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19、ドクターシェフの過去

 主人公のドクターシェフの本名は平本快蔵。34歳の天才外科医で、1998年30歳の時湘南大学医学部の大学病院から鎌倉の総合病院『センチネル病院』の副院長としてヘッドハンティングされた。

 専門は消化器外科だが、総合消化器外来を作っていた。胃潰瘍や肝臓病などの消化器の病気は、薬物療法を行う消化器内科と手術を行う消化器外科に分かれている。しかし、眼科や耳鼻咽喉科は内科療法も外科療法も行っており、眼科内科と眼科外科に分かれてはいない。

 平本は消化器も循環器も呼吸器も内科と外科に分けず総合的に診療する必要があると考え、大学病院に総合消化器外来の設置を要望していたが、古い体質の大学病院では受け入れられるはずもなかった。

 進歩的な考え方をしているセンチネル病院の院長の藤岡壮一郎58歳に認められて、平本は総合消化器外来を開設することになった。その後総合循環器外来、総合呼吸器外来も平本の後輩たちを大学病院から引き抜き指導し開設した。後輩たちも平本の考え方に共鳴していた。

 院長は平本に一人娘の藤岡絵里花25歳と結婚し、後継者として後を継いでもらいたいと思っていた。

 あるとき、院長自らが主治医をしている95歳の人間国宝である中村弥衛門が老衰で危篤状態にあるとの連絡を受けた。ところが院長は国際内科学会の講演のため、イギリスに出張しており不在だった。そこで、平本が代わって大磯の中村弥衛門の自宅へ往診に看護士を連れて向かった。

 平本が自宅に到着したころには、すでに中村弥衛門の意識はなく、妻のタキ90歳がその最後を看取るのみだった。しかし平本が診察したところ、衰弱しているだけだったので点滴を施すと、間もなく中村弥衛門の意識が戻った。

 ほっと胸をなで下ろす平本。ところが目覚めた人間国宝の口から出てきた苦しそうな言葉は、予想だにしないものだった。

 「君は、どうして私の命を無理に長らえるようなことをしたのか。私はこのまま何の痛みも苦痛もなく、大往生を遂げるつもりだった。それなのに君は、無駄に私の命を長らえてしまった。私の持っている『死』の美学を壊してしまったんだよ。君は『病死』のプロではあるが『自然死』はシロウトだ。人間は、死期が来たら無理に命を長らえてはいけない。自然の流れに身を任せ、死んで行くのが本来の人間としての最高の死に方だ。君にそれを邪魔される覚えはない。」

 その言葉を聞いて、平本は愕然とした。そして中村はこう続けた。

 「しかし、今回君が死期の近い私のところに来たのも何かのご縁だ。平本君、私には、君が何か大きな使命を背負って生きているように思えてならない。どうせ私の命は長くない。どうかこのまま何の治療も施さずに、私の死を看取ってくれないか。私の死を通じて、必ず感じるものがあるはずだ。」そう言って、中村弥衛門は目を閉じた。そしてその翌日、中村は妻タキと平本の前で95歳の大往生を遂げたのだった。

 このことをきっかけに平本はセンチネル病院に総合老人外来を始めた。老人は多くの科を受診することがよくある。血圧が高ければ内科、皮膚がかゆいと皮膚科、夜眠れないと神経科、ひざが痛いと整形外科ということはよくある。それぞれの科でもらった薬の合計が30錠以上ということもある。

 こんなに薬をもらった老人が全部飲むことはほとんどない。自己判断で捨てることになる。老人に限らないが、病院で処方されても飲まれないで捨てられた薬は、1年間に2000億円とも5000億円ともいわれている。老人には、老人に適した医療を始めたのだ。

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