13、自然栽培の人参
「アルバイトをさせて欲しい」いつまでも働かないで家にいてもしょうがない、おばあちゃんのためにもこんな美味しいパンを作る仕事をしてみたい、と思った正雄は頼み込んだ。
「朝早くて重労働だから勤まりそうもないよ」美里は門前払いをしようとした。
「試しに1週間やってみるか」必死になって訴える正雄に理解を示した直樹がOKして次の日から仕事をすることになった。正雄は弱音も吐かず一生懸命働いて天然酵母のパン作りを覚えていった。
3ヶ月後、美里は新しいメニューを作ろうと人参パンを試作し始めたが、何回作っても売り物になるほど美味しくできなかった。ドクターシェフに相談すると、数日後店にやってきて、試しにこの小麦粉と人参を使ってみたらと持ってきた。
その小麦粉と人参でパンを作ってみると、今までに味わったことのないような美味しいパンができた。人参は柿のような美味しさだった。
「この小麦粉と人参はどこのですか」感動した正雄はドクターシェフに聞いた。
「北海道の北海農園で作ったんだ。一切肥料を使っていない無肥料無農薬の自然栽培なんだよ」
この小麦粉と人参は余りにも美味しく注文が殺到しているので、毎年販売先が全て決まっており、パン屋で使えるほど量がなかった。この小麦粉と人参のパンを食べたら他のものは食べられないというほど感動した正雄は、北海道に行って北海農園で自然栽培を教わって小麦粉と人参を作って美里に送り、これまでパン作りを教えてもらったお礼をしたいと考えた。ある日突然正雄は美里に1通のメールを送り、北海道へ行ってしまった。8月10日のことだ。
「あの野郎、勝手なことをしやがって、私が北海道へ行って連れ戻してくる」美里は北海道へ向かった。
正雄は熱心にパン作りを覚えたので、なくてはならない存在になっていた。直樹も優子も正雄に戻ってきて欲しいと思っていた。
美里が北海道へ行ったその日の夕飯を食べた後のことだった。
「2人とも北海道から帰ってこないかもよ」優子が心配そうに言った。
「どういうことだ」直樹が問いただした。
「お父さんは鈍いねえ、あの2人最初は喧嘩ばかりしていたけど、最近は様子がおかしいよ。美里は正雄くんのことを好きになってしまったんじゃないかな」
「いつからあの2人はつき合い始めたんだ」直樹はびっくりした。
「まだつき合っているわけではないけど、女のカンなのよ」