第2話 隊長の恋
昼下がりの午後。俺は今、隊長執務室に早歩きで向かっている。なんでも「隊長権限命令」があるそうだ。もしかして今度こそ主席参謀に昇進かも?そんなことを考えてワクワクしながら俺はドアをノックした。
「ユキオスです!入ります」
「入りたまえ」
隊長の勇ましい声が聞こえる。もしかしたら俺の思ったとおりかもしれない。
「隊長ご用件はなんでしょうか?」
「ユキオス君、私はキミを大きく評価している。なのでキミをまた主席参謀に任命しようと思う」
「あっ! ありがとうございます!」
思ったとおりだ!こんなに嬉しいことはない。きっと先日、畑の見張りを頑張ったからだろう。隊長直属の主席参謀になって経験を積めばきっと勤務地の変更も認められるだろう。そうすれば目標の暗黒騎士になる機会もあるはずだ!
「しかし一つ条件がある」
隊長が渋い顔でそう言った。
「えっ――。その条件というのは?」
「この前、魔王立西部魔法実用農業高等学校二年C組の生徒がうちの農場に研修に来たのを覚えてるな?私はその生徒のひとりに恋をしてしまったのだ」
「はいっ!? た、隊長今なんと!?」
「ユキオス君、私は恋をしたのだ。黒髪ショートカットがとても似合うヒカリちゃんに。だからキミに恋の橋渡し役を命じる!」
隊長はまた渋い顔でそう言った。いや、この人何言ってるの?そもそも隊長今年で40歳って昨日食堂で言ってたじゃん。年の差ありすぎでしょう。まずヒカリちゃんが誰だかわからない。
「隊長、本気なのですか?彼女はまだうら若き青春の輝きに満ちている高校生でしょう?」
「ユキオス君、恋に年齢は関係あるかい?」
「いえ、ありません。隊長が正しいです」
「そうだろう?だからこのラブレターを彼女に渡してきてほしい。」
そう言って隊長は机の上に一通の手紙を置いた。とても可愛らしい封筒だ。イチゴのシールとか貼ってる。さすが、隊長。年齢を感じさせない。それでいて、しっかり乙女の心をつかんでいる。
「ユキオス君!君に隊長権限第102号の命令を口頭で伝える!このラブレターをルバンガの町の隅っこにあるポストに入れてきてもらいたい!以上!」
「えっ!?ラブレターをポストに入れるだけでいいのですか?」
「もちろんだ。男に二言はない。しかしポストまで行くにはその近くに陣地を構築してにいるラストグレードサンダーデーモンのフランソワちゃんを倒さないといけないのだ。よろしく頼む」
「えっ!?なんですか?その名前が長いモンスターは?ていうかモンスターなら我々魔王軍の味方ではないのですか?」
「なんでも彼女は今、思春期で反乱を起こしてるらしい。デーモン一族もいろいろ悩みを抱えてて難しいのだ。ラストグレードサンダーデーモンのお父さんがこの前、飲み会でそう言ってた。たぶん家のローンとかもあるんだよ」
「はぁ…。なんかいろいろ大変なんですね。この世界も」
「そうだろ。皆悩みを抱えてて生きている。だからこそ人生は輝くのだ。悩みの先に未来がある。私はそう思うぞ。なぁ――。ユキオス君!」
隊長は勇ましい口調でそう言った。
その後、なんだかんだで俺は隊長のラブレターをポストに入れにいくことになった。
***
「はぁ……。俺は暗黒騎士になりたいのに。なんで隊長の恋の橋渡し役をしているんだ?」
道中、自問自答を繰り返す。まるで答えのない禅問答のようだ。それにしてもラストグレードサンダーデーモンのフランソワちゃんをどう倒そうか?名前的に俺が勝てるような相手ではない。一応、武器庫から暗黒歩兵専用ソードを持ってきているが、これでどうこうできるような相手ではないだろう。
うむ、困った。
「おぅ!これはこれはユキオスじゃねぇか。これから散歩でも行くのかい?まったくお前はファンキーなやつだな」
ポストがあるルバンガの町の手前でロバートさんと出会う。
「あれ?ロバートさん今日朝から見ないなと思ったらルバンガの町に行ってたんです?」
「おう、そうだ。俺、都会が好きだからな。まぁ、かっこよく言うとウィンドーショッピングってやつだな」
「いや、ロバートさん。あなたの言ってる意味がわかりません」
「まぁ気にするな。ところでお前もルバンガの町に行くのかい?」
「はい、隊長の手紙をルバンガの町の隅っこにあるポストに入れに…」
「何っ――。た、隊長の手紙……。チクショウ。毎日お前ばかり活躍するのはちょっとズルいぜ! その手紙貸しな!手柄は俺のものだぜ!」
そう言うとロバートさんは俺が持っていた手紙を奪った。
「えっ、いいんですか?」
「おう、もちろんだ! 隊長に気に入られればきっと給料も上がる。そうすれば酒もたくさん買える。こんなに嬉しいことはない。それじゃあな! ありがとう!」
「あっ……。でもポストの周辺にはラストグレードサンダーデーモンのフランソワちゃんが……」
「ふぅ……。口を閉じな。ユキオス。俺が元魔王軍親衛騎馬隊のメンバーだったことを忘れてないか。これでも士官学校を卒業してるんだぜ? まぁ、俺が隊長に誉められている姿を羨ましそうに見てるんだな!」
そう言ってロバートさんは町の隅っこにあるポストに向かった。
その日、ロバートさんは帰って来なかった。