第14話 ダンディサイレント~心境独白~
「ふぅ――」
俺はため息を大きくつきながら魔界煙草を吸う。一仕事終わったあとの一服は俺の小さな楽しみでもある。もちろん吸殻のぽい捨ては絶対にしない。ポケットには携帯用灰皿もしっかり持ってきている。
――マナーとエチケットを守ってこの世界も護る。
これは俺のモットーでもある。
そんなことをコッソリと考えてる俺の真横には目を丸くした旧友でもあるユキオスがいる。まぁ、そうやって驚く彼の気持ちも分からんでもない。本来、俺は魔王軍西部中央農業センターに居なければいけない存在だからだ。
地獄みかんの栽培法は一見したところ難しそうにも見えたのだが、実際に学んでみるとそうでもなかった。要は苗木の水やりと選定で全てが決まるのだ。
すぐにその要点に気がついた俺にとって農業センターでの日々はひどく退屈なものになっていた。
そんな時だった。農業監察官にスカウトされたのは。
農業監察官の仕事は一言でいうと――魔界農業界に蔓延する不正事案を取り締まる。という一点に尽きる。たとえば今回、バルム中尉が起こした事案が代表的な例だろう。
どうして俺が選ばれたのかは分からない。たぶんあまりにも優秀すぎたのだろう。あと名前も長い。これに関しては少し恥ずかしいけど。そして、俺に声をかけてきたリクルーターは最後にこう言った。――一緒に魔界農業界から不正を無くそう! と。
ちなみにリクルーターの話によると、魔界農業を取り巻く情勢は年々少しずつ悪化していており、それと並行して違法なやり方に手を染める輩も増えているらしい。その不正を行う輩を調査して必要とあれば取り締まるのが農業監察官の役目だ。
昔から正義感の強かった俺がこの誘いを断る理由はなかった。地獄みかんよりも魅力的に見えてしまったのだ。
――その日を境にして俺の農業監察官としての人生がスタートした。
日々の訓練は最初は正直しんどかった。でも不思議なもので慣れてくると呑み込みも早い。そんな時だった。――魔界珈琲のマイルドな喉越しを知ったのは。仕事終わりのコーヒーほどうまいものはない。例えて言うならば砂漠に咲く一輪のバラのようなものだ。この輝きと一瞬の清涼感に俺は心を奪われた。
魔界煙草と魔界珈琲。それと時々、魔界ワイン。これが俺の激務を支えてくれていた。
***
「ヘルムートアイアンヘルムカイザーまさるさん。バルム中尉を銃で撃っても大丈夫なのですか?」
隣で目を丸くしていたユキオスは俺に対してそんな疑念を口にしてきた。
「あぁ、大丈夫。安心しろ。俺の拳銃には実弾は装填されていない。これは特務仕様の麻酔銃だからな。奴は貴重な証人だ。後で黒幕が誰なのかを教えてもらわないといけない」
――誰の命も奪わず誰の存在も否定しない。
これが俺の秘密宣誓なのだから。
「それとユキオス。今から俺の名を呼ぶ時は魔界農業監察官ヘルムートアイアンヘルムカイザーまさるさんと呼んでくれ。迷うな。迷いは疑心暗鬼を心に呼び込む」
この一言を発した瞬間、俺は一本の魔界煙草を吸い終えた。
――今日もダンディに始まりダンディに終わる。
その時、俺は心の底からそう思った。