農場外伝 町衣紋さんの危険なラーメン道中~後編~
ーー帰ってこない……。
今、この不安が現実のものになりつつある。マルティネスがメニューを注文しに行って早くも十分が経過した。ちょうど今、俺が座ってる場所が死角になっていて暖簾の先にある厨房が見えないのがこんなにももどかしいなんて思いもしなかった。
ーーもしかして世間話でもしているのか。
つい今さっきまでそう思い込んでいたのだが、どうやら様子がおかしい。もしかしてマルティネスの身に何かおきたのだろうか。
「ふぅ……」
いっそのこと席を立って厨房の方へ行ってみようとも思ったのだが、俺達が店に入った瞬間に流れてきた店内BGMが今の俺の判断力を大いに鈍らせていた。なんなんだろうか、この心が落ち着くメロディーは。まるで魔法にかけられたように体を動かすのがめんどくさくなってしまう。
そんなことをあれこれ考えていたまさにその時だった。
「ハッハッハッ……。気分はどうだ、町衣紋?」
そう言いながら目の前からマスクで顔を隠した男がこちらに向かってくる。彼はたぶんここの店主のハリー・竹木場林さんだ。しかし、しかしだーー。
なぜ俺の名前を知ってるんだ?
「ど、どうして俺の名前を!?」
「ふっ……。笑わしてくれるな。キサマのことは承知しているぞ」
「な、なに!?」
その刹那、緊張感が辺り一面に漂った。承知ってなんやねんとも思ったが、とりあえずコイツはただの店主なんかじゃない。俺のことを知っていて尚且、俺を敵視している男だ……。
「マルティネスに何をした!」
「サパーニラダオマナハヤコーの秘術をかけた。ヤツはこれで炒飯を作り続けなければ気が済まない体になったさ」
「な、なんだとーー。まさか二十四時間か!」
「左様。炒飯は手首を華麗に使い腕力もかなりいる。要は体力を使う料理だ。それを休まずに作り続けたらどうなると思う?」
ハリー・竹木場林はニヤリと怪しげな笑みを浮かべながらそう言った。炒飯を作り続けるーー。そんなことをしたらマルティネスの命が危険だ。ただでさえマルティネスは最近、風邪気味で花粉症に苦しんでいるのに。
こ、これは早く助けないと……!
「はっはっは。案ずるな、命までは取らん。マルティネスを助けたければ我々の仲間になれ。『御大将』は貴様の力を必要としているのさ」
「御大将……!」
ハリー・竹木場林の真意が分からない。いったい御大将とは誰のことを指しているのか。くっ、必要とされている情報が少なすぎる。これでは圧倒的にこちら側の不利だ!
「農場は知りすぎたのかも知れんな。いや、活躍のしすぎとでも表現したほうがいいかな。だからこそ維持務極師たる俺が動いた。要は魔王府にとってキサマらの活躍は自らを苦しめる諸刃の剣なのだよ」
「な、なに……。この暴挙は魔王府からの指示なのか?」
「おぉ、少々しゃべりすぎたな。さぁ、どうする町衣紋ーー。マルティネスを助けたくないのか!?」
「くっ、俺はどうすればいいんだ……」
マルティネスを助けたい。
そしてそれ以上に俺はハリー・竹木場林のラーメンが食べてみたかった……。