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9、何のために生まれてきたのか

 母親の優子が毎日『城山中央病院』に通って美幸の身の回りの世話をしていたが、母親に代わって美里が毎日見舞いに行くようになった。

 「どうしたの、お姉ちゃん」急に優しくなった美里に不思議そうに美幸が聞いた。

 「この前変わった医者が家に来て、私の考え方が間違っていたと気付かされたのよ」美里がドクターシェフに諭されたことを話した。

 「その人に私も会いたいな」美幸は話を聞きたかった。

 「何だか知らないけど病院に来るとまずいことがあるようよ」美里には詳しいことが分からなかった。

 そんなある日、いつも隣にいた山川香織14歳のベッドがなくなっていた。香織は6歳の時脳腫瘍を患い入退院を繰り返していた。

 「香織ちゃんはどうしたの」美里が心配そうに聞いた。

 「ICUに移されたの」美幸の言葉に美里は青ざめた。大部屋から集中治療室のICUに移されて戻ってこれる患者は少ないのだ。

 すると、香織の父親の武雄と母親の智子が、廊下を走って集中治療室へ向かって行った。30分後心配になって集中治療室を見に行こうと廊下に出た美里の目に、香織の主治医である吉田弘之医師と数人の看護士が集中治療室の前で手を合わせて合掌している光景が飛び込んできた。

 集中治療室を後にしようとする吉田医師に香織の母親が集中治療室から飛び出してきて、白衣をつかみすがりついてきた。

 「吉田先生、香織は一体何のために生まれてきたんですか。頑張れ頑張れ、我慢しろ我慢しろ、さんざん耐えてきたのに」智子はその場に泣き崩れた。

 「智子いい加減にしないか。先生すいません」夫の武雄は妻を抱きかかえ集中治療室に戻った。美里の前を吉田医師と看護師たちが通り過ぎていった。美里は呆然とし立ちすくんだ。明日は美幸かもしれない。と思うと涙が込み上げてきた。

 美里が戻ると、廊下での騒ぎを聞いていた美幸も泣いていた。

 「お姉ちゃん、これ香織ちゃんのお母さんに渡してきて」美幸は香織から預かっていた手紙を美里に渡した。美里は集中治療室の前まで行ったが悲しみの中にはどうしても入れなかった。集中治療室の前でじっとしていると中から武雄が出てきた。美里は事情を説明して集中治療室に入り渡した。

 智子は、読めるような状態ではなかった。武雄が読み始めた。

 “お父さん、お母さんごめんなさい迷惑ばかりかけて。私が天国へ行っていなくなったら、お父さんもお母さんも苦労しなくてもよくなるね。14年間生きてきて辛いことも多かったけど、楽しい事もいっぱいあったよ。こんな私でよかったら、今度生まれ変わる時もお父さんと、お母さんの子供になりたいな。天国で神様に病気を治してもらって、健康な体で生まれてくるから。お願いね。天国の香織より。”

 「智子はあんなに頑張ったじゃないか。香織には伝わっていたんだよ。俺こそ、すまなかった。香織の面倒はいつも智子にだけ押し付けていて、俺が悪かった。智子がそこまで思い詰めていたなんて」武雄も泣き崩れた。

 美里は震える身体を抑えきれずに病室に戻った。

 「お姉ちゃん怖いよ、死にたくないよ」美幸は、初めて弱音を吐いた

 「大丈夫、大丈夫」美里にはこれしか言えなかった。頑張れ、とは言えなかった。あんなに頑張った香織が生き絶えてしまったのだから。

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