第32話 隊長の心配事②
マチウス・町衣紋。彼の経歴はその特徴的な声と共に仲間内では伝説となっている。
彼は二つの異なる顔をもっている。一つは農場で任された仕事を確実に行う真面目な男。もう一つは夜な夜な夜の町に出ていって喧嘩三昧の日々を送る危険な風来坊。
彼が謹慎中なのもその町で起こした喧嘩が原因である。
果たして彼にユキオス及び善蔵さんへの連絡及び応援を任せて良かったものか……。
今さっき町衣紋を送り出したというのにそんな『遅い後悔』が脳裏を過る。
「ふぅ――。考えすぎか」
そう自分に言い聞かせた後、俺は隊長執務室へ向かった。
***
隊長専用椅子に座り魔界産コーヒー豆を贅沢に使用したダーク・コーヒーをミディアムストレートダブルコネクションで楽しむ。
コーヒーというものは大変素晴らしいものだ。飲む旅に至福の時間をコーディネイトをしてくれる。
「ふぅ――。こうやって思案に耽る時間が豊富にあるのもあと一ヵ月ほどか……。来月からは西部方面農場農産物品評大会もあるし」
しかし、幸いにも時間だけはある。ハル君から渡された命令書を拝読した時、最初は俺が愛剣である魔剣フラガラッハを片手にユキオス達の応援に行こうと思ったのだが、その時、農業英雄勲章を授章した偉大な農業生産管理者サイモント・ガブザナール・ハイラックス・ジュニアスの名言を思い出した。『農業生産管理者は自分優先で物事を考えてはいけない。全体の視野に立って部下及び農産物を成功に導く』という言葉だ。
最初、その言葉の真意が分からなかったがなんだか今なら分かる気がする。
「心配事は多いがだからこそ……。いや、だから俺はコーヒーを楽しむ」
俺は天井を見つめながら一言そうつぶやいた。




