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第1話 俺、一生懸命頑張ってます。

 俺はこの異世界に来るまでは大根農家をしていた。輝きに満ちた大地だいち。青く透き通った空。そしてまるでダイヤモンドのように光輝く大根。口にいれる度にシャキシャキと心が奪われそうになるような音はまるで楽園に来たかのような気持ちにさせてくれる。この音を聞く度に俺は大根栽培を始めて心から良かったと思う(ちなみに丸かじりしないとこの音を聞けないので少し勇気がいる)。

 でも、そんな俺にも子どもの頃から叶えたい夢があった。

 それは「暗黒騎士」になるという夢だ。漆黒の馬に乗り勇者様御一行を倒すべく大地を走るその姿に俺は憧れをもった。

 この職業?に出逢って以降、この想いは強くなるばかり。

 そして、ある朝、目が覚めると俺は違う世界にいた。

 最初、とても驚いた。

 見たことのない大地。ゲームの中でしか見たことのないモンスター達。正直、心からワクワクした。そして近くの畑で寝ていたおじさんにいろいろ聞いてみると、なんでもこの世界では魔王軍と勇者様御一行が戦いを繰り広げているらしい。まさに俺が願っていた状況だ。たぶん時の神様がこういう場所に俺を案内したのだろう。暗黒騎士になり部下を率いて勇者を倒す。そんなことを妄想した。


「よし――。決めた。暗黒騎士に俺はなるぞ!」

 そう一言つぶやいて俺は最寄りの職業安定所に向かった。

 しかし、その場で衝撃の事実を知ることになる。なんと暗黒騎士になるには馬に乗れないといけないみたいなのだ。悲しみに嘆く俺を見て受付のお姉さんが案内してくれた職業は『暗黒歩兵』だった。

 しかし、いざ任務に就いてみると、そこはただの農場だった。ちなみにここで栽培しているのは魔界大根という作物でこの世界ではかなり人気な野菜らしい。俺は隊長のゴルヌスさんと愉快な仲間達と共に協力してこの魔界大根の栽培に取り組んでいる。

 ちなみに肝心の勇者様御一行だが、なんでもカジノに夢中らしくてこの農場にはまだ来てないらしい。


 そして、俺がここで働きだしてから早いもので八ヵ月と少しがたった。


 ***


「おい――。ユキオス起きな! 今日の見張りはお前だろ。早く準備して農場に行きな!」

 今、同僚のロバートさんに叩き起こされた。せっかく良い夢を見てたのに。今の時刻は深夜二時。普段なら夢の世界を泳ぎ回ってるような時間帯である。


「大丈夫ですよロバートさん。誰も畑を荒らしになんて来ませんよ」


「何言ってるんだ。お前昨日の作戦ブリーフィング聞いてなかったのかよ――。最近、この付近で地獄イノシシが出没してるんだ。奴等の大好物は魔界大根なんだぜ。ほら、早く見張りに行きな!」


「あれ――。今日はロバートさんの番では?」


「あ~最新の勤務表見てないの? 俺、今日は非番になったんだぜ。だから今日はお前の番だよ」


「そんな無茶苦茶なぁ……。というか俺、先日隊長権限で昇進して今の役職は農場守備隊隊長幕僚室主席参謀なんですよ? ロバートさんより上ですよ?」


「あ~それやっぱりなしだってさっきゴルヌスさんが言ってたよ。お前、貯蔵庫に入ってた隊長のお菓子食べたろう。隊長怒ってたよ」


「いや、ちょっと待ってください。あれは間違えて食べてしまった訳でして…」


「まぁ、今日の見張り頑張れよ。魔界コーヒー奢るからさ」


「は――い」

 こうして俺は農場見張りに向かうべく第一種戦闘服(実はただの作業服)をカッコよく着て畑へと向かった。


 ***


「うぅ……。寒い」

 宿舎を出ると冬の冷たい風が俺の体に吹き付ける。念のために秋冬物のコートを着ているのだがそれでも寒い。一応、地獄イノシシに備えるために武器庫から弓矢と暗黒歩兵専用ソードを持ってきたのだが使うことがないようにと祈るばかりだ。ちなみに一応、週一でこの農場でも戦闘訓練があるのだが、参加しているのは俺だけだ。まぁ、戦闘訓練といっても鏡を見ながら自分の剣さばきを確認するだけだが……。


「おぉ――。ユキオス散歩かい?」


 農場ゲート付近で優しいゴーレムさんに話しかけられた。彼女はこの農場で受付兼食堂料理長兼農場セキュリティアドバイザーを勤めるオールマイティーだ。本当になんでもできる人なのだ。彼女は資格取得にも熱心であの取得困難と言われる魔界食材コーディネーター特一級も持っている。


「いや、ゴーレムさん散歩の訳がないでしょう。こんなに寒いのに。見張りですよ。見張り」


「あんた仕事熱心だねぇ。おばさん感心するよ。ほらっ! これ持ってきな!」

 そう言いながらゴーレムさんは俺に小さな袋をくれた。


「ゴーレムさんこれなんですか?」


「コーヒー味の飴玉だよ。魔界産コーヒー五十パーセント配合さ! お腹空いたらこれ食べな!」


「はい――。ありがとうございます!」


 ユキオスは魔界コーヒー味の飴玉をてにいれた。


 ***


「あぁ……。寒い。そして、着いた」

 月の明かりに照らされた広大な農場が当たり一面に広がる。俺が向かうのは通称夜間監視要員詰所。しかしその実態はただの大きな窓がついた小さな小屋だ。壁もペラペラでこの前、酔っ払ったロバートさんが壁に蹴りを入れた時に穴があいたくらいだ。


「ヨッコイショ」

 監視小屋に入った後、俺は第一種高級士官用配備イスに座る。カッコいい名前のイスではあるがただのイスだ。朝が来るまで後、数時間。よし、見張り作業頑張ろう。俺はもしもの時に備えて弓矢と暗黒歩兵専用ソードをいつでも使えるようにテーブルに置いて監視業務に着いた。


 ***


 この監視小屋に来てから約二時間ほどがたった時だった。

 ガサゴソ……。ガサゴソ……。

 怪しい音に緊張が走る――。それも大窓で見ることができない方角だ。ちょうど俺が油断していた時だったのでいやがうえにも緊張が高まる! もしかしたら魔界イノシシかもしれない。俺はとっさに暗黒歩兵専用ソードのさやをかっこよく抜き放ち、白く輝く剣先をドアの方に向けた。

 正直、倒せる自信はある。週一の戦闘訓練も休まずやった(それもひとりで)。だからこそ俺は弓矢ではなくソードを選んだのだ。


 ドンドン!

 ドアがけたたましくなる――。地獄イノシシが俺の存在に気がついたのだろう。やつは人も襲うそうな。


「さぁ、来い!後は祈るばかりよ。地獄イノシシよ。刀のびにしてやろう!」

 俺は昔見た時代劇?のセリフをかっこよく言ってみた。


 ドン!!

 今、薄いドアが蹴破られた!


 緊張が走る。


 その時だ。


「おい、ユキオス。カギかけんなよ。俺が中に入れねぇじゃん」

 俺の目の前には少し酔っ払ったロバートさんがいた。


「なんだよ――。ロバートさんかよ! 俺の緊張を返してくれよ!」

 俺は渾身のツッコミをロバートに入れた。


「ごめんごめん。ユキオス怒らないでよ。いや、一緒にコーヒーを飲もうと思って」


「いや、その前にあんたコーヒーの前に酒飲んでるだろう……。それになんでドアを蹴破るんだよ!」

 俺は本日二回目の渾身のツッコミを彼に入れた。


「ごめんっていってるじゃん。お前ちょっとしつこいよ。それじゃあ女性にモテないよ」


「もう……。いいよ……。ロバートさんコーヒーください……」


「それでこそユキオスだ! ほらっ一緒に飲もうぜ。魔界コーヒー!」


 二人の夜は長くなりそうだ。

 結局、その日は地獄イノシシは出現しなかった。


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