ視線が吸い寄せられ、思わず喉が鳴ってしまう。
「するとサキは胸の谷間から……ちゃちゃちゃ、ちゃっちゃちゃ〜。リンゴあめ〜!」
「ぶはっ!」
吹き出した酒がキラキラと宙を舞う。
「穴に向かって、握りの割り箸をダイレクト・イン! オバン初号機のコンソールが起動! そして一言……こいつ、動くぞ!」
「リンゴ飴、ずっと持ってたの!?」
しかも、それが操縦桿なのか。
「オバン初号機の装備は、肉斬りサーベルとエプロンアーマーね! でも、ロボットに変形したお城を相手に大苦戦。最後の決め手は、口から放つハイメガ粒子砲!」
「ねぇ。始めから、それ使おうよ……」
世直しお爺さんの印籠じゃあるまいし。
「お城は粉々で、オバンも大破。レオナルドとサキは宇宙空間へ投げ出されてしまうの」
「色々、大変そうだね」
ここまでくれば、もはや他人事。でも……
「ちょっと待って! オバン大破って、のらモンはどうなるのさ!?」
「ん? 壊れちゃったからお別れだね。ボクノコト、ワスレナイデネ……」
「のらモ〜ン!! しかも片言って……そこは感動の場面になるんじゃないの?」
随分とぞんざいな扱いだな。
「宇宙空間に投げ出されるのよ!? サキもレオも必死よ! で、お城の呪いから解き放たれたレオは正気を取り戻すの。そして、残された力を振り絞って、サキを地上へ送還。ここで二人は悲しい別れを迎えるのよ……」
こっちが本筋なのか。
「え? 恋愛モノ!? っていうか、二人の間には、いつ恋愛感情が芽生えたの!?」
混乱する僕を残して妄想は続く。
「泣き濡れたサキの顔からVRゴーグルが落下。お祭り会場の片隅で彼女は目を覚ますのよ」
「なに? 夢オチ? いや、VRという時点で、全てはゲームだったというオチだよね?」
この話の着地点が見えない。
「レオナルドとの悲恋に打ちひしがれるサキ。そんな彼女へ偶然に声をかけたのは、憧れだったサッカー部のキャプテン、翼くん」
「ぶはっ!」
終盤で新キャラがぶっ込まれました。
「ゴーグルを投げ捨てて、涙を拭うサキ。慌てて髪を整えるけど、なぜかそこにはウサ耳カチューシャが……よくよく見れば、浴衣を着ていたはずがバニースーツ!」
「そこだけはリアルなんだ……」
「でも、それが功を奏して、翼くんのハートを鷲掴み。相思相愛になった二人は、手を繋いでお祭り会場へ消えて行くの」
「翼くん、実は体が目当てなんじゃ……」
もはや、爽やかさのカケラもない。
「レオ、ごめんね。サキのつぶやきは、祭りの喧噪に飲み込まれたのだった……どう?」
「なんかもう、いろいろ盛り込みすぎてお腹一杯……それに、短編で収まる気がしない……」
ひとの事を発想が貧困だと言っておきながら、結局彼女も、どこかで見たものを繋ぎ合わせただけだ。まぁ、それを指摘すると機嫌が悪くなるのは明らかなので、ここはぐっと堪えるしかない。
煽るようにグラスの中身を飲み干した。するとそれを待っていたように、彼女は悪戯めいた笑みを覗かせる。
この笑みが、堪らなく可愛いのが悔しい。何でも許してしまう自分が情けなくなる。
「タイトルは、MATSURI☆ウォーズ2017」
「なに、そのネーミング……しかも、来年もあるの!?」
なんで勝手にシリーズ化されてるの。
「副題は、納涼ラブストーリー」
握るグラスの中、足下を滑らせた氷が、甲高い音を立てて落下する。
「タイトルまで問題ありすぎ……というか、こんな作品を公開した日には僕のアピールどころか、人格が疑われるような気がするんだけど……」
Hiroがまた、しょうもない話を書いているなどと言われたら悲しい。やはり突貫工事だとしても、恋愛モノへ振り切るしかないだろう。彼女がそれを読まないことを祈るだけだ。
そんな不安が過ぎった直後、僕の心は、目の前で咲き誇る大輪の華のように粉々に散った。
「カ〜ンチ!」
全てやり尽くして満足したのか、なぜか上機嫌の彼女。どこかで聞いたセリフを口にして、上目遣いで覗き込んでくる。
「いや。僕、カンチじゃないし……」
思わずのけ反った直後。
「カンチ、セッ……」
左手で、慌ててその口を塞ぐ。
「いや、いや。カンチって言われた時点で来ると思った!! っていうか、そのセリフが言いたかっただけでしょ!?」
彼女は口を塞がれたまま、しがみつくように体を押し付けてきた。
もう、MATSURI☆ウォーズでも何でもいい。僕の戦いはここからだ。
花火が照らし出す彼女の顔。その唇へそっと口づける。
今夜の出来事はきっと、酒の力が見せている夏の夜の幻に違いない。