6、コラーゲンを飲んでも肌はうるおわない
「会長にお願いがあるのですが、私も応募してもよろしいですか」秘書の裕美が山下会長に頼んだ。
「もちろんだよ。挑戦してみたまえ。これからは来客には君がノーメイククイーンに挑戦しているとアピールするよ。社長さん応募してもよろしいですか」
「大丈夫ですよ」社長は快く承諾した。
「私は29歳だから最後のあがきで挑戦してみます。メイクはできないから毎日飲んでいるコラーゲンを増やさなきゃ」裕美は張り切っていた。
「私も毎日飲んでいるけどどのくらい飲めば効果があるんでしょうか。ドクターシェフ教えてください」社長は自分が飲んでいるサプリメントのコラーゲンをハンドバッグから取り出し聞いた。
「残念ながらコラーゲンを飲んでも、お肌はうるおいませんよ」
「えっ、どういうことですか」社長のみならず全員唖然とした。
「確かに皮膚にはコラーゲンがあって、弾力性や保湿性を維持する作用があり年を取るとコラーゲンが少なくなるので、肌のうるおいが低下することは間違いないです」
「だからコラーゲンを飲んで補えばいいんじゃないですか」裕美は納得がいかなかった。
「コラーゲンっていってもタンパク質なんですよ。大豆や肉や魚などのタンパク質と同じで、胃腸の働きでアミノ酸に分解され吸収されるんです。そのアミノ酸が皮膚だけでなく、内臓や血管などのタンパク質の原料になるんです。同じようにコラーゲンを食べても皮膚のコラーゲンだけに使われるんじゃないんですよ」
「コラーゲンがアミノ酸に分解されないで、腸にまで行けばいんじゃないの」栄子は疑問に思った。
「そうなったとしてもコラーゲンの粒が大きすぎて、腸の壁を通ることができなくて血液には吸収されないんですよ。例えば養分を吸収する腸の壁の穴の大きさが10だとしますね。コラーゲンの粒の大きさが100もあれば通らないでしょう」
「へぇ、そうだったんですか」全員納得した。
「それじゃ、皮膚に直接塗ればいいんじゃないの」幸恵はいつもコラーゲン入りの化粧品を使っていた。
「これまた残念ながら、コラーゲンを皮膚に塗っても皮膚の内部には、決して浸透しないんですよ。飲むことと同じで、コラーゲンの粒の大きさが、皮膚の表面を浸透出来る大きさより大きいから皮膚の内部には入らないんだよ」
「ちょうど税金と同じようなもんだな。自分が払った税金が自分の家の前の道路工事に使われるんじゃなくて、みんなの税金は国にまとめられて、いろんな所に分配されているのと同じだな。ただし無駄遣いが多すぎるがね」山下会長が税金に例えた。
「さすが財界人の山下会長。分かりやすい説明ですね」社長が感心して全員納得した。
「でも、最近では吸収しやすいようにコラーゲンを分解したと書いてあるサプリを見たことがありますよ」裕美がこれなら大丈夫と思った。
「低分子コラーゲンっていうサプリでしょ。だけど、コラーゲンを分解したものはアミノ酸のかたまりで、それはもうコラーゲンではなくなっているんですよ」
「ああ、どれもこれも詐欺みたいなもんじゃないの」社長がため息をついた。
「詐欺みたいじゃなくて、詐欺そのものだよな。うちの奥さんにも知らしてやらなきゃ」会長の奥さんは、毎日コラーゲンのサプリを飲んでコラーゲン入りの化粧品を使っていた。
「会長、うちのメニューに“コラーゲンたっぷり豚の角煮”がありますが、どうしますか」企画部長の本山は、客に食べると肌がプルプルになる、と言って勧めるよう店員に指導していた。
「すぐにメニューを変えなさい。“豚の角煮”だけでいい。店員にも正しい指導をしなさい」会長は即断した。
「コンテストの募集要項にこういう美容に関する本当の情報を書いたらいいんじゃないですか」弥生が提案した。
「そうしましょう。説明文ができたら監修してくれますか」ドクターシェフに社長が頼んだ。
「分かりました。できたらいつでもメールで送ってください」
その後何回か企画会議を行い、同じような美容に関する間違った情報の注意書きを掲載したコンテストの募集要項を作り始めた。