第55話 深夜の異変
その『異変』に俺が気づいたのは空が暗闇に支配された時間帯だった。窓の外がとても騒がしい。男の怒号が聴こえる。
「なんだってんだよ……。まったく」
瞼を擦りながらカーテンを全開にする。その時見た光景は俺の眠気を吹き飛ばすのに十分な力をもっていた。
元首庁舎がたくさんの兵士に包囲されている。数十人どころではない。数百人はいる。
「ど、どうしたってんだよ――!」
俺は状況を確かめるために外へ出た。
***
野次馬の群衆を何とか掻き分け元首庁舎に近づこうとする。
「兵士の反乱だ」
「元首が怪我をした」
「他国からの暗殺者が庁舎内にいる」
群衆はたくさんの風利風聞を噂し合いお互いを疑心暗鬼に駆り立てている。
その時だ。
「五階を見ろ――! 火が放たれたぞ!」
一人の男が指差しながら叫んだ。その瞬間、群衆の視線が元首庁舎五階に釘付けになる。
ダメだ。ここにいても埒が明かない。いったい何が起きてるというのだ。俺は確実な情報を求めて辺りを見回す。
「ん……!?」
遠くからではあるが知ってる人がいる。あの顔は間違いない。ロバートさんだ。軍服を来た人物と一緒にいる。もしかしたら何か知ってるのかも知れない。俺はロバートさんに接触するべく前へ前へと進んだ。
「おぅ、ユキオスどうした――。俺に聞きたいことがあるのか?」
俺の顔を見るなりキョトンとした表情を浮かべていた彼であったが誤魔化しきれないと悟ったのだろう。
「ロ、ロバートさん。この騒ぎについて何か知ってるのですか?」
「あぁ、知ってる。俺はこう見えてこの町の警備参事官だからな。どうやらドラガゼス元首の市政に不満を持った暴徒が数十人徒党を組んで庁舎に乗り込んだらしい。元首が進める警備経費削減政策が裏目に出たようだな」
「そ、それで元首は!?」
「この炎と混乱だ。恐らくもう……」
「そ、そんな――」
つい数時間前まで話してた人物がもうこの世にいない。そんなことがあっていいものだろうか。
「それではガルシアヌス少佐……。いや、今はスタンティヌス区戒厳令下混乱収束全権保持・現場担当司令官殿でしたね。そろそろ警務隊本部へ伝令を送らないといけません。現場指揮官であるあなたの本領発揮ですぞ」
「お、おぉそうだなロバート。もうそんな時間か。忘れてた。おい、ニケウスはいるか――!」
ガルシアヌスの大声が辺り一面に響き渡る。数秒後、小柄な若者が走ってやって来た。
「ニケウス警務少尉。君は今から分隊を率いて本部へ状況報告へ向かえ。まだこの付近に暴徒が潜んでいる可能性もある。念入りにな」
「ハッ!」
ニケウスという少尉は緊張した面持ちで数人の兵士を連れて走っていった。
「ユキオス。ここはまだ危険だ。この機会を利用した暴徒及び反抗分子が乱暴狼藉を働く可能性も充分に考えられる。君はホテルへ戻った方がいい」
「そ、そうですね。わかりました」
俺はドラガゼス元首の身を心から案じながらとりあえずホテルへ戻った。




