第129話 なんてこった
操舵室に入ってきた謎の海軍将校。壮年風のその男性は軍帽を目深に被っており表情を伺い知ることができない。
「船長さん……。どなたですか?」
「あぁ――。この人は――」
「パルメクル海軍独立機動特務輸送艦『マヌール・ファイツ』のカルイス少佐だ。これよりこの船を独立臨検査察条項第四項に抵触する可能性に基づく強行査察を行う。抵抗しないように!」
男の大声と共に戦闘服を着た隊員がぞろぞろと入ってきて操舵室を占拠する。その間、約十秒。抵抗のしようがなかった。
「ち、ちょっと待ってください――。強行査察ってなんですか。海賊を追っ払ってくれたことには感謝してますけどちゃんと経緯を説明してください!」
居ても立っても居られなくなった俺はついついそんなことを口にしてしまった。
「君は見たところこの船の乗船客かな。なら、運が悪かったと思ってくれ」
「そう言う訳にはいきません。俺はパルメクルに向かう魔王府農務交流使節団の一員です。さっきの海賊の襲撃といいこの海域はいったいどうなっているんですか」
「使節団の件に関しては私は関知していない。それに君は大きな勘違いをしているようだ。まず海賊なんていない。最初にこの船を攻撃したのはパルメクル海上偵察隊のパトロール艇だ。我々の停船命令に従わずに逃げようとしていたので攻撃を行ったのだ。それに――」
「そ、それに?」
「この船は違法物資を密輸している可能性がある。なのでこれより臨検を行う。その間、不審な行動は慎むように。とりあえず船長以外は食堂室にいってもらうからそのつもりで」
「せ、船長――。この人の言ってることは本当なんですか?」
「……」
俺の必死の問い掛けに船長は無言で答えた。
***
食堂室に向かった後、使節団のメンバーに今の状況を説明する。おそらく本来の目的を果たせるのかどうかが危ういほどの深刻な事態なのだろう。だからなのか、みんなの顔色も悪い。
「車、没収されるのかな……」
憂鬱そうな雰囲気を浮かべながらゼガニカさんがポツリと一言そう言う。彼の車に対する情熱はかなりのものだ。いや、厳密に云うと心配症なのかも知れない。
「とんだ事件に巻き込まれてしまったようね。でもその違法物資がなかったら解放してもらえるんでしょ?」
「だといいんですけど……」
正直、この船には何かがある。おそらくそれは間違いのない確定事項だ。あとはさっきの海軍将校がそれに気づくかどうかだが――。
「理事官殿はどう思われますか」
「ユキオス君。我々の使命はなにかね?」
「えっ……。あっ!?」
理事官が放った一言にハッとなる俺。そうだ、たしかにそうだ。船や臨検なんて俺達には関係ない。俺達の目的、いやカッコよく言うと使命は農業交流だ。あまりに慌ただしい展開の連続についつい自分を見失っていた。
「理事官殿――。俺、もう一回行ってきます!」
「自信を持っていけ。今度はこちらが主導権を握る番だ」