第127話 新展開
人質解放交渉――。正直言ってこれほど難しい任務はない。交渉とは押してもダメ。退いてもダメ。だからこそ交渉の舞台において大切なのは一重に『忍耐力』である。魔界一の交渉人と呼ばれていたオルバシマクスニスクニコス・カルイッコブィーヌス・アントンはこの役割を『忍・仁・認』と称していた……。
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「セニス船長、俺に人質解放交渉はちょっと荷が重い気が……」
「大丈夫だ。美味しい大根を作れる君ほどの手練れの者ならきっと人質にとられている船員を解放できるはずだ。この大任を引き受けてもらえないか?」
「大根と人質解放交渉は違うような……。いや、そうじゃなくて――。なら、ファゴニッサ級駆逐艦『ベスラロルド』が救援に来るのを待ってはどうですか。交渉を引き伸ばして膠着状態にさえ持ち込めば……」
「ファゴニッサ級は海峡条約締結前に建造された二世代前の旧式艦だ。信頼のおけるラルツ単装砲を装備してはいるが、最大船速で航行なんかしたらエンジンが壊れてしまう。艦自体は古いからな。この海域に来るのは恐らく四時間後だろう」
「よ、四時間ですか。それは長いですね」
「結局のところ我々で何とかするしかない。戦闘と言う選択肢はなしでな――」
「せ、船長――。前方に大型艦が!」
ブリッジで双眼鏡を見ていた航海士がいきなり操舵室に入ってくるなりそう言った。
「な、なに本当か――」
「はい、詳細は暗すぎてわかりませんが巡洋艦クラスの大きさです!」
「巡洋艦――。フランツ、今現在当船はどの辺りにいる?」
「現在当船は魔界国家の領海を出て公海上にいます。ちなみにもうすぐパルメクルの接続水域ですが……」
「船籍はわかるか?」
「いえ、わかりません。なのでパルメクル海軍という可能性もあります……」
「そうか――。救難無線に出なかったのが少し気になるがやむ終えん。助けを求めてみよう」
そう言いながらセニス船長は船員に指示を出す。
その時、俺は前方にいると言う大型艦に一抹の不安を抱いた。
そして、その漠然とした不安が現実のものになろうとしていた。