8、バチが当たる
その時、姉の美里が母親の優子に頼まれた買い物を買って帰ってきた。美里の態度は同じ家族とは思えないほど疎外感があり冷たかった。美幸とは違い派手な格好をしていた。
しかし、美幸は姉の美里を慕っていた。美幸が白血病を発病したのは小学校3年生の9歳の時だった。2つ違いの美里は5年生で11歳だった。それまで2人は大変仲がよくいつも一緒に遊んでいた。たまにけんかをすることがあってもすぐに仲直りが出来た。
ところが、美幸が白血病になってから2人の関係は一変してしまった。両親にとっては生きるか死ぬかの大病をわずらった美幸の看病が生活の中心になってしまい、姉の美里にはかまってやれなかった。しかも、“あなたはお姉ちゃんでしょう”こんな調子で美里がしたいことは何事も我慢させていた。
いくら姉の立場とは言え両親にまだ甘えたい11歳の少女にとっては毎日が辛い思いだった。そのため両親の関心を自分に向けて欲しいとの思いでレジのお金を盗んだり、中学の頃からタバコをすったり、高校では暴走族の仲間に入って両親を悩ませていた。
時には美幸がいなくなってしまえば自分はもっと幸せになれると思ったこともあった。美里は高校を卒業してからアルバイトをしていたが、一つの職に長続きせず職場をいくつか替えていた。
ドクターシェフは、美里の美幸に対する思いが美幸の病気に影響を与えているのではないかと考え、美里を呼んでこれまでの思いを聞き始めた。
「美里さんは今までずいぶん辛い思いをしてきたね」
「何いってんの、私は美幸じゃなくて美里なのよ。人の名前を間違えないでちょうだい」美里はふてくされて部屋を出て行こうとした。
「いや、間違えていないよ。病気のことは美幸さんが辛い思いをしているけど、心は君の方がもっと辛い思いをしてきたんじゃないの」
「どういうこと」こんなことを言われたのは美里は初めてだった。この人なら自分の辛い思いを分かってくれるかもしれないと思い、部屋に戻った。
「人を恨んだりするとその想念が影響して相手が不幸になることがあるんだ。それでいい気になっていると、その反動が自分に返ってきてバチがあたるんだ。人をいじめても同じようなことがあるんだよ。美幸さんが白血病になったのは君のせいじゃないけど、病気が悪化した時は何かあったのかもしれないね」
すると美里は思い当たることがいくつもあった。白血病は薬物治療の副作用で何時病状が悪化するか分からない病気だ。美幸が小学校6年生の春病状は安定していた。去年もおととしも遠足の時には入院していたので行けなかった。今年は遠足に行けると楽しみにしていた。両親もいたれりつくせり準備をしていた。
しかし美里は美幸の病気が悪化して入院してしまえば遠足に行けなくなる、と強く思っていた。すると、本当に美幸が高熱を出し入院を余儀なくされ遠足に行けなかった。美里は自分の思いが通じたというよりたまたま美幸が高熱を出しただけだと思っていた。
2週間後、中学2年の美里にも遠足の日が訪れた。中学に入って一度も風邪などひいたことがなかった美里だ。楽しみにしていた遠足の日の朝だった。美里が起きると高熱が出て頭が痛く吐き気もした。熱を計ると39度5分もあった。とても遠足に行ける状態ではなかった。この時、バチがあたったなどとは夢にも思わず偶然だと片付けていた。
美幸が中学1年の時だ。この日の朝は晴れていたが、天気予報では午後から雨だった。母親の優子が2人に傘を持って行くように言った。だが、美幸は傘を持ったが美里は持って行かなかった。
放課後、美里は友達の由美子の家に遊びに行こうと2人で歩いていると突然雨が降ってきた。2人は近くのコンビニに駆け込んだ。雨やどりをしていたが、雨は止みそうになかった。2人で漫画本を読んでいると、コンビニの前の道を美幸が1人で傘をさして通りかかった。美里は美幸の傘を取り上げた。
「お姉ちゃんに傘を取られたなんてお母さんに言うんじゃないよ。風で傘が壊れて捨ててきたって言うんだよ」美里は由美子と2人で立ち去った。美幸は走って帰ったが、ずぶぬれになってしまった。母親には美里に傘を取られたとは言わず美里に言われたとおりの話をした。
1週間後の雨の日、美里は買い物に行った。
「美里」歩いていると後ろから自転車に乗った陽子が声をかけてきた。陽子は美里の中学の一つ上の先輩で高校に進学したが、暴走族に入って何度も警察の厄介になり中退していた。
「あ、先輩」と言った時には美里の傘は陽子に取られていた。
「急いでいるから傘貸してくれ。そのうちに返す」美里はずぶぬれになって家に走って帰った。この時もバチがあたったとは思っていなかった。
美幸の病状が悪化していったのは自分のせいだと決め付けて後悔し始めた。それからは手のひらを返したように、美里は美幸に献身的に毎日看病をし続けた。




