短短編小説1 夜の鳥居前
俺は田中謙次17歳、私立高校に通う平凡な高校2年生。夜9時位に学習塾を終え、自転車で急いで家に帰る途中、神社の鳥居前を通り過ぎようとした時にパジャマ姿の女の子が目にとまった。顔色が透けるぐらい白かったので、思わず足元を見てしまったがサンダルを履いていてほっとした。
歳は俺と同じぐらいで凄く違和感と言うか気になったので、思わず声をかけてしまった。「こ、今晩は、どうしたのこんな時間に大丈夫」と尋ねたが、女の子から返事はない、いきなり声をかけられて、ナンパか不審者と思われたのかもしれない。
少し気にはなったが、返事がないのでその場を離れようとしたとき、「大丈夫です。心配して下さってありがとうございます。」とても小さな声で丁寧に返された。
女の子が大丈夫だと言うのだから、「そう、じゃあ良かった。暗いし気をつけて帰ってね」と応え、その場を去ろうとすると、女の子が、「すみません、家まで送って頂けませんか」小さな声で尋ねてきた。
俺はびっくりして、「えっ」と聞き返してしまった。女の子は、「いえ、迷惑ですよね。いきなり送って下さいなんて言われて、気にしないで下さい」と言い返されてしまった。
俺は慌ててつい、「い、いえ大丈夫ですよ」と答えてしまった。いきなりの事で驚いたが、可愛い子だし、まあいっかとお気楽に考えてしまった。
俺の方から「田中謙次、私立高校2年の17歳です」と自己紹介をした。すると女の子が、「鈴木彩乃です」と名前だけ自己紹介してくれた。あまり根掘り葉掘り聞くのも気が引けたので、「彩乃ちゃんて言うんだ。ところで、家ってどこ」と尋ねた。気安く大丈夫だと言ったけど、自転車で送れる距離か少し心配になった。パジャマ姿だし10Kmや20Kmはないだろうとまた、お気楽に考えてしまった。
すると女の子は、「Y駅近くのコンビニまでお願いできますか」と尋ねてきた。俺の家とは反対方向だがここから5Kmぐらいだし、こんな時間に女の子一人帰す訳もいかず、「帰り道だから、後ろに乗って」と声えをかけた。
女の子は、小首を傾げ「ありがとうございます」と言って、後ろに乗ってきた。本当に乗ったのかと思う程軽かったし、腰に回した腕は少し冷たく感じて、ぞくっとした。俺は、「じゃあ出発するね」と声をかけ、自転車のペダルをこぎ出した。
特に会話もなく、15分程走りY市の商店街を通りコンビニ近くにくると、「この道を右に曲がって下さい」と話しかけられた。俺は、「了解」と答え自転車を右に向け走らせた。
住宅街に入ると女の子は、「ここで結構です。ありがとうご・・・」自転車を止め、後ろを振り返ると女の子の姿は無かった。えっと思い、周りも見渡したがやはり姿は見えなかった。よくドラマなどでは後部座席が濡れていたりするが、後ろの荷台をさわったが別に濡れてはいなかった。
初めから何となく少し不思議な気がしていたので、こういう事もあるんだなと思ったし、別に怖くも恐ろしくもなかった。むしろ少しわくわくしながら家へと向かった。
次の日も同じ時間に鳥居前を通ってみると、昨日の女の子が鳥居下に立っていて、どきっとした。怖いもの見たさなのか、と言っても怖くはないのだが、また声をかけた。「こんばんは、昨日はちゃんと家に帰れた」女の子はこっちを向いて「こんばんは」とだけ返してきた。
少しまが空き、俺は、「今日も迷惑じゃなきゃ、送ろうか」と尋ねると、「ありがとうございます。ご迷惑でなければお願いします」と返ってきた。「じゃあ乗って」と声をかけると女の子は「ありがとうございます」と言い、ちょこんと後ろに乗ってきた。
俺は何だかどきどきしながら、「出発するね」と自転車のペダルをこぎだした。
商店街に入り、ショーウインドウに映る自転車を見たが、俺の姿が映っていた。昨日と同じ場所に着くと女の子は礼を言いまた、姿は見えなくなっていた。
今日も同じ時間鳥居と向かう。出会ってから3ヶ月ちょっとになるが、特に会話も進展しなかった。聞くのが怖かったし考えたくもなかった。ただ逢えるだけで嬉しかった。
「こんばんは、彩乃ちゃん」「こんばんは、謙次くん」
いつもの様に挨拶を交わし自転車を走らせた。なんだか今日はいつも以上に肌が透けている様に白かった。なぜだか分からないが胸騒ぎを感じた。
住宅街に着き、いつもの様に消えるように別れた。
少し停まっていると、一軒の玄関が空き女性が出てきた。顔をみた瞬間、「あっ」と声がもれた。歳は40過ぎか、でも彩乃ちゃんに良く似ている。僕は思わず、「こんばんは」と声をかけると「こんばんは、いつもこの時間に自転車を停めてますね」と言われた。
俺は思わず、「もしかしたら、娘さんいましたか」と尋ねた。
言った瞬間、はっとした。今まで考えない様にしていたが、過去形で聞いていることに気がついた。
女性は優しい笑顔で「あなたが謙次くん」と言うと、「さあ、どうぞあがって下さい」と促された。
俺は訳も分かららず玄関をくぐった。下駄箱の上には家族の写真が飾られていて、そこには笑顔の彩乃が写っていた。二階へと上がり、あやのと札の掛かったドアの前に来た。
女性は、「さあ、どうぞ入ってあげて下さい」と涙を流した。
俺の心臓はバクバクと音をたて、頭はグルグルと回っている感じで、真実を知りたくない気持ちで一杯だった。勇気を振り絞りドアノブを回してドアを開けた。ドアが開く時間が凄く長く感じ、もう彼女とは二度と会えない気がした。
「こんばんは、謙次くん。あっ初めましてかな」凄く弱々しい声だったが、いつもの彩乃の声だった。ベッドに横たわる彩乃に「こんばんは、彩乃」と涙ぐんでいつもの様に挨拶をした。
聞くと難病で今の医療では治療が難しいと、余命3ヶ月と医師に宣告され自宅療養している夜、毎晩お百度参りをしなさいと、優し声がしたそうだ。でも、出歩ける訳もなく、祈っているとふと鳥居の下に来ていて、神社でお参りを行い、鳥居下でどうやって帰るのか、思案しているところ俺と出会ったそうだ。
夢なら見ず知らずの俺に送ってもらっても大丈夫だろうと思ったらしい。そんな不思議な夢を毎日見ることをお母さんに話し、お母さんが気になって外を見ていると毎日同じ時間ぐらいに俺が自転車で家の前に停まっていたそうだ。
徐々に彼女の体調は良くなってきて、今日神社に通い出して100日目を迎えた、まだ全快ではないがこれから色々な事を一緒に経験していけるだろう。