14、自然栽培の畑
優子は美里と正雄のことを心配になって、ドクターシェフに事情を話した。ドクターシェフは栽培状況を確認するためもあって北海農園に行っていた。
「ドクターシェフ、どうしてここにいるんですか」美里が北海農園にやってきて、ドクターシェフと会った。
「毎年夏にはここにきているんだよ」
「そうなんですか。正雄は来てますか」心配そうに美里は周りを見渡した。
「正雄はとうもろこし畑で農作業の手伝いをしているよ」
美里が広いとうもろこし畑を探すと正雄がいた。
「店が大変だから帰って来てくれないかな」美里の言葉に答えない正雄だった。
「このまま生で食べて」もぎたてのとうもろこしを美里に差し出した。
「生でとうもろこしなんか食べられるわけないじゃないの」美里は受け取ろうとしなかった。
「ともかくだまされたと思って食べてみな」正雄は生のとうもろこしを半分に折って食べはじめ美里に渡した。美里はおそるおそる一口かじってみた。
「これ、なんておいしいの」固いと思っていた美里だが、前歯でかじると柔らかくて奥歯で噛みしめるととうもろこしの実から甘い汁が口の中一杯に広がった。生まれて初めて生のとうもろこしを食べた美里は、半分のとうもろこしを全部食べてしまった。
「もう一本ちょうだい」美里がねだった。
「たくさんあるからいくらでも食べていいよ」正雄は自慢げだった。
「あんたが作ったんじゃないのにえらそうなことを言うな(笑)」最初の険悪なムードはいっぺんに吹っ飛んでしまい、なごやかになってしまった。美味しいものは人の心を変えてくれるものだ。
ドクターシェフから北海農園の責任者の岡本を紹介された美里は事情を話した。ドクターシェフは正雄と美里をトマト畑、キュウリ畑、ナス畑、ピーマン畑、大根畑に案内し全部もぎたてを生で食べさせた。全て自家採種で無肥料無農薬の自然栽培だ。
「子供の頃長野のおばあちゃんのところへよく遊びに行ってたんです。おばあちゃんは無農薬で有機肥料を使っていたんです。畑にはミミズがたくさんいたんですけど、この畑にはミミズがほとんど見ないんですが、大丈夫ですか?普通の畑は農薬でミミズが少ないじゃないですか」正雄は心配そうにたずねた。
「ミミズっていうのはね、土を耕して良い土にしているんだよ。ミミズが多いってことは、まだ良い土になっていないからなんだ。ここの畑はもう20年も無肥料で自然栽培をして良い土になっているからミミズが少ないんだ。普通の畑は、化学肥料の肥毒をきれいにするためにミミズがいるべきなんだが、農薬や土壌消毒剤でミミズを殺してしまっているから少ないんだよ」
「そういえば土のにおいも違うんですが、肥料を入れているかいないかで違うんですね」正雄は子供の頃のおばあちゃんの畑のにおいを思い出していた。
「それにおばあちゃんの畑のほうれん草や白菜なんか虫食いがたくさんあったんだよね。だけど、ここの大根の葉っぱなんかほとんど虫に食べられていないんですけど、野菜が美味しいから虫に食われるんじゃないですか」正雄は虫がいた方がいいと思っていた。
「もしそうだったら、虫にたくさん食われれば食われるほど美味しいということになってしまって、葉っぱがなくなってしまうよ。虫は美味しいから食べているんじゃなくて、葉っぱの肥毒を食べているんだ。この大根にほとんど虫がいないのは、肥毒が少ないからだよ。それに、この大根美味しくなかったかい」
「いや、大根も美味しかったし葉っぱのお浸しもすごく美味しかったです」北海農園での食卓にはいつも大根の料理があった。
「私も大根食べたい」美里が大根を抜こうとした。
「いいよ、だけどちゃんと抜けるかな」
「なかなか抜けない」美里が力ずくで引っ張った。
「だめだよ、そんなことしたら途中で大根が折れちまうぞ、ちょっとどいて」正雄は美里に代わって抜きはじめた。
「こうやって左に回しながら抜くんだ」正雄がきれいに軽く大根を抜いて土をズボンでふき半分に割り美里に渡した。
「美味しい、なんてみずみずしいの、大根の刺身のようだね」美里は大根の葉っぱも食べようとした。
「それは生で食べてもいいけど夕飯にお浸しが出るからその方が美味しいよ」正雄が止めても美里は食べてしまった。
「ちょっと青臭いけど美味しいよ」美里は少しだけ食べた。
「ミミズと同じように普通の畑は、野菜の肥毒をきれいにするために害虫がいるべきなんだが、農薬で害虫を殺してしまっているから少ないんだ」
「大根の葉っぱの色なんですが、普通のより緑色が薄くないですか」美里が食べ残した大根の葉っぱを手に取った正雄は疑問に思った。
「いいことに気がついたね。化学農法や有機栽培では肥料が多いから濃い緑色になるんだ。自然栽培では肥料を与えていないから淡い緑色になっているんだよ」
「色が濃い方が栄養がたくさんあると思っていたけど、違うんですね」正雄は納得した。美里はパンを作っている時には見えなかった正雄の真剣さに感心した。
その日の夜、美里は父親の直樹にメールを送った。“美味しい野菜がたくさんあるので、せっかく来たから店で使えるように頼んでみる。3日間で正雄を説得して連れて帰る”それを直樹は優子に見せた。
3日目の朝帰るつもりのない正雄は、美里を駅まで送ろうとした。
「私もここで働きたくなっちゃった。帰りたくない」美里の思いがけない言葉だった。
「そんなことしたらお父さんもお母さんも困るだろう。ともかく東京へ帰らないと俺が親父さんに怒られてしまうだろう」と正雄が説得した。




