第28話 魔界イノシシが山裾に降りてきた理由⑥
「ユキオスここは足下が不安定だ。気を付けろ!」
善蔵さんのそんな声が翔ぶ。
第一通過目標点の北峰に近づけば近づくほど道は細くなり足場を確認しながら一歩、また一歩と進む状況になってきている。
――山登りは心で感じ足で山の想いに答えろ。その先に見える光景は無限大だ。
この言葉は俺が尊敬する伝説の登山家「マルチネンスク・ブロークン・イソサスササブールンソンルン」がその自伝に書いていた言葉である。心ではこの言葉の意味を理解していたはずが実は違っていた。
百聞は一見にしかずとはまさにこの事である。自分で山を知ることによって初めてその意味がわかったような気がする。
「善蔵さんちょっと聞いていいですか?」
「あぁ、もちろんだ。言ってみろ」
「ズバリ魔界イノシシが山裾に降りてきた理由はなんだと思いますか?」
「うむ。現段階では確実はことは言えない。しかしワシが思うに奴らはエサを求めて山裾まで降りてきたんじゃないだろうか?」
「エサですか……」
「おうよ。去年の天候不純は知ってるか?」
「はい。知ってます。雨が降らない日が多かったような気がします」
「それだよ。魔界イノシシはそれが原因で山裾まで降りてきた。ワシはそう考えとる」
善蔵さんは薄く生えた無精髭を触りながらそう言った。たしかにその可能性は大きい。むしろ原因はそれで決まりのような気がする。
でも――。漠然としてだが何かかが引っ掛かる。言葉ではうまく言い表せきれないが。
「もうすぐ北峰だ。落石に注意しろ。ここら辺は特に危ない。ヘルメットは持ってきてるか?」
「えっ――。す、すいません。ヘルメットは持ってきてません!」
落石危険箇所があるなんて初耳だ。コルコフチョルバルさんそんな事言ってなかったぞ。
「何――。本当に甘えた野郎だなお前は。ユキオス、山を見くびるな。山は生き物だぞ。仕方がない今日はワシのを使え!」
そう言うなりコルコフチョルバルさんは俺に頑丈そうなヘルメットを手渡した。
「えっ良いんですか?」
「もちろんだ。お前を農場に連れて帰る。これはゴルヌス隊長との約束だからな!」
カッコよく善蔵さんはそう言った。その時、俺は山に生きる者の矜持を見た。
***
「よし、北峰まで来たな。ユキオスよくやったお疲れ様だ。少し休憩しよう」
そう言った後、善蔵さんは付近にあった平らな大岩に腰掛けた。
「ふぅ――。北峰を抜ければ目的地まですぐそこですね」
「そうだな。しかし気を抜くなよ。ここからが正念場だ」
「はい、了解です!」
その時、俺は大きな返事で善蔵さんの問いに答えた。




