17、腐敗実験
「難しい話はこのくらいにしておいて、面白いものを見せてあげますよ」高山はみんなを倉庫の事務所に連れて行った。
「この4つのビンの人参は、1年前にビン詰めしたものなんです。ここの人参、家畜の糞尿の有機肥料の有機人参、米ぬかとおからの有機肥料の有機人参、化学肥料のスーパーの人参なんだけど、どれがどれか分かるかね。どれも無農薬なんだ」高山がテーブルの上にビンを置いた。
「これは人参の形がそのまま残っているから高山さんの人参でしょう。これは形が崩れて真っ黒で人参だか何だか分からなくなっている。これとこれは2つの中間のようです」正雄は高山の人参はすぐに分かったが、後の3つは迷った。
「有機の野菜は安全だって言われているから、一番形が崩れているのはスーパーの人参じゃないんですか」優子と同じことを誰もが考えるものだ。
「残念でした。みんなそう答えるんだがね。私の人参は正解だ。このドロドロの人参は家畜の糞尿の有機人参なんだ。後の2つは同じようだけど、スーパーの人参より米ぬかとおからの有機人参がまだ形が残ってるね」高山は答えを教えた。
「えー、スーパーの人参より有機人参の方がドロドロじゃないの」優子が驚き、みんなも驚いた。
「このフタを開けてにおいをかいでみると、もっと違いが分かりますよ」ドクターシェフがフタを開けようとした。
「ちょっとまって、こんなところで開けてもらっちゃ事務所がくさくなっちまうよ。においをかいでみたいんなら、外でだ」高山とドクターシェフはビンを持って、みんなで外に出た。
「これは発酵しているからいいにおいがするでしょう」ドクターシェフが高山の人参のビンのフタを開けた。
「漬物みたいな美味しそうなにおいね。とても1年前の人参と思えないな」美里はビンを持ってみんなににおいをかいでもらった。
「このビンも開けてみようか」美里がドロドロ人参のビンを開けようとした。
「素手で開けちゃだめだね。腐っているから手がくさくなってしまうよ。これ使って」ドクターシェフが軍手を美里に渡した。
「何だか恐い」美里はビンをドクターシェフに渡した。
「みんな後ろに下がって」ドクターシェフはビンのフタを開けた。みんなビンに近づいた。
「くさい。なんてくさいの。ゴホンゴホン」美里は鼻をつまんだ。みんな耐えられないにおいだった。
「今までこんな人参を食べていたかと思うとぞっとするわね」優子も鼻をつまんでいた。
「化学肥料とか有機肥料とか農薬なんかは、土を汚して野菜に害を及ぼすことがあるんだけど、それを肥毒って言っているんだ。有機肥料の家畜の糞尿なんかきれいなもんじゃないでしょう。肥毒が多いと野菜は腐りやすく、肥毒が少ないと野菜は発酵しやすくなると思うんだ」
「後の2つは少しはマシなにおいだけど」ドクターシェフはビンのフタを閉め他のビンを開けようとした。
「もういいです。こんなにおいをかぐと体に悪そう」美里は後ずさりをした。
事務所に戻って流通の話になった。
「高山さんの野菜を使ってパンを作りたいんですけど、お願いできますか」直樹は心配そうにたずねた。
「うちの野菜だけじゃなく、全国の自然栽培の野菜を扱っている東京のハーモニック・ネイチャーの河田秀麻呂さんが集荷に来ているから紹介しますよ」高山はトラックに野菜を積み込んでいる河田を呼んだ。
「河田さんです。自然栽培の野菜に関しては一番信頼できる人です」高山と河田は20年来の付き合いだった。高山は、直樹が無肥料の小麦粉と野菜を使った天然酵母のパンを販売したくなったいきさつを河田に話した。
「全国の家庭やレストランに宅配していますから、お届けできますよ。こちらからもお願いがあるんですが、そのパンをうちの売店で販売させてもらいたいんですが。レストランでも使いたいんですが」ハーモニック・ネイチャーは自然食の売店を4ヶ所、レストランを2ヶ所経営していた。
「早速注文が入ってよかったね、お父さん」美里は材料の調達だけでなくパンの販売の心配もしていた。自然栽培の食材は値段が少し高めだから、販売価格も高く設定しなければいけなかった。
「ありがとうございます。試作ができましたらお持ちしますので食べてみてください」直樹は後日試作したパンを河田に試食してもらう約束をして別れた。